ジョニーは戦場へ行った
ダルトン・トランボの小説
概要
本作は第二次世界大戦勃発の1939年に発表されたが、反戦的な内容が﹁反政府文学﹂と判断され、戦争の激化した1945年、ついに絶版︵事実上の発禁処分︶となる。
戦後になって復刊されたものの、朝鮮戦争時には再び絶版とされ、休戦後に復刊されるなど、戦争のたびに絶版と復刊を繰り返す。
これは本書が非常に強力な反戦メッセージを持っていることに、アメリカ政府︵特に軍部︶が危機感を持っていたことの証左とも言える。︵実際に著者は1947年に共産主義者のレッテルを貼られて逮捕、禁固刑に処されている。詳細はドルトン・トランボを参照のこと︶
後の1971年︵ちなみにベトナム戦争の最中︶、著者自身の脚本・監督により映画化された。
なお、本作のタイトル﹃ジョニーは戦場へ行った︵Johnny Got His Gun︶﹄は、第一次世界大戦時の志願兵募集の宣伝文句で、軍歌﹃オヴァー・ゼア﹄(Over There)でも有名になった﹁ジョニーよ、銃を取れ︵Johnny Get Your Gun︶﹂という呼び掛けへの痛烈な皮肉となっている[1]。
あらすじ
●第一章﹁死者﹂
ジョニーは、徴兵によって最愛の恋人カリーンに別れを告げて第一次世界大戦へと出征する。
しかし、異国の戦場で迫り来る敵の砲弾を避けようと塹壕に飛び込むが、目︵視覚︶、鼻︵嗅覚︶、口︵言葉︶、耳︵聴覚︶を失い、また壊疽をおこした両腕、両脚も切断されてしまう。
ほとんど身体を動かすこともできず、ジョニーの意識は﹁現在﹂と﹁過去の記憶﹂とを何度も行き交いながら、孤独と暗黒と沈黙の中へと落ち込んでいき、ついには自ら死を望むようになる。
●第二章﹁生者﹂
ジョニーは自分が生きていることを実感するために、さまざまな思考をめぐらす。
そして、ついに自らの意思を伝える手段として、モールス信号を使うことに辿り着く。
僅かに動く首を使って、必死にモールス信号を送り続けるジョニー。
モールス信号を理解できない、またジョニーに意識があることを信じない看護婦や医師は、それを痙攣の発作と勘違いし、麻酔を投与して押さえ込んでしまう。
しかし、あるクリスマスの日、新しくやってきた看護婦はジョニーの胸に、指で﹁MERRY CHRISTMAS﹂と書いた。
一文字書かれるごとに頷くジョニーをみて、看護婦はジョニーに意識があることを知り、彼の首の動きが何らかを求めるサインではないかと試行錯誤し、ついにはそれ自体がなにかの信号であることに気付く。
そして、ほどなく現れた別の者の指が、ジョニーの額にモールス信号を叩く。
﹁何が望みか?﹂と。
それに対して、ジョニーは答える…。
登場人物
- ジョニー
参考文献
- 『ジョニーは戦場へ行った』 信太英男・訳 角川文庫刊 ISBN 4-04-229201-1
- 『ジョニーは銃をとった』 斎藤数衛・訳 ハヤカワ・ノヴェルズ刊
映画
ジョニーは戦場へ行った | |
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Johnny Got His Gun | |
監督 | ドルトン・トランボ |
脚本 | ドルトン・トランボ |
製作 | ブルース・キャンベル |
撮影 | ジュールス・ブレンナー |
編集 | ミリー・ムーア |
公開 |
1971年5月14日(CIFF) 1971年8月4日 1973年4月7日 |
上映時間 | 112分 |
製作国 | アメリカ合衆国 |
言語 | 英語 |
映画は、原作者であるドルトン・トランボ自身の監督、脚本により1971年にアメリカ映画として制作された。
カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ、国際映画評論家連盟賞、国際エヴァンジェリ映画委員会賞を受賞。
スタッフ
- 原作・監督・脚本:ドルトン・トランボ
- 製作:ブルース・キャンベル
- 撮影監督:ジュールス・ブレンナー
- 編集:ミリー・ムーア
出演
役名 | 俳優 | 日本語吹替 |
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ジョー・ボナム | ティモシー・ボトムズ | 松橋登 |
カリーン | キャシー・フィールズ | 二木てるみ |
看護婦 | ダイアン・ヴァーシ | 山田早苗 |
キリストと呼ばれる男 | ドナルド・サザーランド | 家弓家正 |
ジョーの父親 | ジェイソン・ロバーズ | 大木民夫 |
ジョーの母親 | マーシャ・ハント | 京田尚子 |
テイラリー軍医 | エドュアルド・フランツ |
関連事項
脚注
- ^ “SparkNotes: Johnny Got His Gun: Themes, Motifs, and Symbols”. SparkNotes.com. 2012年11月14日閲覧。