デジタル大辞泉
「形態論」の意味・読み・例文・類語
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けいたい‐ろん【形態論】
- 〘 名詞 〙 言語学の一部門。単語などの言語単位の文法的機能について論ずるもの。語形論。
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形態論 (けいたいろん)
︵1︶語形の変化とその構成を記述する言語学の部門。伝統文法では,形態論morphologyは語の配列や用法を扱う統語論︵シンタクス︶と音韻論と共に文法の三大部門をなしている。︵2︶構造言語学では形態素の設定と種類およびその配列と構造を扱う部門とされている。このうち形態素の結合によって生じる音声変化を記述する部門を形態音素論morphophonemicsという。また語︵単語︶という単位を認めないで,統語現象をすべて形態素の配列と相互関係において記述する立場を形態素配列論という。
構造言語学の形態論
︵1︶形態素の設定 形態素は意味をもつ最小の言語単位であるから,形よりも意味に基準が求められる。︵a︶︿キキテ﹀と︿ハナシテ﹀における︿テ﹀︷te︸︵︷ ︸は形態素を示す︶は共に動作主を意味し形も同じであるから同一の形態素である。しかし︵b︶︿ハナシテ﹀と︿ミギテ﹀では,後者の︿テ﹀︷te︸は︿手﹀︵身体部位︶を意味するから,形は同じでも異なる形態素に属する。また,︵c︶異なる形でも意味が同じならば同一の形態素にまとめられる。︿イッパイ,ニハイ,サンバイ﹀という数え方から取り出される助数詞の/pai//hai//bai/は異なる形をしているが,/pai/は数詞1,/hai/が2,/bai/が3に接合して相補う位置を占めている。このように相補的分布をなす場合,これら三つの異形態allomorphは同じ形態素︷hai︸︿杯﹀に所属する。︵d︶英語の動詞変化において,現在形のwork/wərk/︿働く﹀の過去形worked/wərk-t/から過去の異形態/t/が取り出される。そして現在形go/gow/と過去形went/wen-t/の対比から,語幹部として/gow/と/wen-/が抽出される。この場合,共に︿行く﹀の意味であるが語形はまったく異なっている。しかし,これら異形態も現在形と過去形という点で相補的分布をなすので同一形態素︷gow︸にまとめられる。このように形を異にする/wen-/の方を補充形suppletive formと呼ぶ。︵e︶英語の動詞の過去形は︿現在形+過去語尾﹀の形式をとるのが普通である。そこでhit︿打つ﹀のように現在と過去が同形をなすものについては,過去形態素にゼロ異形態/ø/を認めれば,過去形のhitも/hit-ø/という過去形の公式で処理できるとしている。︵f︶またアメリカの構造言語学者ホケットCharles F.Hockett︵1916-2002︶は︿すわる﹀の過去形sat/sæt/は現在形の/sit/に過去形態素が重複して融合した︿カバン﹀型の形態をなしているとの見解を示した。
︵2︶形態素を分析する三つの立場 ︵a︶語形交替に︿過程﹀を認める項目過程方式では,英語の単数名詞man/mæn/︿人﹀が複数形のmen/men/になるとき,︷mæn︸+︷複数形態素︸において複数形態素が語幹の母音に作用して/æ→e/という内部変化︵過程︶を引き起こしたと解釈している。これに対し,︵b︶過程を認めない項目配列方式では,こうした内部変化は容認されない。形態素︷mæn︸に/m![](/image/dictionary/sekaidaihyakka/gaiji/18A0.png)
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n/という中央の母音を欠いた不連続の異形態を立て,これに複数の異形態/-e-/が差し込まれていると解釈する。そこで/men/は/m![](/image/dictionary/sekaidaihyakka/gaiji/18A0.png)
![](/image/dictionary/sekaidaihyakka/gaiji/18A0.png)
n/+/-e-/という形でとらえられる。最近の生成文法は過程を認める立場にくみしていて,形態素の連続に音韻規則を適用して音声連続を導き出そうと考えている。このため異形態は形態音素論的操作によって処理されるので,形態論そのものが統語論︵シンタクス︶と音韻論に分割吸収されてしまった。︵c︶語・語形変化方式では,語︵単語︶が文法の基本単位であって,形態素は連結して語を構成する要素ではなく,語そのものに付与された特徴と見なされる。例えば,ラテン語のlibrōs︿複数の本を﹀は抽象的語彙LIBER︿本﹀に︿複数﹀と︿対格﹀の形態統語的特徴が作用して具体化した語形と分析される。
執筆者‥小泉 保
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形態論
けいたいろん
︹1︺伝統文法では、形態論は、語形の変化とその構成を記述する部門として、統語論、音韻論とともに文法の三大部門をなす。︹2︺構造言語学では、形態素の種類とその配列を分析する部門とされている。
語を形態素に分析する場合、(1)すべて形態素の付加とみる立場を項目配列方式、(2)形態素を構成する音素に変化を認める立場を項目過程方式という。英語の動詞keep/ki:p/の過去形/kept/kept/﹁保持した﹂において、/ki:p/の異形態/kep-/に過去の形態素の異形態/t/が付加されたとすれば(1)の方式であり、/ki:p/の母音/i:/が/e/に変化したうえで/t/が付加されたと考えれば(2)の方式にたっている。なお、(3)/kept/を分解しないで、一つの語としてそのまま過去形と認め、これが現在形の/ki:p/と時制の対立をなしていると考える語・語形変化の方式がある。
英語のdogs﹇dɔg-z﹈,cats﹇kæt-s﹈はそれぞれ複数の犬と猫を表すが、これらの語尾﹇z﹈と﹇s﹈は名詞が複数形になったとき付加される変化語尾であるから屈折語尾とよばれる。これに対し、doggy﹇dɔg-i﹈﹁犬のような﹂、cattish﹇kæt-iʃ﹈﹁猫のような﹂に現れる語尾﹇i﹈や﹇iʃ﹈は名詞を形容詞に変える働きがある。しかも、これらの語尾は特定の名詞としか結合しない。こうしたものを派生語尾という。語形変化をなすとき、屈折語尾もしくは派生語尾は、中核をなす語幹stemの形態素に添加されるので接辞affixという。接辞には次の3種がある。
(1)un-kind﹁不親切な﹂におけるun-は語頭部の前に付加されるので接頭辞prefixである。
(2)boy-sの複数語尾-sのように語幹部の後ろにくるものが接尾辞suffixで、
(3)フィリピンのタガログ語の動詞b-in-ása﹁読まれた﹂では、受動を表す-in-という要素が語幹b-ásaのなかへ押し込まれているので、挿入辞もしくは接中辞infixという。
語の構造をみると、boyやcatのような語は自由形式の形態素のみでできているが、boy-sやcatt-ishのような語では自由形式に結合形式の形態素が組み合わさっている。また、re-ceive﹁受ける﹂のような語では、接頭辞のre-も語幹部の-ceiveもともに結合形式の形態素である。なお、boy-friend﹁男友達﹂は、二つの自由形式の形態素が結び付いた合成語である。
英語のun-friend-ly﹁不親切な﹂は三つの形態素からなる語であるが、friend-ly﹁親切な﹂という語はあっても、un-friendという語はないので、unfriendlyはまずunとfriendlyという二つの要素に分解される。これを直接構成素に分析するという。続いて、friendlyはfriendとlyという直接構成素に分けられる。このように形態素の結合は、順次後ろから付加されるものではなく、ある構造をなして結び付いているのである。
生成文法では、形態論は語彙(ごい)論に組み替えられている。語彙論では、語を統語面と音韻面および意味の面で記述する方法が研究されている。英語の動詞giveは/ɡiv/という音素表示をもち、統語的には、動詞に属し、﹁~を~に与える﹂というように直接目的語と間接目的語をとる文法構造に用いられる。意味的には、﹁ある対象物がある者から他の者へと所有移動する﹂という意味構造のなかで解釈される。なお、現在形give/ɡiv/が過去形gave/ɡeiv/に変化するのは、母音の/i/を/ei/に変える形態音素的音韻規則が働いていると考えられている。
﹇小泉 保﹈
﹃小泉保著﹃教養のための言語学コース﹄︵1984・大修館書店︶﹄
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形態論【けいたいろん】
音韻論,統辞論(シンタクス)と並ぶ言語研究の一部門。語形論とも。観察と分析による客観的方法により,ある言語の形態素の認定,接辞や合成などによる単語形成法の手続,単語の語形変化の体系,品詞分類の問題に関する研究を行う。
→関連項目屈折語|言語学|言語類型論|膠着語|孤立語|文法
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形態論
けいたいろん
morphology
統辞論 (構文論) と並んで文法論を形成する一部門。統辞論が単語を出発点として,単語が組合されて文をなすその規則を研究するのに対し,これは単語の内部構造を扱うものである。合成や派生といった語形成論と,文中において他の単語との関係を表わすために語形を変える単語の体系を扱う語形替変論から成り立つ。語形替変論のみを形態論という場合もある。また,活用など形態論上の問題は構文的見地を離れては不完全な分析になるし,単語の内部構造と文の構造との間には本質的な差は認められないとして,統辞論と形態論を統一的に取扱おうとする立場もある。なお,形態論における音韻の交替を扱う分野を特に形態音韻論という。
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世界大百科事典(旧版)内の形態論の言及
【言語学】より
…ある範疇に属する単語は,その範疇特有の屈折(つまり,音形の一部がそのあらわれる位置によって交替する現象)を示すことがあるので,各範疇ごとの屈折の状態と性格を解明する必要がある。このように,単語に関係する研究分野は,従来,︿[形態論]﹀と呼ばれてきた。 次に,単語それ自体に関することを除き,単語から文にいたる過程を研究する分野を従来から︿構文論﹀︿統語論﹀などと呼んでいる(本事典では︿シンタクス﹀の項を参照されたい)。…
【自然言語処理】より
…(1)音韻論 音素,アクセントなどから文字あるいは単語がどのように構成されるかについての理論であり,音声処理においては基礎となる。(2)形態論 文字から単語が構成される枠組みについての理論であり,日本語のベタ書きテキストから単語を切り出す形態素解析の基礎となる。(3)統語論 単語から文が構成される枠組みについての理論。…
【文法】より
…が,文法と意味(論)の境界の画定が難しい上,一般に機能語の用法は(すべて)文法の問題だという把握が根強いようなので,これに従って,(3)も掲げた次第である。
﹇文法の下位区分﹈
学問としての文法は,しばしば︿シンタクスsyntax﹀(統語論,構文論とも)と,︿形態論morphology﹀(語形論,語論とも)とに下位区分される。 シンタクスは,単語が連結して文をなす上でのきまり・規則性・原理の研究,すなわち冒頭の(1)(および(3)のうち(1)にかかわること)についての研究である。…
※「形態論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」