デジタル大辞泉
「散文詩」の意味・読み・例文・類語
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さんぶん‐し【散文詩】
- 〘 名詞 〙 散文の形式をとった詩。形式は散文で、内容は詩的な情緒を表現した文学作品。
- [初出の実例]「余が爰に言ふ散文詩は〈略〉一般に唱ふる所の狭義の詩の意味にして、之を散文もて書くの謂也」(出典:散文詩の成立(1899)〈浅野和三郎〉)
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散文詩 (さんぶんし)
prose poem
韻律によらず,散文の形をとって書かれた詩。現在では詩の多様な表現形態の一つとして定着しているが,韻文でないものを詩とは見なさないという古い見方からすれば,散文詩という言葉は矛盾概念であり,せいぜい比喩的な言い方にすぎない。この言葉を意図的に用いたのは,19世紀中葉のフランスで,ボードレールが︽パリの憂鬱,あるいは小散文詩集︾と名づける作品群を構想した︵刊行は1869︶ときが最初である。ボードレールはこの作品群の序文の中で,先行例としてベルトランの︽夜のガスパール︾︵1842︶をあげたが,ベルトラン自身は自作をファンテジーと呼んでいたにすぎず,このような,いわゆる詩情を感じさせる散文ならば,ルソー,シャトーブリアン,ユゴーなど,ロマン主義文学の作家には数多くの例が見られる。しかし︽夜のガスパール︾には,作者が意識していたか否かは別として,その散文による記述の仕方そのものを方法的に追究する意図がうかがわれるので,これをゲランの︽サントール︾︵1835年執筆,40年発表︶と並べて散文詩の先駆と見なすことは可能であり,少なくとも散文詩がフランスのロマン主義文学の風土の中で徐々に形をとろうとしていたことだけは認めることができよう。
これに対してボードレールは,作品の素材の面と,詩の方法論の面の二つから,はっきりと近代を意識し,近代の散文的日常の中でうごめく人間の魂とその希求とを表現する手段として,あえて散文詩という用語を,おそらくは皮肉もこめて提起した。そこには,すでに韻文詩集︽悪の華︾を制作していた彼が,絶えずそれ自体を相対化し続けるという言語表現の本質を見据えていたことを示すものがあり,まさにそれゆえにこそ,散文詩の提起は近代詩の成立に決定的な意義をもった。
これとほぼ同じころに書かれたロートレアモンの︽マルドロールの歌︾︵1869︶はすぐには世に知られなかったが,まもなくランボーとマラルメがそれぞれ独自の形で散文詩の書法をおし進め,ジャコブ,サン・ジョン・ペルス,ミショー,シャールらを経て現代に至る無数の作例が生まれた。フランス以外の国でもドイツ・ロマン派の一部やツルゲーネフなどに散文詩があるが,近代への意識にこれほど深くかかわった例はフランス以外にはない。その意義は19世紀末以降のいわゆる自由詩の試み以上のものであろう。
日本では萩原朔太郎や富永太郎をはじめとして,大正期以降にすぐれた作例があいつぎ,ここでも散文詩は詩的言語の変革に重要な役割を果たした。現代詩人たちも散文形式でさまざまな実験をくりひろげている。
執筆者‥安藤 元雄
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散文詩
さんぶんし
prose poem
伝統的な韻律によらずに、散文の形式を借りて表現された詩をいう。いわゆる詩的散文、あるいは美文とは異なる。詩は古くからかならず頭韻や脚韻を用いて書かれ、韻文と同義語に扱われてきたが、19世紀になってフランスで、従来の古典主義の韻律に反発して、ボードレールが﹃小散文詩﹄Petits Poèmes en Prose︵1869。のちに﹃パリの憂鬱(ゆううつ)﹄とよばれた︶を出して新しい方向づけをした。それ以来、マラルメやランボーなど多くの象徴派詩人たちがこれを踏襲し、20世紀ではアポリネールやブルトンらの超現実主義者たちも多く散文詩を書いている。フランス語に比べてリズムの抑揚がはっきりしている英語では、詩か散文かどちらかに偏する傾向が強い。しかしポーは﹃詩の原理﹄︵1848~49︶のなかで詩を﹁美の韻律的創造﹂と定義して、厳密に韻文としてとらえたが、他方では﹃アッシャー家の崩壊﹄︵1839︶のような一種の散文詩の領域を開拓した。20世紀ではW・C・ウィリアムズ、シャピロ、アシュベリなど数は少ないが、アメリカにおいても散文詩は書かれている。
日本ではボードレールの影響を受けて萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)や三好達治(みよしたつじ)が散文詩を試み、昭和初年代には雑誌﹃詩と詩論﹄を中心に北川冬彦、安西冬衛(あんざいふゆえ)らの散文詩運動が盛んになり、第二次世界大戦後は田村隆一、吉本隆明(よしもとたかあき)、入沢康夫(いりさわやすお)、粒来(つぶらい)哲蔵、長谷川龍生(はせがわりゅうせい)など多くの書き手が現れて、散文詩は定着したと思われる。
﹇新倉俊一﹈
﹃新倉俊一著﹃ノンセンスの磁場﹄︵1980・れんが書房新社︶﹄▽﹃﹁詩の原理﹂︵﹃萩原朔太郎全集 第6巻﹄所収・1975・筑摩書房︶﹄▽﹃春山行夫著﹃詩の研究﹄︵1936・第一書房︶﹄
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散文詩
さんぶんし
Stikhotvoreniya v proze
ロシアの作家 I.ツルゲーネフの83編から成る随想詩集。 1882年,死の前年に作者みずからが﹃セニリア﹄ Senilia (老いたる者の言葉) と名づけて雑誌﹃ヨーロッパ報知﹄に50編を発表,読書界に強い感銘を与えた。残りの33編は死後発見され,そのうち31編は﹃新散文詩﹄ Nouveaux poèmes en proseとしてパリで出版された。一生を独身で通したツルゲーネフが,異郷の地フランスで人生の旅路を終えようとする晩年の5年間に,おりふしの感懐を美しい音楽的な散文で綴った小品集で,そこでは老作家の眠られぬ夜の孤独と生の悲哀,死への予感がペシミスチックな調べをもってうたわれているかと思えば,ときにはロシアへの愛と郷愁,青春の日への挽歌もかなでられ,ときには無理解な批評家やジャーナリストに対する忿懣を漏しながら,自己の創作への静かな誇りも述べられている。
散文詩
さんぶんし
prose poem; poème en prose
定型詩の韻律・押韻形式はもちろん,自由詩の顕著なリズムももたず,また一般に行分けをせずにパラグラフ単位で統一される詩であるが,散文詩にもおのずから内容の高潮に伴うリズムがある。アロイジュス・ベルトランの﹃夜のガスパール﹄ (1842) を先駆とし,ボードレールの﹃パリの憂鬱﹄ (69) ,ランボーの﹃イリュミナシオン﹄ (86) など,フランス象徴派によってジャンルとして確立された。ほかにツルゲーネフの﹃散文詩﹄も有名。
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世界大百科事典(旧版)内の散文詩の言及
【ボードレール】より
…長年の宿痾(しゆくあ)である梅毒の悪化に伴い,ベルギーに滞在中ナミュールで昏倒し,パリで悲劇的生涯を終え,モンパルナス墓地に埋葬された。死後まとめられた《小散文詩集,パリの憂鬱Petits poèmes en prose,Spleen de Paris》は,散文詩というジャンルを文学として確立した。ベルレーヌ,ランボー,マラルメ,バレリーらによって,ボードレールの名声は20世紀に入って世界的となり,日本でも明治時代に早くも紹介され,上田敏の訳がある。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」