デジタル大辞泉
「シベリア」の意味・読み・例文・類語
シベリア[菓子]
羹 の 代 わ り に 小 ( あ ず ) 豆 ( き あ ) 餡 ( ん ) を 用 い る 場 合 も あ る 。
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シベリア
(一) ( S i b e r i a )
(二) [ 1 ] ユ ー ラ シ ア 大 陸 北 部 、 ウ ラ ル 山 脈 か ら 太 平 洋 岸 に 至 る ロ シ ア 連 邦 領 ア ジ ア の 総 称 。 ロ シ ア 全 土 の 約 五 七 パ ー セ ン ト を 占 め る 広 大 な 地 域 で 、 豊 富 な 地 下 資 源 と 森 林 資 源 に め ぐ ま れ 、 南 部 の シ ベ リ ア 鉄 道 沿 い に 開 発 が 進 め ら れ て い る 。 ロ シ ア 語 名 シ ビ ー リ 。
(三) [ 2 ] 〘 名 詞 〙 カ ス テ ラ の 間 に 羊 羹 を は さ ん だ 菓 子 。
(一) [ 初 出 の 実 例 ] ﹁ シ ベ リ ヤ と 称 す る 、 カ ス テ ラ の 間 に 白 い 羊 羹 を 挿 ん だ 、 三 角 型 の も の ﹂ ( 出 典 ‥ ロ ッ パ 食 談 ︵ 1 9 5 5 ︶ ︿ 古 川 緑 波 ﹀ 甘 話 休 題 II )
出典 精選版 日本国語大辞典 精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
シベリア しべりあ Siberia
ロシア連邦のアジア部の主要部分を構成する地域。現在、ロシア語ではシビーリСибирь/Sibir'とよんでいるが、これは、西はウラル山脈の東側の麓(ふもと)から東は太平洋斜面と北極海斜面との分水諸山脈までの地域(西シベリアと東シベリア)をさし、それ以東の太平洋側は、ロシアでは「ロシア極東」とよんで除外している。しかし歴史的呼称としてのシベリアは太平洋岸までを含み、現在でも欧米や日本では慣習的にそうするので、ここでも極東を含む広義のシベリアを取り扱う。なお、「シベリア」は英語名。広義のシベリアは、人口3118万9000(1999)で、ロシア連邦の21.4%、面積は、その南方境界をロシア連邦の境界に一致させるとすれば、1276万5900平方キロメートルで、ロシア連邦の約75%である。
[三上正利・上野俊彦]
シ ベ リ ア の 西 部 は 広 大 な 西 シ ベ リ ア 低 地 、 中 部 は 中 央 シ ベ リ ア 高 原 で 、 南 部 か ら 北 東 部 に か け て は ア ル タ イ 、 西 と 東 の サ ヤ ン 、 ヤ ブ ロ ノ イ 、 ス タ ノ ボ イ 、 ベ ル ホ ヤ ン ス ク 、 チ ェ ル ス キ ー 、 コ リ マ な ど の 諸 山 脈 が 連 な る 。 カ ム チ ャ ツ カ 半 島 の 東 側 山 地 か ら 千 島 列 島 ︵ ク リ ル 諸 島 ︶ に か け て は 火 山 帯 が 走 り 、 多 数 の 活 火 山 が あ る 。 世 界 屈 指 の 大 河 で あ る オ ビ 川 、 エ ニ セ イ 川 、 レ ナ 川 は 北 極 海 方 面 へ 流 出 し 、 ア ム ー ル 川 は 太 平 洋 側 へ 流 出 す る 。 気 候 は 大 陸 的 で 、 と く に 冬 の 寒 さ は 厳 し く 、 気 温 の 年 較 差 は 大 き い 。 1 月 平 均 気 温 は 西 シ ベ リ ア の 南 部 で は 零 下 16 ℃ 、 サ ハ 共 和 国 の 東 部 で は 零 下 48 ℃ と な り 、 こ こ に は 北 半 球 の 寒 極 が あ っ て 、 オ イ ミ ャ コ ン や ベ ル ホ ヤ ン ス ク で は 気 温 が 零 下 72 ℃ に 下 が る と き も あ る 。 夏 は 比 較 的 温 暖 で 、 7 月 平 均 気 温 は 北 部 で 5 ℃ 、 南 部 で 23 ℃ で あ る 。 年 降 水 量 は 北 部 で 1 0 0 ~ 1 5 0 ミ リ メ ー ト ル 、 森 林 帯 の 西 部 で 5 5 0 ミ リ メ ー ト ル 、 東 部 で 2 0 0 ミ リ メ ー ト ル 、 ア ル タ イ 山 脈 で 2 0 0 0 ミ リ メ ー ト ル に な り 、 一 般 に 雨 は 夏 に 降 る 。 冬 は 乾 期 で 積 雪 量 は 平 均 35 セ ン チ メ ー ト ル で あ る が 、 永 久 凍 土 の 地 帯 が 広 い 。 太 平 洋 側 は 季 節 風 の 影 響 を 受 け る モ ン ス ー ン 気 候 で 、 年 降 水 量 は 約 6 5 0 ミ リ メ ー ト ル 。
シ ベ リ ア の 植 生 は 北 か ら 南 へ 、 ツ ン ド ラ 地 帯 、 森 林 ツ ン ド ラ 地 帯 、 森 林 地 帯 、 森 林 ス テ ッ プ 地 帯 、 ス テ ッ プ 地 帯 へ と 移 行 し 、 針 葉 樹 を 主 と す る 森 林 地 帯 ︵ タ イ ガ ︶ の 南 北 幅 は 2 0 0 0 キ ロ メ ー ト ル に 達 す る 所 も あ る 。 森 林 ス テ ッ プ 地 帯 の 南 半 か ら ス テ ッ プ 地 帯 の 北 半 に か け て は 、 肥 沃 ( ひ よ く ) な 黒 土 地 帯 で 農 耕 適 地 で あ る 。 極 東 の 南 部 に は 広 葉 樹 の 混 じ る 混 合 林 が あ る 。 海 に は 魚 類 や 海 獣 、 ツ ン ド ラ に は ト ナ カ イ 、 森 林 に は 各 種 の 毛 皮 獣 が お り 、 河 川 に は 魚 が 多 い 。
﹇ 三 上 正 利 ・ 上 野 俊 彦 ﹈
住 民 の 約 9 割 は ロ シ ア 人 、 ウ ク ラ イ ナ 人 、 ベ ラ ル ー シ 人 で 、 都 市 に 多 く 住 み 、 と く に シ ベ リ ア 鉄 道 沿 線 に 多 い 。 住 民 の 数 % に す ぎ な い 先 住 民 は お も に 森 林 地 帯 や ツ ン ド ラ 地 帯 に 住 み 、 農 牧 業 、 ト ナ カ イ 飼 養 、 狩 猟 、 漁 業 に 従 事 す る 。 先 住 民 を 言 語 系 統 で 分 類 す る と 、 ウ ラ ル 語 族 の フ ィ ン ・ ウ ゴ ル 語 群 に は ハ ン テ ィ 人 と マ ン シ 人 、 サ モ エ ー ド 語 群 に は ネ ネ ツ 人 、 ガ ナ サ ン 人 、 セ ル ク ー プ 人 が あ る 。 ま た ア ル タ イ 語 族 の ト ル コ 語 群 に は 、 北 方 に サ ハ 人 と ド ル ガ ン 人 、 南 方 に ハ カ ス 人 、 ア ル タ イ 人 、 シ ョ ー レ ツ 人 、 ト ゥ バ 人 、 タ タ ー ル 人 、 モ ン ゴ ル 語 群 に は ブ リ ヤ ー ト 人 、 ツ ン グ ー ス ・ 満 州 語 群 に は 東 シ ベ リ ア お よ び 極 東 方 面 の エ ベ ン キ 人 、 エ ベ ン 人 、 ネ ギ ダ ル 人 、 ナ ー ナ イ 人 、 ウ リ チ 人 、 オ ロ チ 人 、 ウ デ ゲ イ 人 が あ る 。 孤 立 し た 特 殊 な エ ス キ モ ー ・ ア リ ュ ー ト 語 族 に は 、 エ ス キ モ ー と ア リ ュ ー ト 人 が あ る 。 ま た シ ベ リ ア 北 東 部 の 諸 民 族 を 一 括 し て 特 別 の 群 と す る 旧 ア ジ ア 諸 民 族 に は 、 チ ュ ク チ 人 、 コ リ ヤ ー ク 人 、 イ テ リ メ ン 人 、 ユ カ ギ ー ル 人 、 ニ ブ ヒ 人 が あ る 。 そ の ほ か シ ベ リ ア の 南 西 部 に い る ド イ ツ 人 、 カ ザ フ 人 、 極 東 南 部 の 朝 鮮 民 族 、 ユ ダ ヤ 人 、 各 地 に 散 在 す る チ ュ バ シ 人 と モ ル ド バ 人 な ど が い る 。
﹇ 三 上 正 利 ・ 上 野 俊 彦 ﹈
シ ベ リ ア は 天 然 資 源 に 富 み 、 そ の 開 発 は 将 来 の ロ シ ア 経 済 の 発 展 を 左 右 す る 重 要 な 要 因 と み ら れ て い る 。 シ ベ リ ア は と く に エ ネ ル ギ ー 資 源 の 宝 庫 で あ る 。 西 シ ベ リ ア 低 地 の 石 油 は サ モ ト ゥ ロ ル な ど を 中 心 に 採 掘 さ れ 、 採 掘 量 は 2 億 0 6 8 5 万 ト ン ︵ 1 9 9 9 、 全 ロ シ ア の 約 6 7 . 8 % ︶ で 、 ソ 連 時 代 を 通 じ て 首 位 に あ る 。 ま た 西 シ ベ リ ア 北 部 で は ウ レ ン ゴ イ を は じ め と し て 世 界 的 な 天 然 ガ ス の 大 埋 蔵 鉱 床 が 発 見 さ れ 、 開 発 が 進 め ら れ て 、 す で に 大 口 径 ガ ス 管 に よ っ て モ ス ク ワ 方 面 や ウ ラ ル 工 業 地 域 へ 送 ら れ て い る 。 ド イ ツ や フ ラ ン ス な ど へ も 送 る 契 約 が 成 立 し た 。 サ ハ 共 和 国 の 天 然 ガ ス は 日 米 と の 協 力 で 、 ま た 樺 太 ( か ら ふ と ) ︵ サ ハ リ ン ︶ の 大 陸 棚 で は 日 本 と の 協 力 で 、 そ れ ぞ れ 開 発 が 進 め ら れ て い る 。
シ ベ リ ア の 石 炭 の 採 掘 量 は 2 億 1 8 0 0 万 ト ン ︵ 1 9 9 9 、 全 ロ シ ア の 8 7 . 2 % ︶ で 、 露 天 掘 り で 採 掘 費 が 安 い こ と が 長 所 で あ る 。 お も な 炭 田 は 、 ロ シ ア 第 1 位 の ク ズ バ ス 炭 田 ︵ ク ズ ネ ツ ク 。 1 9 9 9 年 の 採 掘 量 1 億 0 9 0 0 万 ト ン ︶ を は じ め 、 カ ン ス ク ・ ア チ ン ス ク 褐 炭 田 、 イ ル ク ー ツ ク 炭 田 、 ラ イ チ ヒ ン ス ク 褐 炭 田 な ど が あ り 、 南 ヤ ク ー ト 炭 田 の 製 鉄 用 コ ー ク ス 炭 は 日 本 と 協 力 し て 開 発 を 進 め て い る 。
多 数 の 大 規 模 な 火 力 発 電 所 が 各 地 に 建 設 さ れ て い る う え に 、 な お シ ベ リ ア に は 豊 富 な 水 力 資 源 が あ る 。 と く に ア ン ガ ラ ・ エ ニ セ イ 水 系 に 豊 富 で 、 し か も 好 条 件 の た め も っ と も 安 価 な 電 力 が 得 ら れ る 。 こ こ に は サ ヤ ン ︵ 出 力 6 4 0 万 キ ロ ワ ッ ト ︶ 、 ク ラ ス ノ ヤ ル ス ク ︵ 6 0 0 万 キ ロ ワ ッ ト ︶ を は じ め 、 出 力 4 0 0 万 キ ロ ワ ッ ト 以 上 の ウ ス チ ・ イ リ ム 、 ブ ラ ー ツ ク 、 ボ グ チ ャ ヌ イ な ど の 大 水 力 発 電 所 が 稼 動 中 で あ る 。
シ ベ リ ア で 唯 一 の 一 貫 製 鉄 所 は 、 ノ ボ ク ズ ネ ツ ク の ク ズ ネ ツ ク 製 鉄 コ ン ビ ナ ー ト と 西 シ ベ リ ア 製 鉄 所 の 2 企 業 で あ る 。 そ の ほ か 製 鋼 所 が ノ ボ シ ビ ル ス ク 、 ク ラ ス ノ ヤ ル ス ク 、 ペ ト ロ フ ス ク ・ ザ バ イ カ リ ス キ ー 、 コ ム ソ モ リ ス ク ・ ナ ・ ア ム ー レ に あ る 。 機 械 製 造 工 業 も ノ ボ シ ビ ル ス ク 、 イ ル ク ー ツ ク 、 ク ラ ス ノ ヤ ル ス ク な ど で 発 達 し て き た 。 シ ベ リ ア に は 非 鉄 金 属 そ の 他 の 鉱 床 が 多 く 、 銅 、 鉛 、 亜 鉛 、 ニ ッ ケ ル 、 コ バ ル ト 、 錫 ( す ず ) 、 タ ン グ ス テ ン 、 金 、 霞 石 ( か す み い し ) 、 水 銀 、 ダ イ ヤ モ ン ド 、 石 綿 、 雲 母 ( う ん も ) 、 黒 鉛 、 蛍 石 ( ほ た る い し ) な ど を 産 出 す る 。 お も な 精 錬 業 地 と し て は 、 ノ リ リ ス ク ︵ ニ ッ ケ ル 、 銅 ︶ 、 ブ ラ ー ツ ク ︵ ア ル ミ ニ ウ ム ︶ 、 ク ラ ス ノ ヤ ル ス ク ︵ 同 ︶ 、 ノ ボ ク ズ ネ ツ ク ︵ 同 ︶ 、 シ ェ レ ホ フ ︵ 同 ︶ 、 ベ ロ ボ ︵ 亜 鉛 ︶ 、 ダ リ ネ ゴ ル ス ク ︵ 旧 名 テ チ ュ ヘ 、 鉛 ・ 亜 鉛 ︶ な ど が あ る 。 ま た 石 炭 や 石 油 を 原 料 と す る 化 学 工 業 ︵ 肥 料 、 ア ル コ ー ル 、 ゴ ム な ど ︶ は 、 ケ メ ロ ボ 、 ノ ボ ク ズ ネ ツ ク 、 オ ム ス ク 、 バ ル ナ ウ ル 、 ト ム ス ク 、 ハ バ ロ フ ス ク な ど で 盛 ん で あ る 。
﹇ 三 上 正 利 ・ 上 野 俊 彦 ﹈
ロシアの森林蓄積量の大部分はシベリアにあり、ブラーツクには大規模な木材コンビナートがある。しかし東シベリア以外ではまだ十分に開発されていないので、シベリアの原木伐採高は全ロシアの37.6%にとどまっている。また極東海域の漁獲高はロシアの首位にあり、全ロシアの50%以上を占める。農耕適地は東シベリアや極東には少ないが、西シベリア南部はロシアの穀倉地域の一つで、おもに春小麦が生産されている。
[三上正利・上野俊彦]
シベリアの交通動脈はシベリア鉄道で、それと並行する南シベリア鉄道とはタイシェトで連絡する。ここから太平洋岸に至るバムБАМ/BAM鉄道は1984年に全通し、沿線の森林やウドカン銅鉱山の開発などが期待されている。川も重要な交通路であるが、冬には結氷する。航空運輸は特別な重要性をもつ。ウラジオストク とナホトカの両港はシベリアの太平洋への門戸である。シベリアの主要な都市としては、ノボシビルスク、オムスク、クラスノヤルスク、イルクーツク、ウラジオストク、ノボクズネツク、バルナウル、ハバロフスク、ケメロボ、トムスクなどがある。
[三上正利・上野俊彦]
シ ベ リ ア に お い て 、 火 を 使 っ た も っ と も 古 い 人 類 ︵ ピ テ カ ン ト ロ プ ス 型 ︶ の 痕 跡 ( こ ん せ き ) と 考 え ら れ る も の が 、 ア ル タ イ 山 中 か ら ア ム ー ル 川 流 域 に 至 る シ ベ リ ア 南 部 で 認 め ら れ て お り 、 ソ 連 時 代 の 考 古 学 者 オ ク ラ ド ニ コ フ は 、 そ の 時 期 を 50 万 ~ 30 万 年 前 と し て い る 。 現 在 も っ と も 古 い 遺 跡 の 一 つ と し て 有 名 な の は 、 バ イ カ ル 湖 に 近 い マ ル タ 、 ブ レ チ の 旧 石 器 時 代 後 期 に 属 す る 遺 跡 で 、 こ こ で は 半 地 下 式 住 居 跡 が 発 掘 さ れ た 。 シ ベ リ ア 南 部 の 住 民 は 、 北 部 に 比 べ て 早 く 銅 器 時 代 に 移 行 し 、 紀 元 前 3 0 0 0 年 代 末 ~ 前 2 0 0 0 年 代 初 め に 、 ア ル タ イ 地 方 や ミ ヌ シ ン ス ク 地 方 に ア フ ァ ナ シ ェ ボ 文 化 と よ ば れ る 金 石 併 用 文 化 が 存 在 し た こ と が 知 ら れ 、 こ の 系 統 の 文 化 は 牧 畜 と 農 耕 の 始 ま り を 示 す も の と さ れ る 。
前 3 世 紀 以 降 、 シ ベ リ ア 南 部 は フ ン 人 の 支 配 下 に 入 り 、 フ ン 人 の 衰 退 後 は 中 央 ア ジ ア 諸 民 族 の 支 配 す る と こ ろ と な っ た 。 6 ~ 8 世 紀 に は ア ル タ イ 地 方 の チ ュ ル ク 系 種 族 に よ っ て チ ュ ル ク ・ ハ ン 国 が 、 7 ~ 10 世 紀 に は 極 東 地 方 か ら 満 州 ︵ 現 中 国 東 北 地 方 ︶ 、 朝 鮮 北 部 に ツ ン グ ー ス 系 の 渤 海 ( ぼ っ か い ) 国 が 建 て ら れ た が 、 13 世 紀 に は 北 辺 を 除 く シ ベ リ ア の 大 部 分 が モ ン ゴ ル 帝 国 の 支 配 下 に 入 っ た 。 そ の 後 、 シ ベ リ ア 東 部 は チ ャ ガ タ イ ・ ハ ン 国 、 西 部 は キ プ チ ャ ク ・ ハ ン 国 に 属 し た が 、 キ プ チ ャ ク ・ ハ ン 国 が 解 体 す る と 、 15 世 紀 中 葉 ~ 16 世 紀 末 に シ ビ ル ・ ハ ン 国 が 形 成 さ れ た ︵ こ れ が シ ベ リ ア と い う 語 の 由 来 と さ れ る ︶ 。
他 方 、 西 シ ベ リ ア 北 部 は 、 11 世 紀 か ら ノ ブ ゴ ロ ド 商 人 に ユ グ ラ ︵ ハ ン テ ィ 人 と 一 部 マ ン シ 人 の 居 住 し た 北 部 ウ ラ ル 地 方 の 古 名 ︶ の 国 の 名 で 、 毛 皮 貿 易 な ど の 相 手 と し て 知 ら れ て い た が 、 13 世 紀 に は ノ ブ ゴ ロ ド の 勢 力 下 に 入 り 、 15 世 紀 に は ノ ブ ゴ ロ ド を 編 入 し た モ ス ク ワ か ら の 遠 征 隊 の 攻 勢 を 受 け た 。
﹇ 藤 本 和 貴 夫 ﹈
ロ シ ア 人 に よ る シ ベ リ ア 進 出 で 大 き な 役 割 を 果 た し た の は 、 カ マ 川 流 域 を イ ワ ン 4 世 か ら 与 え ら れ た 大 製 塩 業 者 で 大 領 主 の ス ト ロ ガ ノ フ 家 で あ る 。 同 家 に 雇 わ れ た イ ェ ル マ ー ク を 長 と す る コ サ ッ ク 部 隊 は 、 1 5 8 1 年 ︵ あ る い は 1 5 7 9 年 ︶ ウ ラ ル を 越 え て シ ベ リ ア に 入 り シ ベ リ ア の 諸 民 族 と 衝 突 、 シ ビ ル ・ ハ ン 国 滅 亡 の 引 き 金 と な っ た 。 こ う し て シ ベ リ ア に 、 1 5 8 6 年 チ ュ メ ニ が 、 87 年 ト ボ リ ス ク が 、 ロ シ ア 人 の 最 初 の 拠 点 と し て 築 か れ 、 17 世 紀 初 め に は 南 シ ベ リ ア の 植 民 地 化 が 完 成 し た 。 そ の 後 、 ロ シ ア の 進 出 は 北 方 と 東 方 に 向 か い 、 1 6 3 2 年 に は レ ナ 川 岸 に 東 方 進 出 の 策 源 地 と な る ヤ ク ー ツ ク が 建 設 さ れ た 。 1 6 3 9 年 ロ シ ア 人 は オ ホ ー ツ ク 海 に 達 し て い る 。 し か し 、 東 シ ベ リ ア 南 部 の ア ム ー ル 川 中 流 域 か ら 満 州 方 面 で は 、 清 ( し ん ) 朝 の 反 撃 を 招 き 、 1 6 8 9 年 に ネ ル チ ン ス ク 条 約 を 、 1 7 2 7 年 に は キ ャ フ タ 条 約 を 清 国 と 結 び 、 国 境 問 題 な ど を 調 整 し た 。
18 世 紀 初 め 、 シ ベ リ ア の ロ シ ア 人 は 30 万 人 以 上 を 数 え る に 至 っ て い る 。 ロ シ ア 政 府 は 、 支 配 の 及 ぶ 現 地 住 民 に ヤ サ ク と 称 す る 税 を 課 し た 。 こ れ は 多 く の 場 合 、 毛 皮 で 納 入 さ れ た が 、 ほ か に 馬 の 徴 発 や 労 役 な ど も 課 さ れ 、 圧 迫 に 対 す る 反 乱 は し ば し ば 起 こ っ た 。 シ ベ リ ア の 統 治 は 、 ピ ョ ー ト ル 1 世 ︵ 大 帝 ︶ 時 の 1 7 0 8 年 に ト ボ リ ス ク を 中 心 と す る シ ベ リ ア 県 の 設 置 、 1 7 6 4 年 の イ ル ク ー ツ ク 県 の 分 離 な ど 、 い く つ か の 変 遷 を た ど っ た が 、 ロ シ ア 人 統 治 者 の 腐 敗 は 絶 え な か っ た 。 そ の た め 、 1 8 2 2 年 に ス ペ ラ ン ス キ ー に よ る 改 革 が 行 わ れ 、 ト ボ リ ス ク ︵ 1 8 3 9 年 以 降 オ ム ス ク ︶ に 西 シ ベ リ ア 総 督 府 、 イ ル ク ー ツ ク に 東 シ ベ リ ア 総 督 府 ︵ 1 8 8 4 年 、 沿 ア ム ー ル 総 督 府 を 分 離 ︶ が 置 か れ る と と も に 、 こ れ を 統 制 す る 機 関 を も 設 け た 。 こ れ は 1 9 1 7 年 の 革 命 ま で 続 い て い る 。 ま た シ ベ リ ア 現 地 住 民 に 対 す る ﹁ 異 族 人 統 治 規 程 ﹂ も こ の と き 発 布 さ れ た 。
﹇ 藤 本 和 貴 夫 ﹈
農業は当初、農奴制のヨーロッパ・ロシアを逃れた農民によって行われたが、1861年の農奴解放以後、農民のシベリア移住が急増した。1895年までに、およそ75万人がおもに西シベリアに移住しており、その結果、西シベリアはロシアの新たな穀倉地帯となった。シベリアにおける広大な未開拓地の存在は、農民にヨーロッパ・ロシアに比べて、より大きな自由を与えた。また鉱山業も発達した。18世紀のシベリアには、銀山を主とするアルタイ地方とザバイカル地方の二つの鉱山の中心があり、いずれも皇室領として発展した。19世紀前半になると新たに金鉱山の開発が外国資本を含む私企業によって進められ、シベリアにおけるゴールド・ラッシュをもたらしている。その中心はレナ川やアムール川流域で、全ロシアの金産出量の75~80%を占めた。このようなシベリア経済の発達は、流刑による移住民の増加と深く関係していることも無視できない。すなわち、17世紀後半以降、農業、鉱山の労働力として大量の流刑人が送り込まれ、19世紀のシベリアへの流刑に伴う家族を含めた移住人口は100万人以上といわれる。またシベリアは、デカブリスト 、ポーランド独立運動家、ナロードニキ 、レーニンを含むマルクス主義者など、革命家や政治犯の流刑地としても有名で、彼らのうちにはシベリア研究に大きな足跡を残した者も多い。
[藤本和貴夫]
19 世 紀 な か ば に な る と 、 ア ヘ ン 戦 争 を 契 機 に 西 欧 列 強 の 中 国 進 出 が 決 定 的 と な っ た 。 ロ シ ア も 極 東 ロ シ ア 領 の 確 保 の た め 、 ア ム ー ル 川 沿 岸 地 方 の 植 民 を 急 速 に 進 め 、 1 8 5 8 年 、 清 国 と ア イ グ ン 条 約 ︵ 愛 琿 条 約 ︶ を 結 ん で ア ム ー ル 川 左 岸 地 方 を 、 1 8 6 0 年 に は 北 京 ( ペ キ ン ) 条 約 に よ っ て ウ ス リ ー 川 以 東 の 地 方 を ロ シ ア 領 に 組 み 込 み 、 不 凍 港 ウ ラ ジ オ ス ト ク を 得 た 。 1 8 9 1 ~ 1 9 0 4 年 の シ ベ リ ア 横 断 鉄 道 の 完 成 ︵ こ の 時 点 で は 中 国 領 を 通 る 東 清 鉄 道 経 由 ︶ は 、 ロ シ ア の 中 心 を 太 平 洋 と 結 び 付 け る こ と に な っ た 。 ま た こ れ は 、 外 国 人 を 含 む 大 量 の 労 働 者 と 資 本 ・ 資 材 を シ ベ リ ア に 流 入 さ せ 、 シ ベ リ ア に お け る 資 本 主 義 の 発 達 を も た ら し た 。
日 露 戦 争 ︵ 1 9 0 4 ~ 05 ︶ と そ の 敗 北 は 戦 争 に 対 す る 民 衆 の 不 満 を 高 め 、 1 9 0 5 年 の 革 命 と な っ た が 、 こ の 革 命 は 、 銃 後 に 直 接 控 え て い た シ ベ リ ア の 各 都 市 を も 覆 っ た 。 と く に シ ベ リ ア で は 、 ﹁ チ タ 共 和 国 ﹂ ﹁ ク ラ ス ノ ヤ ル ス ク 共 和 国 ﹂ と よ ば れ る 、 兵 士 と 鉄 道 労 働 者 を 中 心 と し た 革 命 派 に よ る 一 時 的 な 都 市 支 配 が 生 み 出 さ れ た の が 特 徴 で あ る 。 労 働 運 動 、 革 命 運 動 も 鉄 道 と と も に シ ベ リ ア に 広 が っ た と も い え る 。
﹇ 藤 本 和 貴 夫 ﹈
1917年の十月革命は全シベリアにソビエト政権を成立させ、18年2月にイルクーツクで開かれた全シベリア・ソビエト大会は、全シベリアの政治指導機関としてシベリア・ソビエト中央執行委員会を創設した。しかし同年夏、シベリア鉄道沿線で始まったチェコスロバキア軍団の反乱とこれに続く内戦、干渉戦争のなかで、ソビエト政権は一時消滅し、オムスクにコルチャークの軍事独裁政権が成立。東進した赤軍がイルクーツクに入るのは1920年初めであるが、バイカル湖以東の一部を占領する日本軍との衝突を避けるため、バイカル湖以東に緩衝国として樹立された極東共和国を、ソビエト政府は承認した。同共和国は22年10月、日本軍のウラジオストク撤退後、ロシア・ソビエト共和国と合流して消滅した。また25年の日ソ基本条約の成立により、日本軍は北樺太(からふと)(北サハリン)からも撤退した。
内戦終結後、シベリアは行政上シベリア地方と極東地方に分けられ、さらに前者は、1930年に東シベリア地方と西シベリア地方に分割された。また革命後は少数民族の自立が認められ、1922年にヤクート自治共和国、23年にブリヤート・モンゴル自治共和国(58年からブリヤート自治共和国)や民族自治州などが創設された。
シベリアの本格的な開発は1920年代末よりの第一次五か年計画に始まり、当初は西シベリアのクズバス炭田地域に集中した。その後、第二次世界大戦中のシベリアへの工場疎開が、ノボシビルスクを中心とする地域の工業発展を大きく進めた。50年代以降は、大河川に巨大発電所が建設され、その電力を使った工業化が東シベリアや極東地方でも進められている。また科学技術や学術の発展のため、57年にノボシビルスク近郊に科学都市アカデムゴロドクАкадемгородок/Akademgorodokが建設され、ソ連時代は科学研究の最大の中心の一つであった。現在は、ロシア科学アカデミーのシベリア支部が置かれている。
[藤本和貴夫]
『H・タッパー著、鈴木主税訳『大いなる海へ』(1971・フジ出版社)』 ▽『ソ連科学アカデミー編、日本対外文化協会訳『大シベリア史3・4』(1973、74・東海大学出版会)』 ▽『小川和男著『シベリア開発と日本』(1974・時事通信社)』 ▽『N・N・ネクラーソフ著、鈴木啓介訳『シベリア開発構想』(1975・サイマル出版会)』 ▽『白井久也著『新しいシベリア』(1976・サイマル出版会)』 ▽『エドワード・エバンズ・プリチャード原著総監修、梅棹忠夫日本版総監修『世界の民族14 シベリア・モンゴル』(1979・平凡社)』 ▽『ソ連東欧貿易会編・刊『シベリア開発の諸問題』(1980)』 ▽『望月喜市編『シベリア開発と北洋漁業』(1982・北海道新聞社)』 ▽『アレン・ホワイティング著、池井優監訳『シベリア開発の構図』(1983・日本経済新聞社)』 ▽『ゾーヤ・ソコロワ著、本荘よし子訳『北の大地に生きる――シベリア民族誌』(1987・国際文化出版社)』 ▽『浅井勇著『シベリア鉄道』(1988・教育社)』 ▽『小川和男・小牧輝夫編『環日本海経済圏――北東アジア・シベリア時代の幕開け』(1991・日本経済新聞社)』 ▽『毎日新聞社編・刊『極東――シベリアの自然、人、生活』(1993)』 ▽『加藤九祚著『シベリアの歴史』(1993・紀伊國屋書店)』 ▽『福田俊司著『シベリア大自然』(1995・朝日新聞社)』 ▽『阪本秀昭著『帝政末期シベリアの農村共同体――農村自治、労働、祝祭』(1998・ミネルヴァ書房)』 ▽『ジェームス・フォーシス著、森本和男訳『シベリア先住民の歴史――ロシアの北方アジア植民地(1581~1990)』(1998・彩流社)』 ▽『コリン・サブロン著、鈴木主税ほか訳『シベリアの旅』(2001・共同通信社)』 ▽『阿部信行編・著『シベリアの森林 ロシアと日本のアプローチ』(2004・日本林業調査会)』 ▽『中京大学社会科学研究所ロシア研究部会編『東シベリアの歴史と文化』(2005・成文堂)』 ▽『相田重夫著『シベリア流刑史』(中公新書)』 ▽『加藤九祚著『西域・シベリア――タイガと草原の世界』(中公文庫)』 ▽『福田正己著『極北シベリア』(岩波新書)』 ▽『S. P. SuslovPhysical Geography of Asiatic Russia(1961, W. H. Freeman, San Francisco)』 ▽『V. ConollySiberia Today and Tomorrow(1975, Collins, London)』
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シベリア Siberia
目次 自然 住民 産業
ロ シ ア 連 邦 の 中 部 か ら 東 部 に か け て の 広 大 な 地 域 。 西 は ウ ラ ル 山 脈 か ら 東 は 太 平 洋 岸 ま で , ま た 北 は 北 極 海 岸 か ら 南 は カ ザ フ ス タ ン 共 和 国 の ス テ ッ プ 地 帯 の 山 地 と モ ン ゴ ル 国 お よ び 中 国 と の 国 境 ま で の 北 ア ジ ア 地 域 の 大 部 分 を 占 め , 面 積 約 1 3 8 0 万 km 2 。 ア メ リ カ 合 衆 国 と ヨ ー ロ ッ パ ︵ 旧 ソ 連 の 領 域 を 除 く ︶ を 合 わ せ た 広 さ に ほ ぼ 匹 敵 す る 。 ロ シ ア 語 で は シ ビ ー リ S i b i r ' と い い , こ の 名 称 は 16 世 紀 に ト ボ リ ス ク 付 近 で エ ル マ ー ク に 撃 破 さ れ た シ ビ ル ・ ハ ー ン 国 に 由 来 す る 。 か つ て の ロ シ ア 人 に と っ て は , シ ベ リ ア は ︿ ウ ラ ル を 越 え た と こ ろ ﹀ で あ っ た が , 彼 ら の 東 漸 に し た が っ て そ の 領 域 も 拡 大 し た 。 し か し 現 在 ロ シ ア の 行 政 区 分 で は , ウ ラ ル 山 脈 か ら エ ニ セ イ 川 ま で が 西 シ ベ リ ア , そ の 東 方 太 平 洋 斜 面 の 河 川 の 分 水 嶺 ま で が 東 シ ベ リ ア , そ れ 以 東 は 極 東 地 方 と さ れ , こ の 極 東 地 方 は シ ベ リ ア に 含 め ら れ て い な い 。
自 然
地 形 上 西 シ ベ リ ア 低 地 , 中 央 シ ベ リ ア 高 原 , 南 シ ベ リ ア 山 地 お よ び 東 北 シ ベ リ ア 山 地 の 4 地 域 に 大 別 さ れ る 。 分 水 界 が 南 に 寄 っ て い て , 北 の 北 極 海 ま で が 一 帯 に 低 地 で , そ の 間 を オ ビ 川 , エ ニ セ イ 川 , レ ナ 川 な ど 世 界 で も 十 指 に 入 る 大 河 が 北 に 流 れ て い る 。 西 シ ベ リ ア 低 地 は 低 く 平 ら な 湿 地 で , 乾 燥 し た カ ザ フ ス タ ン の ス テ ッ プ か ら 氷 で 覆 わ れ た 北 極 海 沿 岸 ま で 続 く 広 大 な 構 造 平 野 で あ る 。 ア ル タ イ 山 脈 を 源 と し 北 極 海 に 注 ぐ オ ビ 川 の 排 水 盆 地 で も あ り , こ の 低 地 は 世 界 で 最 も 大 き な 平 野 の 一 つ で あ る 。 西 シ ベ リ ア 低 地 は ロ シ ア 連 邦 の ヨ ー ロ ッ パ 部 分 に 比 べ る と ず っ と 大 陸 性 の 気 候 で , 冬 季 の 気 温 が 低 く , 夏 季 と 冬 季 の 間 の 気 温 差 が 大 き い 。 例 え ば 緯 度 を 同 じ く す る ト ム ス ク と モ ス ク ワ の 月 平 均 気 温 は , 7 月 に は 等 し く 24 ℃ で あ る が , 1 月 に は - 1 6 ℃ と - 1 1 ℃ で あ り , ト ム ス ク で は 10 月 か ら 3 月 ま で の 半 年 間 雪 が 残 っ て い る 。 極 北 地 方 の 北 極 海 沿 岸 に は ツ ン ド ラ 地 帯 が 北 東 に 延 び て い る 。 そ こ に は 地 衣 類 や 蘚 苔 類 だ け が 生 育 し , 永 久 凍 土 地 帯 で あ る 。 そ の 南 に 森 林 ツ ン ド ラ と さ ら に 針 葉 樹 の 森 林 帯 が 続 く 。 こ れ は タ イ ガ と 呼 ば れ , 西 シ ベ リ ア 低 地 の 3 分 の 2 を 占 め る 。 エ ゾ マ ツ , ハ リ モ ミ , ア カ ハ リ モ ミ , カ ラ マ ツ , シ ベ リ ア マ ツ な ど が 密 生 し , 南 端 部 に は シ ラ カ バ や ヤ ナ ギ 類 が あ る 。 降 水 量 は 少 な い が 水 は け が 悪 く , 蒸 発 も 少 な い の で 低 地 の 大 部 分 が 湿 地 に な っ て い る 。
西 シ ベ リ ア の 南 部 は シ ラ カ バ や ポ プ ラ の 森 林 ス テ ッ プ で あ る 。 そ こ に は 多 く の 人 が 住 み , 経 済 的 に も シ ベ リ ア で 最 も 発 展 し た 所 で あ る 。 肥 沃 な 黒 土 が 農 業 を 促 進 さ せ , 繰 り 返 し 干 ば つ に 見 舞 わ れ る 危 険 も あ る が , ソ 連 政 府 は 1 9 5 0 年 代 の 中 ご ろ そ こ で 耕 地 拡 大 の 一 大 プ ロ グ ラ ム を 展 開 し た 。 イ シ ム ・ ス テ ッ プ I s h i m s k a y a s t e p ' , バ ラ ビ ン ス ク ・ ス テ ッ プ , ク ル ン ダ ・ ス テ ッ プ K u l u n d i n s k a y a s t e p ' , ア ル タ イ ・ ス テ ッ プ な ど が 主 要 な 農 耕 地 帯 と な っ て い る 。
こ の 西 シ ベ リ ア 低 地 は , モ ン ゴ ル と の 国 境 に 近 い ア ル タ イ 山 脈 ま で 続 い て い る 。 ア ル タ イ 山 脈 の 北 と 西 の 斜 面 は 深 く 茂 っ た 森 林 で , 高 地 放 牧 地 帯 が そ れ に 続 く 。 ア ル タ イ 山 脈 の 南 東 部 は 降 水 量 が 少 な く , 乾 燥 し た 土 地 で あ る 。 ア ル タ イ 山 脈 は オ ビ 川 と そ の 支 流 の イ ル テ ィ シ 川 の 源 に な っ て い る 。 エ ニ セ イ 川 と レ ナ 川 に は さ ま れ た 部 分 は 中 央 シ ベ リ ア 高 原 で , タ イ ガ に 覆 わ れ , 豊 か な 鉱 物 資 源 を 抱 い て い る 。 シ ベ リ ア , 極 東 地 方 の 河 川 の ほ と ん ど は , 約 半 年 の 間 凍 結 す る 。 例 え ば レ ナ 川 は 10 月 中 旬 か ら 5 月 中 旬 ま で 凍 結 し , 船 舶 の 航 行 が 不 可 能 と な る 。 極 東 地 方 は 主 と し て 山 地 か ら な り , 東 西 に 延 び た ア ム ー ル 川 の 河 谷 に 平 地 が 見 ら れ る 。
住 民
シ ベ リ ア , 極 東 地 方 の 人 口 密 度 は き わ め て 低 く , 人 口 の 大 部 分 は シ ベ リ ア 鉄 道 沿 線 に 集 中 し た 。 人 口 の 分 布 は き わ め て 多 様 で , 鉄 道 の ほ か に 河 川 の 流 水 , 永 久 凍 土 お よ び 気 象 条 件 が 大 き く 影 響 し て い る 。 第 2 次 世 界 大 戦 後 , と く に 1 9 5 0 年 代 の 後 半 か ら 水 力 発 電 所 建 設 を は じ め と す る さ ま ざ ま の プ ロ ジ ェ ク ト が 進 行 し , ヨ ー ロ ッ パ ・ ロ シ ア か ら の 人 口 移 動 が 急 増 し た 。 そ れ は コ ム ソ モ ー ル 員 を 主 体 と す る 青 年 層 で あ り , 全 世 界 の 平 均 年 齢 の 若 い 都 市 を 列 挙 し た と き , 上 位 に 並 ぶ ほ と ん ど す べ て が シ ベ リ ア の 都 市 で あ る 。 こ の よ う に , 資 源 開 発 に 伴 う 住 民 分 布 変 動 の 波 は , 84 年 完 成 の B A M ︵ バ ム ︶ ︵ バ イ カ ル ・ ア ム ー ル 鉄 道 ︶ の 沿 線 に 押 し 寄 せ て い る 。 古 く か ら シ ベ リ ア 文 化 の 中 心 で あ っ た イ ル ク ー ツ ク , オ ム ス ク よ り も 後 発 の ノ ボ シ ビ ル ス ク ︵ 1 3 7 万 , 1 9 9 5 年 ︶ の ほ う が 人 口 が 多 く , ほ か に 主 要 都 市 と し て ク ラ ス ノ ヤ ル ス ク , ウ ラ ジ オ ス ト ク , バ ル ナ ウ ル , ハ バ ロ フ ス ク , ケ メ ロ ボ , ト ム ス ク な ど が あ る 。 ま た , 1 9 5 7 年 に は ロ シ ア 科 学 ア カ デ ミ ー ・ シ ベ リ ア 支 部 の ア カ デ ム ゴ ロ ド ク ︵ 学 術 都 市 ︶ が で き , 学 術 ・ 文 化 の 中 心 と な っ た 。
1 9 8 9 年 の 旧 ソ 連 で 最 後 の セ ン サ ス に よ れ ば , シ ベ リ ア の 総 人 口 は 3 2 1 0 万 人 に 及 ぶ が , そ の う ち ロ シ ア 人 そ の 他 の ス ラ ブ 系 住 民 な ど が 9 5 % を 占 め , 先 住 民 族 は 1 6 2 万 人 弱 ︵ 5 % ︶ で あ る 。 先 住 民 族 は 数 十 に 上 り , 中 に は 1 0 0 0 人 以 下 の 少 数 民 族 も 含 ま れ る 。 諸 民 族 の う ち 人 口 の 多 い も の は , ブ リ ヤ ー ト 族 , ヤ ク ー ト 族 , タ タ ー ル 族 , ト ゥ バ 族 , ハ カ ス 族 な ど で あ る 。 西 シ ベ リ ア に は シ ョ ー ル , 北 シ ベ リ ア に は ネ ネ ツ , エ ベ ン キ , ハ ン テ ィ , チ ュ ク チ , エ ベ ン , ナ ナ イ , コ リ ヤ ー ク , マ ン シ , ド ル ガ ン , ニ ブ ヒ , セ リ ク ー プ , ウ リ チ , ウ デ ヘ , エ ス キ モ ー , イ テ リ メ ン , オ ロ チ , ケ ー ト , ユ カ ギ ー ル な ど の 民 族 が い る 。 こ れ ら 諸 民 族 の 言 語 は ウ ラ ル 語 族 系 , モ ン ゴ ル 諸 語 系 , チ ュ ル ク 諸 語 系 , ツ ン グ ー ス 諸 語 系 , 旧 ア ジ ア 諸 語 系 な ど き わ め て 多 彩 で あ る 。 こ れ ら 諸 民 族 は 共 和 国 ︵ ブ リ ヤ ー ト , サ ハ ︵ ヤ ク ー ト ︶ , ト ゥ バ な ど ︶ , 自 治 州 , 自 治 管 区 に 編 成 さ れ , そ れ ぞ れ の 文 化 , 言 語 が 尊 重 さ れ て い る 。 こ れ ら 諸 民 族 を 含 め て シ ベ リ ア , 極 東 地 方 の 住 民 の 教 育 水 準 が 著 し く 向 上 し て い る 点 は 注 目 に 値 す る 。 き び し い 自 然 条 件 の 下 で の 住 宅 建 設 が 学 校 , 図 書 館 , 病 院 , 劇 場 , ス ポ ー ツ 施 設 な ど を セ ッ ト に し て 進 め ら れ て い る 点 も 特 徴 的 で あ る 。 そ の ほ か 賃 金 , 年 金 制 度 に 特 別 の 配 慮 が 加 え ら れ て い る に も か か わ ら ず , ま だ 住 民 の 十 分 な 定 着 率 が 得 ら れ な い で い る 。
産 業
西 シ ベ リ ア は 今 や ロ シ ア の 主 要 農 業 地 帯 の 一 つ で あ る 。 南 部 で 大 々 的 に 開 墾 が 進 み 春 ま き 小 麦 が 作 付 け さ れ て , ウ ク ラ イ ナ と 並 ぶ 穀 倉 地 帯 と な っ た 。 ま た 酪 農 中 心 で も あ る 。 ヤ ク ー チ ア ︵ サ ハ ︶ で は ト ナ カ イ の 飼 育 , 毛 皮 採 取 が 盛 ん で あ り , ザ バ イ カ ル 地 方 の 馬 の 飼 育 も 有 名 で あ る 。 木 材 は 古 く か ら シ ベ リ ア , 極 東 地 方 の 主 要 生 産 物 で あ っ た 。 貯 木 量 は 旧 ソ 連 全 体 の 約 7 0 % に 上 り , と く に イ ル ク ー ツ ク 州 , ハ バ ロ フ ス ク 地 方 で 木 材 生 産 の 伸 び 率 が 高 い 。 B A M の 沿 線 区 域 で も 大 量 の 木 材 生 産 が 見 込 ま れ る 。 ア ン ガ ラ 河 岸 の ウ ス チ ・ イ リ ム ス ク U s t ' - I l i m s k に は 大 規 模 な パ ル プ ・ コ ン ビ ナ ー ト が あ る 。
シ ベ リ ア の 製 鉄 業 は ウ ラ ル 地 方 の 鉄 鉱 石 に 依 存 し て 発 展 し た 。 そ の 後 ア バ カ ン , ケ メ ロ ボ 州 南 部 の ゴ ー ル ナ ヤ ・ シ ョ ー リ ヤ G o r n a y a S h o r i y a , ウ ス チ ・ イ リ ム ス ク な ど シ ベ リ ア 各 地 で 鉄 鉱 石 が 採 掘 さ れ る よ う に な り , そ れ ぞ れ の 地 区 に 製 鉄 所 が 建 設 さ れ た 。 銑 鋼 一 貫 企 業 体 で あ る ノ ボ ク ズ ネ ツ ク 製 鉄 所 は そ の 代 表 的 存 在 で あ る 。
非 鉄 金 属 の 埋 蔵 量 も 多 く , 安 価 で 豊 富 な 燃 料 ・ 電 力 を 用 い て 非 鉄 金 属 工 業 も 発 展 し て い る 。 と り わ け ク ラ ス ノ ヤ ル ス ク 地 方 の カ ス ミ 石 を 用 い た ア ル ミ ニ ウ ム 工 業 コ ン ビ ナ ー ト は , 世 界 最 大 の 規 模 を 誇 っ て い る 。 ノ リ リ ス ク で ニ ッ ケ ル と 銅 , チ タ 州 と 沿 海 州 地 方 で ス ズ と 複 合 金 属 ︵ 銀 , 亜 鉛 , 鉛 ︶ の 採 取 , 製 錬 が 行 わ れ て い る 。 ヤ ク ー チ ア の ミ ー ル ヌ イ で は 工 業 用 ダ イ ヤ モ ン ド が 露 天 掘 り で 採 取 さ れ る 。 ヤ ク ー チ ア で は ま た , ア ル ダ ン A l d a n を は じ め と し て 金 の 採 取 が 盛 ん で あ る 。 B A M 沿 線 の ウ ド カ ン U d o k a n は 銅 鉱 の 埋 蔵 量 が 豊 富 で , 近 々 に 製 銅 の 中 心 と な る だ ろ う 。
燃 料 ・ エ ネ ル ギ ー 資 源 の 開 発 は 最 近 急 速 に 発 展 し , 世 界 の 注 目 を 浴 び て い る 。 シ ベ リ ア に お け る 石 炭 の 埋 蔵 は , ほ と ん ど の 火 力 発 電 所 の 燃 料 を ま か な っ て い る 。 ク ズ ネ ツ ク 炭 田 , カ ン ス ク ・ ア チ ン ス ク K a n s k - A c h i n s k , ト ゥ バ の ウ ル グ ・ ヘ ム U l u g - K h e m な ど , と も に 将 来 の 石 炭 生 産 の 中 心 で あ る 。 豊 富 な 水 量 が 安 価 な 電 力 を 生 産 し て い る こ と に も 注 目 し な け れ ば な ら な い 。 西 シ ベ リ ア の チ ュ メ ニ 州 に 石 油 の 埋 蔵 が 発 見 さ れ た の は 1 9 6 0 年 代 の 初 め で あ る が , そ の 生 産 高 は 69 年 に バ ク ー を 追 い 抜 き , パ イ プ ラ イ ン ︿ ド ル ー ジ バ ﹀ に よ っ て ロ シ ア の ヨ ー ロ ッ パ 部 と 東 欧 諸 国 に も 送 ら れ る よ う に な っ た 。 東 シ ベ リ ア に も 西 シ ベ リ ア に 劣 ら ぬ 石 油 の 埋 蔵 量 が 確 認 さ れ , い ず れ そ れ も 採 掘 が 開 始 さ れ 始 め よ う 。 西 シ ベ リ ア の 石 油 採 掘 に よ り 石 油 生 産 は す で に 国 内 需 要 を 大 幅 に 上 回 り , ロ シ ア は 世 界 有 数 の 石 油 輸 出 国 と な っ た 。
天 然 ガ ス の 産 地 が 北 極 圏 内 で 発 見 さ れ た の は 1 9 6 2 年 で あ る が , 71 年 に は 9 兆 m 3 の 埋 蔵 量 が 確 認 さ れ た 。 ヤ ク ー チ ア の ビ リ ュ イ 川 流 域 に は 総 計 13 兆 m 3 の 天 然 ガ ス が 埋 蔵 さ れ て い る と 推 定 さ れ て い る 。 そ の 後 西 シ ベ リ ア の ヤ ン ブ ル グ Y a m b u r g , ウ レ ン ゴ イ ︵ ウ レ ン ゴ イ ・ ガ ス 田 ︶ に も 大 量 の 天 然 ガ ス 埋 蔵 が 発 見 さ れ た 。 ウ レ ン ゴ イ の 天 然 ガ ス は パ イ プ ラ イ ン に よ っ て 84 年 1 月 1 日 か ら フ ラ ン ス に 供 給 さ れ 始 め た 。 そ し て ト ボ リ ス ク の 郊 外 に は 石 油 化 学 コ ン ビ ナ ー ト の 建 設 が 進 め ら れ て い る 。 隣 の ト ム ス ク 州 に も 石 油 化 学 の 巨 大 企 業 が つ く ら れ て い て , ポ リ エ チ レ ン , ポ リ プ ロ ピ レ ン , メ タ ノ ー ル な ど の 化 学 製 品 が 生 産 さ れ る 。 シ ベ リ ア の 石 油 と 天 然 ガ ス は 埋 蔵 が 発 見 さ れ た が 採 掘 に 着 手 さ れ な い ま ま の も の が 多 く , 調 査 の 進 行 と と も に 新 た な 発 見 も 続 く 。
極 東 地 方 海 域 は ロ シ ア 最 大 の 漁 場 で あ り , サ ケ , マ ス , ニ シ ン , タ ラ , サ ン マ , ヒ ラ メ な ど の 漁 獲 が あ り , カ ム チ ャ ツ カ 半 島 西 岸 , 南 サ ハ リ ン , 沿 海 州 地 方 に そ の 加 工 場 が あ る 。 こ の 地 域 で は ま た , 本 土 と 千 島 列 島 , サ ハ リ ン な ど を 結 ぶ 観 光 船 が 運 航 さ れ て い る 。
執 筆 者 ‥ 山 本 敏
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シベリア
ち な む 。 ア ジ ア 大 陸 北 部 の 広 大 な ロ シ ア 領 地 域 。 普 通 , ウ ラ ル 山 脈 か ら 太 平 洋 岸 ま で を さ す が , 現 在 ロ シ ア で は 太 平 洋 側 の 分 水 界 以 東 を 極 東 地 方 と 呼 ん で 区 別 し て い る 。 北 は 北 極 海 , 南 は カ ザ フ の 草 原 お よ び モ ン ゴ ル に 接 し , ロ シ ア で い う シ ベ リ ア の 範 囲 は , 南 北 約 3 5 0 0 k m , 東 西 約 7 0 0 0 k m 。 約 1 3 8 0 万 km 2 。 人 口 は 約 3 2 0 0 万 人 ︵ 1 9 8 9 ︶ 。 西 シ ベ リ ア 低 地 , 中 央 シ ベ リ ア 高 地 , 東 シ ベ リ ア 山 地 に 大 別 。 大 部 分 タ イ ガ に お お わ れ , オ ビ 川 , エ ニ セ イ 川 , レ ナ 川 な ど の 大 河 が 北 流 す る 。 北 部 は ツ ン ド ラ 気 候 , 南 西 部 は ス テ ッ プ 気 候 。 亜 寒 帯 に 属 す る タ イ ガ の 気 候 は 大 陸 性 で , 1 月 と 7 月 の 平 均 気 温 差 は 35 〜 68 ℃ に 達 す る 。 住 民 は ロ シ ア 人 を 中 核 と す る 移 住 民 が 95 % を 占 め る が , 多 種 の 先 住 民 が お り , そ れ ぞ れ 独 自 の 言 語 を も つ 。 ま た , ヤ ク ー ト ︵ サ ハ ︶ 族 , ト ゥ バ 族 , ブ リ ヤ ー ト 族 な ど は そ れ ぞ れ 共 和 国 を 形 成 し て お り , そ の ほ か の コ リ ヤ ー ク , チ ュ ク チ な ど い く つ か の 民 族 に つ い て は 自 治 管 区 ︵ も と 民 族 管 区 ︶ が 設 け ら れ て い る 。 18 世 紀 末 に は 4 割 を 占 め た 先 住 民 が 20 世 紀 初 め に は 1 割 余 に 低 下 し た が , 先 住 民 人 口 の 絶 対 数 は こ の 半 世 紀 に 倍 増 し , 1 6 0 万 人 を 超 え る ︵ 1 9 8 9 ︶ 。 石 炭 , 石 油 , 天 然 ガ ス , 鉄 鉱 , 非 鉄 金 属 ︵ チ タ ン , マ グ ネ シ ウ ム ︶ な ど の 資 源 に 恵 ま れ , サ ハ 共 和 国 で は ダ イ ヤ モ ン ド を 産 す る 。 ア ン ガ ラ 川 , エ ニ セ イ 川 を は じ め 諸 河 川 の 包 蔵 水 力 も 巨 大 で あ る 。 森 林 資 源 は ロ シ ア 全 土 の 80 % 近 く を 占 め る 。 第 2 次 大 戦 後 西 シ ベ リ ア の ク ズ ネ ツ ク 炭 田 を 中 心 に 鉱 工 業 の 開 発 が 進 め ら れ , 東 シ ベ リ ア の イ ル ク ー ツ ク , チ タ な ど に 化 学 ・ 機 械 工 業 が 興 っ て い る 。 元 来 , 西 シ ベ リ ア を 中 心 と し て い た 農 業 面 で も , 近 年 東 シ ベ リ ア の 開 発 が 著 し い 。 ︹ 歴 史 ︺ ア ン ガ ラ 川 河 岸 に 旧 石 器 時 代 後 期 の マ ル タ , ブ レ チ 遺 跡 が あ り , 各 地 に 新 石 器 時 代 , 青 銅 器 時 代 の 遺 跡 が あ る 。 前 3 世 紀 末 匈 奴 ( き ょ う ど ) が シ ベ リ ア を そ の 領 土 に 加 え , 6 世 紀 に は 南 部 に 突 厥 ( と っ く つ ) の 国 家 が 出 現 。 13 世 紀 に は か な り の 部 分 が モ ン ゴ ル 帝 国 の 版 図 に 入 っ た 。 ロ シ ア 人 の 進 出 は 1 1 ― 1 3 世 紀 に さ か の ぼ る が , 16 世 紀 末 エ ル マ ー ク 隊 長 の 率 い る コ サ ッ ク 隊 の 遠 征 に よ り 1 5 9 8 年 シ ビ ル ・ ハ ー ン 国 が 滅 亡 し て 以 後 , 毛 皮 獣 を 求 め て ロ シ ア 人 の 東 方 進 出 が す す み , ロ シ ア 治 下 の 先 住 民 に は 毛 皮 税 ︵ ヤ サ ー ク ︶ が 課 さ れ た 。 17 世 紀 に は ア ム ー ル 川 方 面 ま で 進 出 し て , 清 国 と 衝 突 し 1 6 8 9 年 に は ネ ル チ ン ス ク 条 約 が 結 ば れ , 18 世 紀 半 ば こ ろ か ら 南 シ ベ リ ア の ス テ ッ プ 地 帯 へ の 入 植 や 鉱 山 業 も 始 ま っ た 。 1 7 9 9 年 に は 露 米 会 社 が ロ シ ア の 国 策 会 社 と し て 設 立 さ れ , 北 太 平 洋 地 域 か ら ア ラ ス カ の 植 民 地 経 営 ま で 行 っ た 。 1 8 5 8 年 清 と 結 ん だ ︻ あ い ︼ 琿 条 約 で ア ム ー ル 川 左 岸 ま で 版 図 に 入 れ た 。 こ の 間 に 流 刑 地 と し て 強 制 移 住 も 行 わ れ た が , シ ベ リ ア 鉄 道 の 開 通 ︵ 1 9 1 6 年 ︶ 後 に 飛 躍 的 に 発 展 。 ロ シ ア 革 命 後 , シ ベ リ ア 出 兵 な ど 外 国 の 干 渉 が あ っ た が , 1 9 2 2 年 ソ ビ エ ト 権 力 が 確 立 , 経 済 復 興 期 を 経 て 1 9 2 8 年 に 始 ま る 第 1 次 五 ヵ 年 計 画 か ら 社 会 主 義 建 設 が 始 ま っ た 。 開 発 が す す む な か で ト ナ カ イ 牧 畜 を 生 業 と す る 先 住 民 の 生 活 圏 が 圧 迫 さ れ , 環 境 破 壊 の 深 刻 化 も 大 き な 問 題 と な っ て い る 。
→ 関 連 項 目 ア ジ ア | サ ハ | ス ト ロ ガ ノ フ ﹇ 家 ﹈ | ロ シ ア
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シベリア Siberia
ロ シ ア 語 で は シ ビ リ S i b i r ' 。 ロ シ ア の ウ ラ ル 山 脈 以 東 の ア ジ ア 部 で , 東 は 太 平 洋 岸 の 分 水 嶺 ま で ( 欧 米 や 日 本 で は 通 常 太 平 洋 岸 ま で 含 め て 考 え ら れ る ) , 北 は 北 極 海 か ら 南 は カ ザ フ ス タ ン お よ び モ ン ゴ ル と の 国 境 ま で の 広 大 な 地 域 を さ す 。 東 西 7 0 0 0 k m 以 上 , 南 北 3 5 0 0 k m , 面 積 約 1 0 0 0 万 km 2 ( 太 平 洋 岸 ま で 含 め る と 約 1 3 0 0 万 km 2 ) 。 16 世 紀 西 シ ベ リ ア に あ っ た シ ビ ル ・ ハ ン 国 に , ま た は チ ュ ル ク 語 の シ ブ ( ﹁ 眠 っ て い る ﹂ の 意 ) , イ ル ( ﹁ 土 地 ﹂ の 意 ) に 由 来 す る と い わ れ る 。 地 形 的 に は ウ ラ ル 山 脈 東 麓 か ら エ ニ セ イ 川 ま で の 低 平 な 西 シ ベ リ ア 低 地 , エ ニ セ イ 川 か ら レ ナ 川 ま で の 中 央 シ ベ リ ア 台 地 , レ ナ 川 以 東 お よ び 南 部 の 山 地 に 分 れ る 。 行 政 的 に は 西 シ ベ リ ア , 東 シ ベ リ ア , 極 東 の 3 つ の 経 済 地 域 に 分 け ら れ て い る が , こ れ ら は 上 記 の 自 然 地 域 区 分 と は や や ず れ , 西 シ ベ リ ア は オ ビ 川 流 域 , 東 シ ベ リ ア は エ ニ セ イ 川 流 域 と レ ナ 川 上 流 域 , 極 東 は レ ナ 川 中 ・ 下 流 域 以 東 に ほ ぼ 一 致 す る 。 気 候 は 大 陸 性 で 冬 季 き わ め て 寒 冷 で , 東 北 方 へ 行 く ほ ど 寒 気 が き び し く な り , 北 東 部 の サ ハ 共 和 国 に 北 半 球 の 寒 極 が あ る 。 ま た 永 久 凍 土 帯 が 広 く 分 布 し て い る 。 北 部 と 高 山 地 帯 を 除 い て 大 部 分 が タ イ ガ 地 帯 に 入 る が , 西 シ ベ リ ア 低 地 南 部 , 東 シ ベ リ ア 南 部 の 盆 地 に 森 林 ス テ ッ プ 地 帯 と ス テ ッ プ 地 帯 が み ら れ る 。 シ ベ リ ア は 地 下 資 源 に 恵 ま れ て い る こ と で 知 ら れ て お り , 石 炭 , 石 油 , 天 然 ガ ス , ダ イ ヤ モ ン ド , 金 , 鉄 , ニ ッ ケ ル な ど を 埋 蔵 し て い る 。 16 世 紀 後 半 の ロ シ ア の シ ベ リ ア 進 出 以 前 は フ ィ ン = ウ ゴ ル 語 派 に 属 す る 言 語 を も つ 諸 民 族 , 古 ア ジ ア 諸 族 な ど が わ ず か に 住 み , 牧 畜 , 狩 猟 に 従 事 し て い た 。 ロ シ ア 人 の 入 植 後 農 業 が 行 わ れ る よ う に な っ た が , 帝 政 時 代 に は 開 発 が 進 ま ず , 流 刑 地 と し て 利 用 さ れ て い た 程 度 で , 本 格 的 な 開 発 は 1 8 9 0 年 代 の シ ベ リ ア 横 断 鉄 道 建 設 以 後 で あ っ た 。 特 に 工 業 開 発 は 遅 れ , ロ シ ア 革 命 後 の 第 1 次 5 ヵ 年 計 画 以 降 よ う や く 石 炭 , 鉄 鉱 な ど の 採 掘 , 工 業 都 市 の 成 長 が 始 っ た 。 1 9 6 0 年 代 以 降 , 西 シ ベ リ ア の 石 油 , 天 然 ガ ス の 開 発 , 大 規 模 な 水 力 発 電 所 の 建 設 が 進 め ら れ , 1 9 8 4 年 バ ム 鉄 道 ( 第 2 シ ベ リ ア 鉄 道 ) が 完 成 し , 開 発 が 南 部 か ら 中 部 へ 広 が ろ う と し て い る 。 ロ シ ア 極 東 部 は 水 産 業 と 金 そ の 他 の 鉱 物 資 源 の 採 取 に よ り , ロ シ ア の 国 民 経 済 の な か で 重 要 な 役 割 を に な っ て い る 。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
シベリア Siberia
ロ シ ア 語 で は シ ビ ー リ ( S i b i r ' ) と い う 。 ウ ラ ル 山 脈 の 東 , 太 平 洋 岸 に 至 る 北 ア ジ ア 地 域 。 面 積 約 1 0 0 0 万 km 2 。 大 陸 性 気 候 で 酷 寒 。 北 部 か ら 東 西 に ツ ン ド ラ 帯 , 寒 帯 森 林 帯 が の び , 農 耕 適 地 は 西 シ ベ リ ア の 南 部 に わ ず か し か な か っ た の で 開 発 が 遅 れ た 。 13 世 紀 に は 北 辺 を 除 く シ ベ リ ア の 大 部 分 が モ ン ゴ ル 帝 国 に 併 合 さ れ た 。 15 世 紀 に キ プ チ ャ ク ・ ハ ン 国 が 解 体 す る と , シ ビ ル ・ ハ ン 国 が 生 ま れ た 。 16 世 紀 末 エ ル マ ー ク の 遠 征 を 機 と し て シ ビ ル ・ ハ ン 国 が 滅 び , 17 世 紀 か ら 全 シ ベ リ ア が ロ シ ア の 領 土 と な っ た 。 こ の 頃 は 毛 皮 獣 の 捕 獲 が 魅 力 の 的 で あ っ た 。 以 後 ロ シ ア に よ る シ ベ リ ア 経 営 が 進 む 。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」 山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
シベリア
マ ツ 科 カ ラ マ ツ 属 の 落 葉 針 葉 樹 の ひ と つ 、 シ ベ リ ヤ カ ラ マ ツ の こ と 。 英 語 表 記 で は ﹁ L i s t v e n n i t s a ﹂ で あ り 、 北 洋 唐 松 と も 呼 ば れ る 。 ラ ー チ 、 グ イ マ ツ 、 ダ フ リ カ 、 ソ 連 唐 松 、 リ ス ト ベ ン ニ ッ ツ ア と も 呼 ば れ る 。 材 の 性 質 と し て は 、 木 理 は 通 直 で あ り 、 肌 目 は 粗 い 。 針 葉 樹 の 中 で は 最 も 硬 く 強 い も の の ひ と つ で 、 腐 食 耐 久 性 が あ り 、 樹 脂 分 が 多 い た め 耐 水 性 が 強 く 腐 り に く い 。 乾 燥 は か な り 早 い 。 し か し 、 狂 い が 生 じ や す く 、 材 面 に ヤ ニ が 滲 み 出 て く る 、 日 本 の カ ラ マ ツ に 比 べ て 、 や に 壷 、 入 皮 、 も め な ど の 欠 点 が 多 く 出 る な ど の 特 徴 が あ る 。 材 面 の 美 し さ を 必 要 と し な い 用 途 、 構 造 材 や 土 台 に 使 わ れ る 。 ラ ー チ と し て 出 回 っ て い る 合 板 は シ ベ リ ヤ カ ラ マ ツ で あ る 。
出典 リフォーム ホームプロ リフォーム用語集について 情報
シベリア Siberia
ユ ー ラ シ ア 大 陸 の 北 西 部 , 西 は ウ ラ ル 山 脈 , 北 は 北 極 海 , 東 は ベ ー リ ン グ 海 に の び る 地 域
東 西 約 7 0 0 0 ㎞ , 南 北 約 3 5 0 0 ㎞ 。 面 積 は 日 本 の 約 35 倍 。 大 部 分 は 北 緯 55 度 以 北 に あ り , 厳 寒 の 長 い 冬 が 続 き , 20 世 紀 初 め ま で は 未 開 の 地 で あ っ た 。 ロ シ ア 人 が こ の 地 に 本 格 的 に 進 出 す る の は 16 世 紀 , イ ェ ル マ ー ク の 遠 征 後 で あ る 。 19 世 紀 半 ば に 全 シ ベ リ ア が ロ シ ア 領 と な り , シ ベ リ ア 鉄 道 の 開 通 後 に 開 発 が 進 ん だ 。 ソ 連 の 時 代 に は い り , 1 9 2 0 年 代 末 か ら 五 か 年 計 画 が 始 ま り , 大 規 模 な 開 発 が 進 め ら れ た 。
出典 旺文社世界史事典 三訂版 旺文社世界史事典 三訂版について 情報
シベリア
河邨文一郎による詩集。1997年刊行(思潮社)。1998年、第31回日本詩人クラブ賞を受賞。
出典 小学館 デジタル大辞泉プラスについて 情報
世界大百科事典(旧版)内の シベリアの言及
【シビル・ハーン国】より
…15世紀末にジュチの血を引くシャイバーン家のイバクIbakが,13世紀以来西シベリアのイルティシ川中流域とトボル川下流域とを支配してきたタイブガTaybuga家と姻戚関係を結び,やがて統治の実権を握ったことに始まる。イルティシ川に臨むカシリクKashlik(シビル,イスケル。…
【住居】より
… 特 異 な 平 面 形 を も つ も の と し て , ポ カ ラ 周 辺 の グ ル ン 族 の 楕 円 形 平 面 の 住 居 が あ る 。 ︻ 藤 井 明 ︼
︻ シ ベ リ ア , 中 央 ア ジ ア ︼
シ ベ リ ア の 自 然 環 境 を 植 物 相 か ら 眺 め る と , 北 か ら 南 へ ツ ン ド ラ ( 永 久 凍 土 地 帯 ) , 森 林 ツ ン ド ラ , タ イ ガ ( 針 葉 樹 林 地 帯 ) , 森 林 ス テ ッ プ , ス テ ッ プ ( 草 原 ) 地 帯 に 大 別 さ れ る 。 そ し て そ の 南 に は , モ ン ゴ ル や 中 央 ア ジ ア の 乾 燥 ・ 半 乾 燥 地 帯 が あ る 。 …
※「シベリア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」