大学事典 「ボローニャ・プロセス」の解説
ボローニャ・プロセス
﹇ソルボンヌ宣言からボローニャ宣言へ﹈
1998年パリにおいて,イギリス,ドイツ,フランス,イタリアの4ヵ国の教育関係大臣は﹁ソルボンヌ宣言﹂に署名した。この宣言には,①各国に共通する資格枠組みを設ける,②2サイクル︵学部/大学院︶の段階構造を採用し,共通なレベルの学位システムとし,国際的な資格の相互承認を改善する,③学生,教員の移動を促進し,彼らのヨーロッパ労働市場への統合をはかる,といった内容が盛り込まれた。
この内容は,1999年に29ヵ国が署名した﹁ボローニャ宣言﹂となって結実した。ボローニャ宣言では,ソルボンヌ宣言を踏襲し,2010年を目標として,次の六つの課題が掲げられた。①容易に理解でき,比較可能な学位システムの確立,②学部,大学院という2サイクルの大学構造の構築,③欧州単位互換制度︵ECTS︶の導入と普及,④学生,教員の移動の促進,⑤ヨーロッパレベルでの質保証の推進︵高等教育の質の保証に関する比較可能な基準と方法論を,ヨーロッパ各国の協力体制のもとで開発︶,⑥高等教育における﹁ヨーロッパ次元﹂の促進。これら六つの目標を達成することにより,ヨーロッパの大学を自由に移動でき,どこの大学で学んでも共通の学位,資格を得られる,﹁ヨーロッパ高等教育圏︵EHEA︶﹂の構築に向けて一連の取組みを進めていく過程がボローニャ・プロセスである。
これまで多くのヨーロッパ諸国では,アメリカ合衆国のような学士,修士,博士というように段階化された高等教育の構造はなかった。また何単位で卒業といった単位制度も採用されてこなかった。大学で行われている研究と教育の質を評価するという考え方とも,縁遠いものがあった。こうしたヨーロッパの伝統的な大学像が,世界的な大学改革の潮流の中で,大きな変貌をとげている。その流れの中心に位置づけられるのがボローニャ・プロセスであり,ヨーロッパの大学を大きく変革させようとしている。
﹇ボローニャ・プロセスの展開﹈
ボローニャ宣言のあと2年ごとに,そのフォローアップのために,署名国の持回りで高等教育関係大臣会議が開催されている︵2001年‥プラハ,2003年‥ベルリン,2005年‥ベルゲン,2007年‥ロンドン,2009年‥ルーヴァン/ルーヴァン・ラ・ヌーヴ︶。参加国も,プラハには32ヵ国,ベルリンには40ヵ国,ベルゲンには45ヵ国,ロンドンからは46ヵ国と回を重ねるごとに増加している。なお,ボローニャ・プロセスは2010年までに﹁ヨーロッパ高等教育圏﹂を創設することが目標とされていたが,10年3月にブダペストとウィーンで開催された高等教育関係大臣会議では,2009年のルーヴァン会議で採択された行動計画を20年まで引き続いて進めていくことが確認された。また新たにカザフスタンが参加することになった。同会議は2012年にはブカレスト,15年にはアルメニアのエレヴァンで開催された。さらに2015年からベラルーシが加わり,参加国は48ヵ国となった。
﹇ボローニャ・プロセスの課題・批判・意義﹈
今後の課題として,以下の点をとおして﹁ヨーロッパ高等教育圏﹂の推進をはかっていくことが挙げられている。
︵1︶学生,教職員の移動をさらに促進させる。卒業する学生の少なくとも20%は,外国での学習または訓練を経験しているものとする
︵2︶出身階層などによる不利を除去する社会的次元への配慮︵マイノリティ集団に属する人たちの高等教育へのアクセスを拡大する︶
︵3︶卒業者の雇用可能性を改善する
︵4︶学生中心のカリキュラム改革を進める
︵5︶﹁ヨーロッパ資格枠組み﹂と参照可能な国の資格枠組みを策定する
ボローニャ・プロセス対する批判として,たとえばドイツでは次のような点が言われている。
︵1︶大学の学校化‥大学がギムナジウムの延長になってしまった。大学に入学しても学校の延長上にある。3年で卒業するように規則化されて負担が増え,﹁自由な学習﹂というドイツの大学の伝統が失われた
︵2︶職業準備への狭小化‥幅広い教育が求められなくなった。大学の授業が,経済界が求める基準に沿った狭い職業準備に偏っている
︵3︶大学間の移動に障害‥本来,ボローニャ・プロセスは大学間の移動を促進することを目指したものであった。しかし現実には,内外の大学間の移動が困難となっている。その理由として,大学のカリキュラムが窮屈になり,大学を移動しても移動先の大学のカリキュラムに合わせる余裕がない
ボローニャ・プロセスの意義として,ヨーロッパ48ヵ国の高等教育関係の大臣が一堂に会して,各国に共通の目標を定め,高等教育のもろもろの改革をヨーロッパレベルで進めているという点が挙げられよう。ボローニャ・プロセスは,EUが権限をもって実施するものではないが,参加国および欧州委員会がボローニャ・フォローアップ・グループ︵BFG︶を形成し,諮問メンバーとして欧州審議会,ユネスコ・ヨーロッパ高等教育センター,ヨーロッパ高等教育質保証協会︵ENQA︶,ヨーロッパ学生連合︵ESU︶,ヨーロッパ大学協会︵EUA︶,ヨーロッパ高等教育機関協会︵EURASHE︶,教育インターナショナル︵EI︶,ビジネス・ヨーロッパ︵欧州経営者連盟︶といった関係諸団体の代表が関与している︵図参照︶。
著者: 木戸裕
参考文献: 木戸裕﹃ドイツ統一・EU統合とグローバリズム―教育の視点からみたその軌跡と課題﹄東信堂,2012.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報