デジタル大辞泉
「字音仮名遣い」の意味・読み・例文・類語
じおん‐かなづかい〔‐かなづかひ〕【字音仮名遣い】
いのうち、漢字の字音における同音のものの仮名の書き分けをいう。例えば、﹁こう﹂という音の漢字﹁孝﹂﹁甲﹂﹁公﹂﹁劫﹂﹁皇﹂をそれぞれ﹁かう﹂﹁かふ﹂﹁こう﹂﹁こふ﹂﹁くゎう﹂と表記する類。主として﹁韻鏡﹂により、江戸時代に大体まとめられた。
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字音仮名遣い
じおんかなづかい
和語の﹁歴史的仮名遣い﹂に対して、字音を表記する場合の仮名の遣い方を示したもの。今日の辞典類に示されているのは、本居宣長(もとおりのりなが)が﹃字音仮字用格(かなづかい)﹄︵1776刊︶で定めたものに若干の修正を加えたもので、その使い分けの要点を例字とともに示せば次のようである。
伊(イ)、為(ヰ)、尤(イウ)、雄(ユウ)、由(ユ)、邑(イフ)、陽(ヤウ)、用(ヨウ)、因(イン)、尹(ヰン)、育(イク)、乙(イツ)、聿(ヰツ)、域(ヰキ)、衣(エ)、恵(ヱ)、遙(エウ)、葉(エフ)、翳(エイ)、衛(ヱイ)、煙(エン)、袁(ヱン)、謁(エツ)、越(ヱツ)、益(エキ)、於(オ)、汙(ヲ)、応(オウ)、翁(ヲウ)、奥(アウ)、王(ワウ)、押(アフ)、恩(オン)、温(ヲン)、憶(オク)、屋(ヲク)、乙(オツ)、越(ヲツ)、九(キウ)、急(キフ)、高(カウ)、公(コウ)、光(クワウ)、合(カフ)、怯(コフ)、薑(キヤウ)、共(キョウ)、肴(ケウ)、叶(ケフ)、周(シウ)、衆(シユウ)、十(シフ)、早(サウ)、忩(ソウ)、雑(サフ)、章(シヤウ)、鍾(シヨウ)、梢(セウ)、妾(セフ)、宙(チウ)、中(チユウ)、蟄(チフ)、稲(タウ)、東(トウ)、答(タフ)、長(チヤウ)、重(チヨウ)、朝(テウ)、帖(テフ)、脳(ナウ)、農(ノウ)、納(ナフ)、嬢(ニヤウ)、女(ニヨウ)、鐃(ネウ)、捻(ネフ)、柔(ニウ)、入(ニフ)、保(ハウ)、蓬(ホウ)、乏(ハフ)、法(ホフ)、平(ヒヤウ)、冰(ヒヨウ)、豹(ヘウ)、毛(マウ)、蒙(モウ)、明(ミヤウ)、貌(メウ)、留(リウ)、立(リフ)、老(ラウ)、籠(ロウ)、拉(ラフ)、良(リヤウ)、龍(リヨウ)、燎(レウ)、猟(レフ)、自(ジ)、治(ヂ)、蛇(ジャ)、樹(ジュ)、序(ジヨ)、除(ヂヨ)、神(ジン)、陣(ヂン)、淳(ジユン)、孰(ジク)、竺(ヂク)、寂(ジヤク)、著(ヂヤク)、粥(ジユク)、辱(ジヨク)、濁(ヂヨク)、実(ジツ)、帙(ヂツ)、述(ジユツ)、朮(ヂユツ)、食(ジキ)、直(ヂキ)、豆(ヅ)、隋(ズヰ)
この仮名遣いは、﹃韻鏡﹄という韻図に従って多分に演繹(えんえき)的に定められたものであると同時に、江戸時代の音韻を背景にしてつくられたものであったために、実際の古代文献にみられる仮名の使われ方と矛盾する点がある。たとえば、宣長は﹁水﹂﹁隋﹂などを﹁スヰ﹂﹁ズヰ﹂としたが、古代文献では﹁スイ﹂﹁ズイ﹂となっている。また、﹁保﹂﹁帽﹂﹁毛﹂を﹁ハウ﹂﹁バウ﹂﹁マウ﹂としたが、古代文献では﹁ホウ﹂﹁ボウ﹂﹁モウ﹂となっている。これらは、今日の辞典類では古代文献にみられる形に修正される大勢にある。さらに、江戸時代の音韻にはカ行合拗音(ごうようおん)のみが残存していたために、宣長は﹁光(クワウ)﹂などは認めたが、古代文献にみられる﹁均(クヰン)﹂﹁元(グヱン)﹂などイ列やエ列合拗音は認めていない。このように、﹁字音仮名遣い﹂は今後修正を施さなければならない問題点を多く残している。
﹇沼本克明﹈
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字音仮名遣い (じおんかなづかい)
今日いわゆる歴史的仮名遣いは,その基礎を契沖によって定められたが,契沖が問題としたのは,固有の日本語の仮名遣いについてであった。本居宣長は,この歴史的仮名遣いの問題を,漢字について吟味し,これを︿字音仮名遣﹀と名づけた︵国学者たちは,これを︿もじごえかなづかい﹀とよませたものと思われる︶。要するに,字音仮名遣いとは,漢字の日本におけるよみ方︵すなわち︿訓﹀に対する︿音︵おん︶﹀︶を仮名で表す場合の一つの方式で,その方式の根拠を歴史的仮名遣いの立場に求めようとするものである。したがって,その意図は,漢字の仮名がきを,固有の日本語の場合と同じく,古代の用法に復元しようとするものであった。しかしながら字音仮名遣いは,実は,漢語を仮名で書くための仮名遣いではなく,漢字を仮名に書きかえるための翻写の方式であるとみなしうるかぎり,それは厳密には,仮名遣いとはいいがたいものである。ただ,翻写の方式を歴史的仮名遣いの立場で律することにより,それの設定に努力した人たちは,それにも,固有日本語の歴史的仮名遣いに対すると同じ権威を与えようとしたのである。本居宣長によって基礎を与えられたこの字音仮名遣いは,白井寛蔭︵︽音韻仮字用例︾︶によって整備された。今日,漢字辞書にのせる字音仮名遣いは,おおむね,これによっている。ただし,漢語は本来漢字で書くべきであって,仮名で書くべきものではないから,字音仮名遣いの知識は,従来,実際生活の上には,さして用はなかった。︿現代かなづかい﹀で,このような仮名遣いが問題とならないことは,いうまでもない。
執筆者‥亀井 孝
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「字音仮名遣い」の意味・わかりやすい解説
字音仮名遣い【じおんかなづかい】
をいう。たとえば伊︵い︶・位︵ゐ︶,衣︵え︶・恵︵ゑ︶,於︵お︶・汚︵を︶,自︵じ︶・治︵ぢ︶,誦︵ず︶・図︵づ︶など。本居宣長によって基礎づけられ,白井寛蔭︵幕末の人。伝未詳︶の︽音韻仮字用例︾によって整備された。しかし古文献の実例が乏しかったため理論的類推を主としており,古辞書,古訓点などの字音と異なるものもある。
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世界大百科事典(旧版)内の字音仮名遣いの言及
【仮名遣い】より
…同じ音を表す仮名が二つ以上ある場合に,どちらの仮名を用いて国語を書くのが正しいかを定める定め方で,鎌倉時代以後から意識的な問題となった。江戸時代以後には漢字の[字音]をどんな仮名で表すかも問題とされるようになったが,それは[字音仮名遣い]という。最初に仮名遣いを意識的に取り上げた藤原定家の仮名遣いを︿定家仮名遣い﹀という。…
【国語学】より
…なお,契沖は,たとえば,仮名の︿い﹀と︿ゐ﹀との違いが,昔の発音の違いに対応するものだということは,いまだ知らなかった。契沖も,一部の漢語については,それらの仮名遣いを取り上げたけれども,いわゆる字音仮名遣い全体に関する研究は,おくれて,[本居宣長]に至って,はじめて完成された(︽字音仮字用格︾)。宣長は,実際に[万葉仮名]を韻書と対照する方法をとった。…
【国語国字問題】より
…1982年3月に発足した第15期国語審議会では,現代かなづかいの見直しが進められている。 漢字の字音についても,従来は,[字音仮名]遣いがあったが,これも,発音的に改められた。元来,字音仮名遣いは,実際に古書につけられている字音のふり仮名を集めるよりも,韻書の[反]切︵はんせつ︶や,[韻図]などによって,理論的に割り出したものが多く,実際にあたっては専門家でも細かい点では決定困難なものがかなりある。…
※「字音仮名遣い」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」