市河彦太郎
市河 彦太郎︵いちかわ ひこたろう、1896年︵明治29年︶ - 1946年︵昭和21年︶4月1日[1]︶は、日本の外交官。駐イラン公使。
経歴[編集]
静岡県の市河彦三の子として生まれる。市河家は沼津の大地主で豪商[2]。静岡県立沼津中学校︵現静岡県立沼津東高等学校︶、第一高等学校を経て[3]、1920年︵大正9年︶、東京帝国大学法学部政治学科を卒業[4]。フィンランド公使館一等書記官、外務書記官・文化事業部第三課長、同第二課長を歴任[4][5]。1940年︵昭和15年︶12月、駐イラン公使に就任した[5]。 沼津中学時代の後輩芹沢光治良の﹃人間の運命﹄に登場する主人公森次郎の親友・石田のモデルであるとも言われる[3]。 父方叔母の夫に林市蔵[6]、妹の夫に九鬼紋七 (九代目)[7]。妻は広田理太郎の次女[8]。加藤シヅエは妻の姉。妻側の遠縁に鶴見祐輔、後藤新平などがいる。脚注[編集]
参考文献[編集]
- 人事興信所編『人事興信録 第13版(上)』人事興信所、1941年。
- 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第14版』帝国秘密探偵社、1943年。
外部リンク[編集]
- イランより帰りて 元イラン國駐剳特命全權公使 市河彦太郎 - 『海軍記念日の回顧』(大日本国防義会, 1942)