デジタル大辞泉
「十一谷義三郎」の意味・読み・例文・類語
じゅういちや‐ぎさぶろう〔ジフイチやギサブラウ〕【十一谷義三郎】
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じゅういちや‐ぎさぶろう【十一谷義三郎】
(一)小説家。兵庫県出身。東大卒業後、府立一中教諭を経て文化学院教授となる。﹁文芸時代﹂同人。昭和三年﹁唐人お吉﹂で国民文芸賞をうける。新感覚派の中で独自の端正な作風を示した。著作﹁神風連﹂など。明治三〇~昭和一二年︵一八九七‐一九三七︶
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十一谷義三郎 (じゅういちやぎさぶろう)
生没年:1897-1937(明治30-昭和12)
小説家。神戸市生れ。東大英文科卒。文化学院教授。父を早く失い,家庭的には不幸で,かつ虚弱であったことから,不安,自虐,虚無の繊細な心理を描くことにたけた。初期には︽静物︾︵1922︶,︽昇天︾︵1923︶などがある。1924年には新感覚派の機関誌︽文芸時代︾の同人に参加し,のちにその知性と敗残への共感が融合された︽仕立屋マリ子の半生︾︵1928︶,︽あの道この道︾︵1929︶などを出した。その才能が十分に開花すべき対象を,幕末の下田芸者お吉のくずれ行く生涯に求め,時代と運命にもてあそばれる女性悲劇を︽唐人お吉︾︵1928-31︶に書いた。この作は時代考証に特色があり,耽美,頽唐,虚無の世界が鏡花風の文体に盛られている。
執筆者‥長谷川 泉
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十一谷 義三郎
ジュウイチヤ ギサブロウ
大正・昭和期の小説家
生年
明治30(1897)年10月14日
没年
昭和12(1937)年4月2日
出生地
兵庫県神戸市元町
学歴︹年︺
東京帝大英文科︹大正11年︺卒
主な受賞名︹年︺
国民文芸賞︹昭和3年︺﹁唐人お吉﹂,渡辺賞(第3回)︹昭和4年︺
経歴
高校時代から文学を志し、大学入学の年、三宅幾三郎らと同人誌﹁行路﹂を創刊。大学卒業後東京府立一中に勤務。大正12年短篇集﹁静物﹂を刊行。13年文化学院に移り、また新感覚派の﹁文芸時代﹂創刊に参加する。昭和3年代表作﹁唐人お吉﹂を発表。7年には﹁神風連﹂を発表。その他の作品に﹁仕立屋マリ子の半生﹂﹁生活の花﹂﹁心の夕月﹂などがある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
十一谷義三郎
じゅういちやぎさぶろう
(1897―1937)
小説家。神戸市に生まれる。父の死、兄の出奔と続く艱難(かんなん)を経て、高校時代から文学を志す。東京帝国大学英文科在学中、同人誌﹃行路﹄を創刊。卒業後、教職のかたわら創作に励んで﹃静物﹄︵1923︶を上梓(じょうし)する。1924年︵大正13︶﹃文芸時代﹄創刊に参加。﹃青草﹄︵1924︶、﹃仕立屋マリ子の半生﹄︵1928︶、幕末下田(しもだ)の史実に取材し好評を博した﹃唐人お吉﹄︵1928︶、﹃神風連﹄︵1932~34︶などの代表作を遺(のこ)して病没。敗残者への共感、現世放棄的傾向に特徴がある。
﹇高橋真理﹈
﹃﹃現代日本文学大系62 十一谷義三郎他集﹄︵1973・筑摩書房︶﹄
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「十一谷義三郎」の意味・わかりやすい解説
十一谷義三郎【じゅういちやぎさぶろう】
小説家。神戸市生れ。東大英文科卒。在学中に同人雑誌︽行路︾を創刊。卒業後は東京府立一中,文化学院などで教えながら創作に励んだ。1924年︽文芸時代︾に加わるが,新感覚派とは一線を画した。代表作に︽静物︾︽唐人お吉︾︽仕立屋マリ子の半生︾などがある。
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十一谷義三郎 じゅういちや-ぎさぶろう
1897-1937 大正-昭和時代前期の小説家。
明治30年10月14日生まれ。文化学院教授として英文学をおしえるかたわら,横光利一らの「文芸時代」同人となる。昭和3年「唐人お吉」で国民文芸賞。のち「神風連」など歴史小説を中心に活躍した。昭和12年4月2日死去。41歳。兵庫県出身。東京帝大卒。
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十一谷義三郎
じゅういちやぎさぶろう
[生]1897.10.14. 神戸
[没]1937.4.2. 神奈川,大楠
小説家。 1922年東京大学英文科卒業。エキゾチックな耽美趣味に富む『唐人お吉』 (1928) で声価を得た。代表作『仕立屋マリ子の半生』 (28) ,『あの道この道』 (28) ,『神風連』 (32~34) 。
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十一谷 義三郎 (じゅういちや ぎさぶろう)
生年月日:1897年10月14日
大正時代;昭和時代の小説家
1937年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
世界大百科事典(旧版)内の十一谷義三郎の言及
【唐人お吉】より
…没後お吉への同情の風潮がたかまり,村松春水らによる史実研究や伝聞収集が行われた。十一谷義三郎︵じゆういちやぎさぶろう︶著の小説︽唐人お吉︾(1928),︽時の敗者唐人お吉︾(1929)が発表され,開国期の一女性の悲劇を掘り下げた点が注目される。さらに真山青果に︽唐人お吉︾(1930),︽唐人お吉と攘夷群︾(1931),山本有三に︽女人哀詞︾(1930)の戯曲があり,それぞれ舞台化され好評であった。…
※「十一谷義三郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」