島津貴久(読み)シマヅタカヒサ

デジタル大辞泉 「島津貴久」の意味・読み・例文・類語

しまづ‐たかひさ【島津貴久】

 
15141571()()()()  

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精選版 日本国語大辞典 「島津貴久」の意味・読み・例文・類語

しまづ‐たかひさ【島津貴久】

 

(一)
 

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「島津貴久」の意味・わかりやすい解説

島津貴久
しまづたかひさ
(1514―1571)


()()鹿()()()()寿()()()()()()15266()()()鹿()()()()()1545141543()1549鹿()便1550鹿()()()15701()()()殿鹿()


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朝日日本歴史人物事典 「島津貴久」の解説

島津貴久

 
2.6.23(1571.7.15)
11(1514)
(鹿),,6(1526),,4(1535)鹿,,8鹿,14,19鹿,,18鹿,貿,<参考文献>鹿  
()
 

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「島津貴久」の解説

島津貴久 しまづ-たかひさ

1514-1571 戦国-織豊時代の武将。
永正(えいしょう)11年生まれ。島津忠良の子。島津氏15代。大永(たいえい)6年宗家島津勝久の養子となる。父忠良とともに勝久を追放し,薩州家の島津実久(さねひさ)を破り,天文(てんぶん)14年(1545)薩摩(さつま)・大隅(おおすみ)・日向(ひゅうが)守護となる。居城を伊集院から鹿児島にうつし,戦国大名としての基礎をきずいた。元亀(げんき)2年6月23日死去。58歳。通称は又三郎。号は伯囿。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「島津貴久」の解説

島津貴久
しまづたかひさ


1514.5.571.6.23

寿()1527(7)435(4)393

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「島津貴久」の意味・わかりやすい解説

島津貴久
しまづたかひさ

 
[]11(1514).
[]2(1571).6.23. 鹿
 () 6 (1526) 3 18 (49)  F.  

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旺文社日本史事典 三訂版 「島津貴久」の解説

島津貴久
しまづたかひさ

1514〜71
戦国時代の武将
同族争いをしずめて薩摩・大隅2国の統一を完成,島津氏繁栄の基礎を築く。島津家中興の祖。1549年にはザビエルにキリスト教布教を許可した。

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世界大百科事典(旧版)内の島津貴久の言及

【大隅国】より


鹿鹿西

 西()

【薩摩国】より


鹿西

 西()4(653)7︿2(702)810

【島津氏】より


1185(1)97(8)()1203(3)

※「島津貴久」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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