遣る（読み）ヤル

デジタル大辞泉 「遣る」の意味・読み・例文・類語

や・る【▽遣る】

 
﹇動ラ五︵四︶﹈
1 そこへ行かせる。さしむける。送り届ける。﹁子供を大学へ―・る﹂﹁使いを―・る﹂﹁手紙を―・る﹂
2 漕(こ)いだり、走らせたりして進める。﹁車を―・る﹂
3 そちらへ向ける。﹁目を―・る﹂
4 目下の者や動物などに与える。くれる。﹁褒美を―・る﹂﹁鳥にえさを―・る﹂
5 心配などをまぎらすようにする。はらす。﹁酒に憂さを―・る﹂﹁思いを―・る﹂
6 何かをすることを、広く、または漠然という。する。行う。営む。﹁宿題を―・る﹂﹁今度の舞台で大星由良之介を―・る﹂﹁民宿を―・っている﹂
7 口にする。ちょっと酒などを飲む。﹁タバコは―・りません﹂﹁一杯―・る﹂
8 どうにか生活する。﹁この給料では―・っていけない﹂
9 ︵俗語で︶危害を加える。﹁かたっぱしから―・ってしまえ﹂
10 ︵﹁殺る﹂とも書く。俗語で︶殺す。﹁ひと思いに―・ってしまえ﹂
11 失敗する。﹁また―・ってしまった﹂
12 物事をうまくやる。なしとげる。﹁ついに―・ったぞ﹂
13 病気やけがをする。﹁三つの時に水(みず)疱(ぼう)瘡(そう)を―・った﹂﹁腰を―・る﹂
14 俗に、性交する。
15 逃がす。
﹁やあやあ者共、六郎―・るな遁すなと﹂︿浄・矢口渡﹀
16 ︵他の動詞の連用形に付いて︶
㋐︵多く打消しの語を伴って用いる︶動作が完了する意を表す。十分、または最後まで…する。﹁興奮がさめ―・らない﹂
㋑動作が広く、また遠くまで及ぶ意を表す。ずっと…する。﹁眺め―・る﹂﹁思い―・る﹂
17 ︵補助動詞︶動詞の連用形に﹁て﹂を添えた形に付く。
㋐やむをえずするのだという気持ちや恩着せがましい気持ちで、目下の者のために何かをする。﹁相談に乗って―・る﹂﹁勉強をみて―・る﹂
㋑積極的にそのようにする。ことさらにそのようにしてみせる。﹁飛び降りて―・る﹂﹁舌をかみ切って―・る﹂
[可能]やれる
[類語]︵1︶送る・送り出す・出す・発する・派する・差し向ける・差し遣わす・差し立てる・遣わす・回す・差し回す・派遣する・差遣する・届ける・送り付ける・送り届ける・送付する・送達する・発送する・託送する・郵送する・差し出す・仕向ける︵便りを︶寄せる／︵2︶進める・移す・動かす・移動する／︵4︶与える・くれる・取らせる・遣わす・授ける・あてがう・施す・恵む・贈る・譲る・上げる・差し上げる・くださる・賜る・供する・供与する・提供する・授与する・恵与する／︵6︶する・行う・為す・営む・なさる・される・あそばす・いたす・仕る  

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精選版 日本国語大辞典 「遣る」の意味・読み・例文・類語

や・る【遣】

 

(一)〘 他動詞 ラ行五︵四︶ 〙
 (二)[ 一 ]
(一)① 人に命じて行かせる。また、先でどうなるかわからないまま、人を送り出す。派遣する。
(一)[初出の実例]﹁わが背子を大和へ夜利(ヤリ)てまつしだす足柄山の杉の木の間か﹂(出典‥万葉集︵8Ｃ後︶一四・三三六三)
 (二)﹁四日の夜、侍どもをやりてとり棄てしぞ﹂(出典‥枕草子︵10Ｃ終︶八七)
 (二)② 車などを先へどんどん進ませる。進行させる。進むにまかせる。
(一)[初出の実例]﹁時の盛りを いたづらに 過ぐし夜里(ヤリ)つれ﹂(出典‥万葉集︵8Ｃ後︶一七・三九六九)
 (二)﹁檳榔毛はのどかにやりたる。いそぎたるはわろく見ゆ﹂(出典‥枕草子︵10Ｃ終︶三二)
 (三)③ 相手に届くように送る。また、与える。現代では同等以下の人または、動植物に与える場合にいう。
(一)[初出の実例]﹁海神(わたつみ)の 手纏(たまき)の玉を 家づとに 妹に也良(ヤラ)むと﹂(出典‥万葉集︵8Ｃ後︶一五・三六二七)
 (二)﹁をかしき絵などをやり給ふ﹂(出典‥源氏物語︵1001‐14頃︶若紫)
 (四)④ ( ﹁手をやる﹂の形で ) 手を当てる。
(一)[初出の実例]﹁此小児は、卵の傍へ手を遣れり﹂(出典‥小学読本︵1873︶︿田中義廉﹀一)
 (五)⑤ ( ﹁目をやる﹂の形で ) そちらに目を向ける。→目をやる。
 (六)⑥ 仲裁者に問題の解決を一任する。
(一)[初出の実例]﹁すっぱりと水にして、お前っちに遣りやせう﹂(出典‥滑稽本・酩酊気質︵1806︶上)
 (七)⑦ ( 心の進むにまかせる意から ) 不快で、ふさぎがちな気持をはらす。
(一)[初出の実例]﹁もののふの 八十伴の緒の 思ふどち 心也良(ヤラ)むと﹂(出典‥万葉集︵8Ｃ後︶一七・三九九一)
 (二)﹁せめて御心を遣(ヤル)方もやと﹂(出典‥太平記︵14Ｃ後︶一八)
 (八)⑧ 流れて行くようにする。
(一)[初出の実例]﹁水やりたる樋の上に、折敷どもすゑて﹂(出典‥蜻蛉日記︵974頃︶中)
 (九)⑨ 木戸、関所などを通過させる。また、逃げて行くままにする。逃がす。
(一)[初出の実例]﹁﹃何物なれば、これほど夜ふけてとほる覧。やるまじき﹄とぞとがめける﹂(出典‥曾我物語︵南北朝頃︶九)
 (十)⑩ はかどらせる。物事を進める。
(一)[初出の実例]﹁ハカヲ yaru(ヤル)﹂(出典‥日葡辞書︵1603‐04︶)
 (11)⑪ 前へ出す。
(一)[初出の実例]﹁手をねぢてやる時は、納むる手を早く納むべし﹂(出典‥申楽談儀︵1430︶よろづの物まねは心根)
 (12)⑫ 連歌・俳諧で、﹁付句﹂﹁やり句﹂などを付ける。
(一)[初出の実例]﹁歌にも難題などは源氏肝要の事候。難句などをやり候はん時可有大切事候﹂(出典‥長六文︵1466︶)
 (13)⑬ 失敗する。しくじる。
(一)[初出の実例]﹁こんな事にかかっちゃア、やるものぢゃアごんせぬ﹂(出典‥歌舞伎・傾情吾嬬鑑︵1788︶序幕)
 (14)⑭ だます。
(一)[初出の実例]﹁儕れ等は兄弟してよう俺をやったな﹂(出典‥浄瑠璃・極彩色娘扇︵1760︶八)
 (15)⑮ こらしめる。また、なぐったり殺したりする。→遣られる。
(一)[初出の実例]﹁﹃やっちまふか？…﹄二人は一寸息をのんだ﹂(出典‥蟹工船︵1929︶︿小林多喜二﹀一)
 (16)⑯ 嫁に行かせる。
(一)[初出の実例]﹁お銀を嫁(ヤ)らうといふのですか﹂(出典‥二人女房︵1891‐92︶︿尾崎紅葉﹀上)
 (17)⑰ 食う。また、飲む。
(一)[初出の実例]﹁一服やりませう﹂(出典‥真景累ケ淵︵1869頃︶︿三遊亭円朝﹀五八)
 (18)⑱ ( 自動詞的に ) 暮らす。生活する。
(一)[初出の実例]﹁間に合ひさへすれば、それで行(ヤ)ってゆく。今更︿略﹀五円十円と稼いで見て如何する﹂(出典‥二老人︵1908︶︿国木田独歩﹀上)
 (19)⑲ ある動作や行為をする。﹁する﹂よりも俗ないい方。
(一)[初出の実例]﹁とりはづしてずいとやり﹂(出典‥咄本・昨日は今日の物語︵1614‐24頃︶下)
 (二)﹁あんな乱暴を行(ヤ)って﹂(出典‥義血侠血︵1894︶︿泉鏡花﹀一〇)
 (20)⑳ 男女が肉体的に交わる行為をする。
 (三)[ 二 ] 補助動詞として用いる。
(一)① 動詞の連用形に付けて、その動作が遠くへ向かってなされる意を表わす。
(一)[初出の実例]﹁都辺に行かむ船もが刈薦の乱れて思ふ言(こと)告げ夜良(ヤラ)む﹂(出典‥万葉集︵8Ｃ後︶一五・三六四〇)
 (二)﹁山の端の入日のかげは入りはてて心細くぞながめやられし﹂(出典‥更級日記︵1059頃︶)
 (二)② 動詞の連用形に付けて、その動作をやり終える意を表わす。間に助詞がはいることもあり、また、多く下に打消を伴う。
(一)[初出の実例]﹁身づからも申しもやらず泣きけり﹂(出典‥大和物語︵947‐957頃︶一六八)
 (二)﹁松の雪だにきえやらで、苔のほそ道かすかなり﹂(出典‥平家物語︵13Ｃ前︶九)
 (三)③ ( 動詞の連用形に助詞﹁て︵で︶﹂を添えた形に付けて )
(一)(イ) その動作を他に対して行なう意を表わす。わざわざ他のためにする。
(一)[初出の実例]﹁さるべき受領あらば、知らず顔にてくれてやらんとしつる物を﹂(出典‥落窪物語︵10Ｃ後︶一)
 (二)﹁くひ物はもちてきたるか。くはせてやれ﹂(出典‥宇治拾遺物語︵1221頃︶七)
 (二)(ロ) 動作が強い意志を持って行なわれることを表わす。﹁きっと優勝してやる﹂﹁死んでやる！﹂﹁こらしめてやろう﹂など。
(一)[初出の実例]﹁己(おれ)だってさう馬鹿にせられてばかりはゐないといふことを、見せ附けて遣(ヤ)ることが出来る﹂(出典‥青年︵1910‐11︶︿森鴎外﹀二四)

遣るの語誌


(1)古くは、他者に物を与える場合には、﹁えさす﹂﹁とらす﹂のように、﹁う︵得︶﹂﹁とる︵取︶﹂の使役形によって表わすこともあった。また、﹁やる﹂は、中世になると補助動詞として用いられることが多くなり、動作の主体が、その動作によって話者以外の者に恩恵を与える意を表わすようになる。
(2)恩恵の授受の関係は、現代の敬語で大きな位置を占めるにいたっている。さらに、﹁てやる﹂﹁てもらう﹂﹁てくれる﹂が相互に承接すると、動作の主体と、受け手および動作の主体に依頼する者との間の、複雑な恩恵の授受の関係を表わす。

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