中村芝鶴 (2代目)
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にだいめ なかむら しかく 二代目 中村芝鶴 | |
屋号 | 新駒屋 |
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生年月日 | 1900年4月14日 |
没年月日 | 1981年9月3日(81歳没) |
本名 | 祖父江由良 |
襲名歴 | 1. 中村由丸 2. 3代目中村歌之助 3. 2代目中村芝鶴 |
出身地 | 東京府東京市浅草区 |
父 | 実父:五代目中村傳九郎 養父:六代目中村傳九郎 |
二代目 中村 芝鶴︵なかむら しかく、1900年4月14日 - 1981年9月3日[1]︶は、明治時代後期から昭和時代にかけて活躍した歌舞伎役者。屋号は新駒屋。本名は祖父江由良。実父は五代目中村傳九郎。養父は六代目中村傳九郎。
略歴[編集]
東京府東京市浅草区で生まれる。母方は、吉原の大店である大文字楼の楼主である。 1905年2月、中村由丸を名乗って、新富座で﹃籠釣瓶花街酔醒﹄の禿として、初舞台を踏む。のちに五代目中村歌右衛門の門弟となった。 1911年11月、歌舞伎座で、初代歌右衛門の幼名である三代目中村歌之助を襲名した。1919年5月、歌舞伎座で﹃丹前朝比奈﹄の古之蔵を演じて、二代目中村芝鶴を襲名、名題昇進した。戦前は二代目市川左團次の一座にあって相手役を務めていた。 若き日は、六代目尾上梅幸の信奉者で、実に美しいブロマイド写真が残っており、熱烈なファンが多かったというのも察せられる。 戦後になってからは渋い老女役、さらに男役としても活躍した。﹃籠釣瓶﹄の立花屋の女房、﹃瞼の母﹄の老いた夜鷹、﹃井伊大老﹄の浪人・水無部大臣役、﹃天守物語﹄の舌長婆などが当たり役であった。 歌舞伎からテレビ界、現代演劇にまで演技の幅を広げ、NHK大河ドラマにも、3作品に出演している。このうち、﹃春の坂道﹄における秀吉役は大河ドラマ史上最年長の秀吉役︵71歳︶で大変話題になった。舞台では、﹃濹東綺譚﹄で永井荷風に扮し実物ソックリに演じた︵1962年の映画版でも荷風を演じた︶。森光子版﹃放浪記﹄の初演で安岡信雄役を演じた。 1960年に東宝、1975年に松竹の映画に次々出演。 晩年は、梨園出身でない後進の指導に取り組み、松竹歌舞伎学校校長として、坂東玉三郎をはじめ多くの女形の指導にあたった。 最後の舞台は1981年2月、八代目坂東玉三郎主演の東京・日生劇場﹃天守物語﹄の舌長姥役。その年の9月3日に逝去。81歳没。戒名は深達院法道日良信士。歴代の墓所は、東京都台東区谷中瑞輪寺。 著書に、吉原の思い出を綴った﹃大文字草﹄や﹃遊廓の世界﹄など随想録を著した。受賞歴[編集]
●1965年4月、伝統歌舞伎保存会会員第一次認定。 ●1968年紫綬褒章受章。 ●1974年勲四等旭日小綬章受勲。親族[編集]
●義父‥佐々木染之丞 - 興行師・横浜喜楽座・朝日座︵旧・伊勢佐木町東映︶座主。 ●甥孫‥佐々木秀康 - チェコ・オストラヴァ国立工科大学客員教授・情報工学者・国際弁護士。 ●姪孫‥戸松重徳 - KISCO︵株︶元兄弟会社 岸本ハウジング︵株︶取締役出演作品[編集]
●阿部一族︵1959年︶ ●忠臣蔵 花の巻・雪の巻︵1962年︶ - 大野九郎兵衛 役 ●濹東綺譚︵1962年︶ - 永井荷風 役 ●花の生涯︵1963年︶ - 犬塚外記 役 ●赤穂浪士︵1964年︶- 堀部弥兵衛 役 ●虹︵1970年︶ ●春の坂道︵1971年︶- 豊臣秀吉 役 ●残菊物語︵1973年︶- 尾上多見蔵 役著書[編集]
●中村芝鶴随筆集 日本出版協同、1953 ●歌舞伎随筆 高風館、1956。新版・評論社、1977 ●大文字草 東京書房、1961 ●役者の世界 正・続 木耳社、1966-72 ●遊廓の世界 新吉原の想い出 評論社、1976脚注[編集]
- ^ 『中村 芝鶴(2代目)』 - コトバンク