大隈湾
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大隈湾︵おおくまわん、英: Okuma Bay︶は、南極大陸からロス海に突き出たエドワード7世半島の西岸、ロス棚氷との接続部にある湾[1]。白瀬海岸の一部にあたる。
歴史[編集]
1902年、イギリスのロバート・スコット率いるディスカバリー号の探検[注釈 1]によって、この湾は発見された[1]。1912年、日本の南極探検隊を率いる白瀬矗中尉によって、大隈重信に因み﹁大隈湾﹂と命名された[1]。 大隈重信は白瀬の南極探検の重要な支援者であり、﹁南極探検後援会﹂の会長を務めていた[2]。大隈湾︵Okuma Bay︶という命名は、1933年にアメリカ地理学協会によって認められ、国際的な名称となった[2]。なお、大隈湾を含むエドワード7世半島西岸一帯は、1961年に白瀬海岸︵Shirase Coast︶と名付けられている[3]。脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 正式名称は British National Antarctic Expedition。1901年から1904年にかけておこなわれた。「スコットの第一回南極探検」とも。エドワード7世半島はこの探検隊によって発見されている。
出典[編集]
(一)^ abc“U.S. Geological Survey Geographic Names Information System: Okuma Bay”. 2013年4月29日閲覧。
(二)^ ab石船清隆. “﹁南極100年展﹂開催にあたって”. 読売新聞. 2013年4月29日閲覧。
(三)^ “U.S. Geological Survey Geographic Names Information System: Shirase Coast”. 2013年4月29日閲覧。