ラファルグ(読み)らふぁるぐ(英語表記)Paul Lafargue

デジタル大辞泉 「ラファルグ」の意味・読み・例文・類語

ラファルグ(Paul Lafargue)

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精選版 日本国語大辞典 「ラファルグ」の意味・読み・例文・類語

ラファルグ

 

(一)( Paul Lafargue  ) 婿
 

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ラファルグ」の意味・わかりやすい解説

ラファルグ
らふぁるぐ
Paul Lafargue
(1842―1911)


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改訂新版 世界大百科事典 「ラファルグ」の意味・わかりやすい解説

ラファルグ
Paul Lafargue
生没年:1842-1911


P.J.186981J.19051891191118831895

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百科事典マイペディア 「ラファルグ」の意味・わかりやすい解説

ラファルグ

 
1881  

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ラファルグ」の意味・わかりやすい解説

ラファルグ
Lafargue, Paul

[生]1842.1.15. サンチアゴ
[没]1911.11.25. ドラベイユ
フランスの社会主義運動家。 1865年第1インターナショナルに参加。 69年ロンドンでマルクスの娘ラウラと結婚し,帰仏して,80年フランス労働党の創立に加わった。 85~1904年『社会主議評論』 Revue Socialiste誌,次いで『社会主義者』 Le Socialiste誌を発行。 1885~94年リール選出の代議士。 99年には政府への社会主義者の参加を非難した。老いを嫌って夫人とともに自害した。主著は『社会経済学講義』 Cours d'économie sociale (1884) 。

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367日誕生日大事典 「ラファルグ」の解説

ラファルグ

生年月日:1842年1月15日
フランスの社会主義運動家
1911年没

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世界大百科事典(旧版)内のラファルグの言及

【ゲード】より

…しかしミラノ滞在中に労働者組織と接触してマルクス主義に転じ,76年に帰国後,社会主義新聞《レガリテL’Égalité》を発刊,ジャーナリストとして復活するとともに,再生しつつあったフランス社会主義運動と労働運動の中で重要人物となった。P.ラファルグを通じてマルクスとも知りあった彼は,ラファルグと共にフランス労働党結成に参画。その綱領(1882年ル・アーブル大会で採択)は,同国初のマルクス主義的政治綱領といわれる。…

※「ラファルグ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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