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内田守

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

うちだ まもる


内田 守
生誕 (1900-06-12) 1900年6月12日
熊本県菊池郡
死没 1982年1月17日
熊本県熊本市
国籍 日本の旗 日本
別名 内田 守人
出身校 県立熊本医専
職業 ハンセン病療養所医師、大学教授
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 34-3, 53

 2-1, 63

 2-2, 68

Histological study on affection of the back parts of lepre's eyes 2-3, 610

 3-1 73

 3-2, 76

A 

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 36-12, 712

1 3-4, 712

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文献[編集]

  • 『医官・内田守と文芸活動』(2004) 馬場純二 「歴史評論」 No.656,12月号 p20-32.(内田守の業績については馬場純二のこの論考に詳しい)
  • 『医療福祉の研究』(1980) 内田守博士喜寿記念論集 内田守博士喜寿記念論集刊行会

脚注[編集]

  1. ^ 博士論文書誌データベースの内容の部
  2. ^ 内田守『珠を掘りつつ』 金龍堂書店 1972年 内田守履歴 P253
  3. ^ 医官、内田守と文芸活動(2004) 歴史評論 No.656,12月号 p20-32
  4. ^ 大岡信責任編集『ハンセン病文学全集 第8巻 短歌』、皓星社、2006年、ISBN 4-7744-0397-0
  5. ^ 珠を掘りつつ 内田守 金龍堂書店の中の社会事業研究 1937年9月文芸によるらい患者の精神運動
  6. ^ 珠を掘りつつ 内田守 金龍堂書店 p256 1972年
  7. ^ <鼠らいの眼疾患に関する研究 第1-4報 レプラ 3-4,4-3, 1932年、1933年、
  8. ^ 熊本市付近のらい部落の現状について 河村正之、下瀬初太郎、内田守 レプラ 第4巻1号 1933年3月 近代庶民生活誌 20 病気・衛生のも含まれる
  9. ^ 水道普及がライ菌駆逐への効果について 第1報、第2報 第43回日本らい学会総会 1970年、1971年
  10. ^ 光田健輔 内田守著 吉川弘文館 1971年
  11. ^ 熊本県社会事業史稿 内田守 1965年
  12. ^ 九州社会福祉事業史 内田守 日本生命済生会 1969年
  13. ^ ユーカリの実るを待ちて 内田守編リデルライト記念老人ホーム 1976年
  14. ^ <内田守人 うまれざりせば 春秋社 1976年
  15. ^ <ハンセン病と文学展 熊本近代文学館パンフレット 2003年

関連項目[編集]