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寺西封元

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

西  [1]17492- 182731510218[2][2]西[2]

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17727西[3]1792463[2][4]

西[5][1][2]

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西181613西西[6]

寺西八ヶ条[編集]

寺西八カ条[7]

一ケ条 天はおそろし

毎日<毎日>人間の心の内と、しわざをば天は見通しなり、こころを正直にして、良き事をする者には、どこぞでは御恵あり、悪心をたくみ、わろき事をする者には罰あたるなり、恐るべき事なり

ニケ条 地は大切

人々の喰物着る者、其外何にても地より出来ざる者はなし、地を粗末にすると自然に罰あたり、食物其外何事にも手づかへ困る事出来るなり、少しの地にても大切にする事なり

三ケ条 父母は大事

面々人なみに育ち働く体は皆父母よりさづかり、色々の手当、苦労の養ひを受け人になる父母の大恩限りなし、大事にせねばならぬ事なり

四ケ条 子は不憫、可愛

子は不憫かあいく思ふは生類皆同じ、一人の子にても、五人、七人ある子にても、皆我肉を分けたる子なればかあいさに違ひなし、いくたり出来ても同じ様に大事に育て上べし、年老いては子や孫より外に頼みはなし、子を粗末にすれば、鳥獣にも劣りて、天の理にそむく故末あしくと知るべし

五ケ条 夫婦むつまじく

夫婦は天地自然の道なれば、夫は女房を不憫に思ひ頼みに致し、女房は夫を親の如く大事に致し夫の心に背かぬ様に一生睦しく暮すべし

六ケ条 兄弟仲よく

兄弟は前後に生れたる違ひにて同体なり、随分仲よくして互の力になるべき事なり

七ケ条 職分を出精

田畑の作り方、其外、百姓のなすべき業を年中油断なく精出しかせぐべし、精出せぱ諸事整い段々に栄へ、油断すれば貧乏苦労 たへぬなり、平日ともに衣類・食物を始め何事も奢りがましき事なく倹約を守りかせぐ事随分出精すべし

八ケ条 諸人あひきゃう

人間一生の世渡り人ににくまれては災出来、憂苦労たへぬなり、相互に情深く実儀を以て美しく世を渡る事を心掛け、凡難儀な る者事、腹の立つ事をも勘忍を第一にして愛嬌を専らにすべし
右八カ条の趣を、ふだん心掛け守れば、人間の道にかなふ故其身子孫繁昌に栄ゆる事疑ひなし、若し又右を守らず身持心持悪しき者は改めの上急度とかめ申付候聞良く<良く>大切に相守るべし 寛政五年正月

現代の塙町では、「寺西八ヶ条」は簡略化した形で普及が図られている[5]

塙代官御定書 寺西八カ条 天領の郷 塙町

一.天はおそろし

天はすべて お見通しである[勧善懲悪]

二.地は大切

耕地の管理をしなければならない

三.父母は大事

父母への孝養をつくすこと

四.子は不憫・可愛

子は平等に大事に育てること

五.夫婦むつましく

お互いを支え一生仲良く暮らすこと

六.兄弟仲よく

兄弟は親密にして助け合うこと

七.職分を出精

勤勉に働き 生活では倹約を守ること

八.諸人あいきょう

人とのつきあいは忍耐と愛きょうで

脚注[編集]



(一)^ ab +Plus西 - 

(二)^ abcdefghi西 -  - 

(三)^ abcde, 2019, p.46.

(四)^ ab, 2019, p.45.

(五)^ ab20188 

(六)^ , 2019, p.49.

(七)^ , 1974, pp.5-6 

参考文献[編集]

  • 庄司吉之助「豪農地主の経済と思想の二形態」『東北経済』第56/57号、福島大学東北経済研究所、1974年、1-33頁。  NAID 120001820374
  • 守谷早苗「信達の歴史シリーズIII 人物からみた信達の歴史 第4回 「名代官」寺西封元と赤子養育政策」『福島の進路』443(2019.7)、とうほう地域総合研究所、44-49頁。  PDF

外部リンク[編集]