( 1 )宇田川榕庵「植学啓原」(一八三三)では「フィジカル(費西加)」を「窮理学」と訳しているが、これは生理学の意であった。近世後期から明治にかけては「理学」全体を「窮理学」と呼ぶことが多かった。
( 2 )渡辺崋山は「外国事情書」(一八三九)に「物理の学〈ウェースベゲールデ〉」を使用しているが、オランダ語 wijsbegeerte は今日の「哲学」に相当する。西周は physics を「格物学」と訳す一方、「天文学」「化学」などとも共通する理学的な道理を「物理」と称した。
( 3 )その後、「物理学」は natural philosophy (現在の自然科学に当たる)の訳語に当てられ、「窮理学」の語は次第に使われなくなった。
物理学の対象は自然現象であるが、これでは広すぎて他の自然諸科学との区別がつかない。しかし、これをどの範囲と限定することも困難である。なぜなら、物理学も自然科学の他の諸分科と同じく、これまでの進歩を踏まえつつ、その考え方も対象も絶えず広げながら変化しているからである。かつて「物理学は物体の運動について研究し、化学は物質の変化について研究する」、というようなことがいわれた。このようにいうときの物体とは一定の形や大きさをもった限定的なものであるのに対し、化学の対象としての「物質」は、均一で特定の形や大きさをもたないが一定の性質を担うものとして、たとえば空気とか水とか銅とかいうものを意味している。しかし、物質ということばはもっと広い意味をもっている。自然的物質としてわれわれは、空気や水や銅のようなものばかりではなく、星や太陽のような天体すなわち宇宙における「物体」をも含めて考えている。また、近代科学の明らかにしたところによれば、化学者のいう「物質」も分子・原子と名づけられている微小な「物体」の集団としてあるのだとされている。
現代の立場でいえば、物理学の対象は「自然現象を引き起こすもととなっている物質とその運動」、というべきであろう。さらにいえば、物理学の特徴は、それらの自然現象の奥に潜む普遍的な法則をできるだけ統一的に求めようとするところにある。イタリアのガリレイに始まりイギリスのニュートンにより事実上完成した古典力学では、対象は地球上の「物体」だけでなく、月や惑星などの天体をも含んでいる。ただ、このときの「物体」は、その内部の構造などは無視して、「質量」というような属性を抽出している。また、「運動」というときには「位置」とその変化とに着目している。しかし、その後の物理学の発展では、星をも含めて、それをつくっているもの、すなわち「物質」を対象とするようになっている。また、「運動」という場合、狭義の物体の運動だけを意味するのではなく、光の伝播(でんぱ)とか液体から気体への変化とかいうように、着目する属性の変化を対象として含んでいる。さらにまた物理学は、物質の構造と運動だけでなく、その運動を規定する枠組みである「時間・空間」の構造をもその研究対象としている(一般相対性理論)。
しかし、このような規定ではまだ物理学と他の自然諸科学との区別は明らかではない。たとえば化学に関して、現代の物理学者の一部には、いまや化学は物理学に包含されてしまったなどという見解がある。確かに、現代では物理学と化学との研究対象領域は互いに浸透しあっている。しかし、このようなことはすべての個別科学の境界についてもいえることであり、これをもって物理学と化学の区別がなくなったと考えるのは正しくない。
[宮原将平・高木修二]
物理学の対象の特徴を化学のそれと対比的にあげるならば、それは次のようなものであるといえる。まず、物理学は自然のあらゆる対象物の基本的構造と一般的運動を認識しようとする。もちろん物理学においても、特殊的対象に固有な運動法則や構造をも研究するが、それはより普遍的な法則を探りあるいは検証するためであったり、より基本的と考えられる構造の発現をみるためなど、つねに一般的なものとの関連で探究される。このようにして物理学の対象は、大は宇宙や銀河系の問題から、小は原子や素粒子の問題に至るまでが含まれる。化学はこれに反して、原子が構成する分子(それはまた化学的物質種の基本単位とも考えられるが)および分子の結合体についての構造と変化を研究対象としている。化学のこの研究対象は一見、物理学の対象の一部にすぎないようにみえるが、実はそうではない。数十ないし100余種の原子の組合せでつくられる化合物分子はその種類が膨大であるということだけをここでいっているのではない。それらのなかには、化学の固有の概念、たとえば原子価、結合、基、酸化・還元などが存在する。物質的対応をもつこれらの概念を、物理学的に、すなわち基本的な物質の一般的な運動法則によって基礎づけることは可能であろう。しかし、そのことによって化学に固有なこれら質的概念が物理学的運動法則に解消されてしまうものではない。それは、たとえば、生物を形成している物質が化学的に分析され、生命現象のあるものが物理学や化学によって基礎づけられたといっても、生命が無機的な物質に帰着されたのではない、というのと同様である。
自然的物質のなかで、「生物」は特別なものであり、物理学の研究対象からはいちおう除外される。もちろん、生物学と物理学の研究領域も浸透しあってきている。しかし、生体物質を物理学の研究対象として取り入れつつあるとはいっても、物理学と生物学との距離は、物理学と化学とのそれよりはるかに大きい。生物の個体の発生・成長、あるいは増殖や進化は生物固有の概念であり、それらを基本的な物質とその一般的な運動法則という物理学の概念から理解するのは、いまだはるかに遠いところにあるというべきであろう。
[宮原将平・高木修二]
物理学は、他の自然科学の諸分科と同じように、実験的ならびに理論的な方法によって研究される。「実験」を広義に解すれば、観察、観測などもそのなかに含まれる。しかし、物理学においては、狭義の「実験」すなわち環境条件を整え、諸パラメーターの値を制御し、一つの物理量を精密に測定し、あるいは2量間の数量的な関数関係をみいだすという、いわゆる精密実験を重視する。このことは、物理学が運動の量的側面を重視して研究が行われることと深くかかわっている。しかし同時に、実験のもつ質的発見の意義も大きい。X線の発見、放射能の発見、超伝導の発見などがその好例である。
物理学の理論的方法の特徴は、実験の量的な精密さに応じて数学を広く深く応用するところにみられる。数学の多方面の分科が物理学の理論的研究のための手段として使われている。しかし、理論的方法は数学の応用だけに限られているものではない。類推、理想化、模型の設定なども理論においてきわめて重要な役割をする。このことは、たとえば、原子模型の形成なくして原子理論が成立しえたかどうかを考えてみればわかることであろう。
また、理論的方法は単に実験結果の解釈のために用いられるだけではない。いろいろな法則の統一的理解という物理学の基本的課題を追究するために、それらの法則をどのような概念の枠組みでとらえるかという、理論的課題の設定が重要な意味をもっている。アインシュタインの相対性理論が、マイケルソン‐モーリーの実験の解釈としてでなく、力学と電磁気学の統一という理論的課題の解決として生み出されたことを忘れてはならない。
実験的方法と理論的方法とは、単純に直列的あるいは並列的にあるのではなく、複雑に絡み合い、ときには助け合い、ときには互いに矛盾することもありながら、全体として物理学的自然認識を深める役割をしている。ある実験は理論の検証に役だつこともあるが、またある実験的発見はそれまでの理論と矛盾し、そのために理論を発展させ、さらに包括的な新しい理論をつくりだすために役だつことも少なくない。
実験的方法に加えて考えておかなければならないのは、実験装置、手段の開発である。これは、それ自身自然を知るための研究ではない。しかし、それは実験的研究にとって不可欠のものである。同様に理論的方法における数学的手段そのものの研究も一定の役割をもっている。
これらの方法を考える場合にもっとも基本的なことは、いうまでもなく、方法は対象によって規定されているということである。それゆえ、物理学の方法にとってもっとも本質的なものは、個々の実験的あるいは理論的な方法、手段でなく、正しい自然観をまず確立することであるというべきであろう。
[宮原将平・高木修二]
広義の原子物理学は二つの部分に大別される。一つは広義の原子核物理学であり、他は物性物理学(物性論)である。
広義の原子核物理学は素粒子物理学(素粒子論)と狭義の原子核物理学とに分かれる。素粒子物理学は物質の基本的構成要素である素粒子とその運動および相互作用を研究する分野である。おもな素粒子としては、強い相互作用をする核子や重粒子およびある種の中間子を含むハドロン族の粒子、弱い相互作用をするレプトン族、電磁的な素粒子である光子などがあげられる。それらを統一的に研究し、それらの運動法則、相互作用、転化と保存則などが探求される。さらに、それらの素粒子をより深い階層でとらえ、より基本的な基本粒子(クォーク、レプトン、グルーオンなど)によって各種の素粒子を構成させ、各種の相互作用も統一的に説明しようとしている。狭義の原子核物理学は核子の多体系である原子核を研究の対象とする。多体系を取り扱うという点では(とくに方法的に)物性物理学と類似する面をもっている。しかし、基本粒子が核子であり、基本的相互作用が強い相互作用であるという点では、素粒子物理学と密接に関連している。実際、今日では核子以外の素粒子や、より深い階層の基本粒子をも考慮に入れる必要性が指摘されている。これら広義の原子核物理学は、加速器、宇宙線観測などの実験的方法の急速な進展と相まって著しい発展をみせている。
重力は古くから知られている力であり、古典力学の枠組みで取り扱われていた。一般相対性理論により、重力は時空の構造と結び付けられ宇宙論と深くかかわるようになった。宇宙の構造と運動がしだいに明らかになるとともに、現在の宇宙をはるか過去にさかのぼって、いわゆる宇宙初期の運動やそこでの物質生成が論じられるに至って、物質の基本的構成を研究する素粒子論と結び付いて研究せざるをえなくなった。この意味で、重力は宇宙論や素粒子論と密接に結び付いて研究されている。
物性物理学は原子以上のレベルを対象とする点では化学と共通する面があり、化学物理学とよばれているものとの差異はあまりない。しかし、それは、いくつかの点で化学とは異なっている。化学は原子の集団(たとえば基)の質的特徴を対象認識の重要なものとしてとらえている。それに反し物性物理学では、電子という一つの素粒子の運動を基礎として、多体問題的手法を使って(化学的)物質の固有の性質を解明しようとするものである。したがって、原子核やその集団の役割は与えられた場として考えられ、電子の一般的な運動法則がその出発点となる。それゆえに、個々の原子を対象とする狭義の原子物理学もまた物性物理学の一分科と考えられることもある。それは物性物理学の一つの出発点というべきかもしれない。物性物理学にはもう一つの出発点ともいうべき分科がある。それは分子論的物性論とも名づけられたことのあるものであって、電子運動と直接関係をもつものではない。それは多少とも模型化された分子の集団運動を多体問題的手法を用いて明らかにすることであり、液体論や格子力学において著しい進展をみせている。化学の研究対象の基礎には原子があるため、原子や分子を対象とする物性物理学の分科は構造化学と浸透しあい不可分のものとなっている。また、物質のいわゆる化学的性質(このことばはそれぞれの物質の固有の性質をさすことが多いが)は、電子運動から解明されることがあるので、この点でも物性物理学は化学と浸透しあっている。
物性物理学の対象は原子以上のレベルに大きく広がっているが、とくに固体を対象とする研究が著しく進展している。それゆえ「固体物理学」はほとんど「物性物理学」と同義に使われる。外国語では「物性物理学」に相当することばはなく、固体物理学にあたることばだけである。たとえば、わが国の「物性研究所」は英語ではInstitute for solid‐state physics(固体物理学研究所)である。しかし、物性物理学を広義に解するときは、その一方の端に原子・分子の物理学を含み、他の端には生物物理学をも含むものと考えられている。物質の固有の性質ということの延長上には生体物質の生物学的特異性があるだろう。それを電子論的に解明する課題は一種の物性物理学の問題であろう。また、その実験的手段も物性実験のものと共通のものが少なくない。
[宮原将平・高木修二]
物理学が他の個別科学と浸透しあっていることは、化学との関係ですでにみたところであるが、境界領域の発展が現代の自然科学の発達の一つの特徴とみられるだけに、とくにこの点について述べよう。
[宮原将平・高木修二]
実験データの処理、その解析、理論計算の遂行に計算機は欠かせないものとなっているとともに、シミュレーションやモンテカルロ法などを駆使して、いわば仮想的実験を行うことにより法則を探ることも行われるようになった。このような新しい手法は情報科学との接点でますます広がりつつある。さらに、情報処理に関して量子力学的効果を積極的に取り入れた量子情報通信・量子情報処理、いわゆる量子コンピュータが研究されている。
[宮原将平・高木修二]
結晶学は固体物理学の一つの基礎的分科といえるが、もともとは地学の一分科である鉱物学からおこったものであった。X線が結晶の構造解析に使われるようになってから、物理学と鉱物学の境界領域に位置するものと考えられ、さらに化学とも密接に関係するものとなっている。また、地球物理学は地学の分科でもあるが、物理学の周辺分科とも考えられる。地球物理学は、初めは弾性体力学や流体力学や熱力学が、地殻や海洋や陸水や大気というマクロ物体に適用されたものであり、物理学の一つの応用として出発した。しかし、地球を歴史的に変化する複合された対象としてとらえ直すとき、それは地球科学の分科としての地球物理学へと変わりつつある。一方、地質学は地殻を対象としており、元来、地球の歴史性を重視している。それゆえ、現在では、対象の特殊性に即して、地質学と地球物理学を一体とみて固体地球科学という領域が考えられるようになっている。地球物理学の他の分科である海洋学や気象学は、応用科学としての面が大きい。
[宮原将平・高木修二]
物理学と生物学との境界領域は著しく発達しつつあるものである。物理学の対象はもともとは無機的自然であって生物を含まない。一方、生体物質としてもっとも重要なタンパク質や核酸はそれ自身は生物ではない。それら生体物質の化学的組成や生体内の化学反応を研究するものとして、初め生化学が生まれたが、それら生体物質の原子・分子的構造を研究し、また生物的機能の基礎的なものを物性物理学的方法で研究するものとして生物物理学が生まれた。生物物理学は、初め物理学的手段を用いての生物研究のように考えられたが、現在では、むしろ物理学がその対象として生体物質をも取り入れたものと考えるべきであろう。生物物理学の核心的部分は分子生物学と考えられ、それは生物学の一つの基本的分科とも考えられるまでになってきている。
[宮原将平・高木修二]
物理学はさらに生理学や心理学との境界領域をもっている。音響学や色彩学がその例である。色は物理的であるばかりでなく心理的なものである。たとえば、色彩を量的に(座標を用いて)表現しようとすれば、そのスペクトル分布をそのまま使うことは適当ではない。三原色原理がすでに明らかにしているように、色彩の量的表現すなわち色座標は、心理的な色彩空間に対応してつくられている。これらの境界領域もまた応用科学の面と結び付いている。電気音響学、建築音響学、照明学、映像工学などは、これらと深く関係する応用科学である。
[宮原将平・高木修二]
物理学という個別科学分野の展開の過程を扱う。そこには、物理学の内容にかかわる側面と、歴史的側面とがある。すべての科学がそうであるように、物理学もまた人間の社会的実践の一環として形成されるものであるから、論理体系の内面的な発展のみでなく、その展開の契機を与える社会的状況、すなわち思想や技術的水準、生産構造、さらには社会体制といったものも必要に応じ考察の視野に入れられなければならない。物理学のよってたつ思想的基盤、技術的基盤が、歴史の面からの射影として、物理学史を形づくってくるのである。
物理学が個別科学としてやや特殊な性格をもっていることも物理学史の性格を特徴づける。自然科学の多くの分野は、普通、特定の対象、たとえば動物とか天体などを取り上げ、その形態、存在の様式、運動形態を追求解析する。これに対し物理学はかならずしもそのような固有の対象をもってはいない。古代ギリシアの自然学に発し、ニュートンの自然哲学の系譜をたどった物理学は、その形式の発端から自然そのものの論理を問い、対象を超えた普遍的なものとしての物質像を追求してきた。そのため対象はかならずしも特定されず、しばしば広範にわたり、化学的な領域や宇宙、あるいは生命なども物理学の考究の対象として組み込まれてくる。このような性格は物理学史を多岐なものにしている。
物理学と技術との関連もきわめて密接なものである。これは今日までの産業の構造の発達形態のゆえもあるが、よかれあしかれ産業革命以降、工業技術を中心として現代までの産業社会が動いてきたことは、工業技術の基礎としての物理学を、技術ときわめて密着させたものにしてきた。一方では実験科学としての物理学の研究の手法が、実験手段という面で技術水準と密着している面もあり、物理学の展開と技術の発達とはいわば表裏一体の感がある。
技術はもとより社会性をもつ。産業であれ、軍事であれ、あるいは政治であれ、それらはしばしば技術によって動かされ、その根底は物理学と直結することも多い。その反作用として物理学はしばしば社会のなかでの去就を問われ、その位置づけと機能が論議されてきた。それは物理学史の、物理学の社会史としての側面を形づくる。
自然の普遍的論理の追求という物理学の性格は、当然ながら自然観を通じて思想とはきわめて密着した面をもっている。地動説や相対論などの例をあげるまでもなく、それは思想や哲学に直接影響を与え、また同時にその時代の思想をも反映する。
物理学史の構造は、このように自然観と論理性という思想的面、実験による実証と、その成果の応用という技術との関連、およびこれらを仲立ちとしての社会史的面などから考察されなければならない。その視点によって、物理学の論理の発展をたどる内的歴史、社会史的な位置づけを試みる外的歴史の名が用いられることもある。
以下では主として内面史に力点を置いて概括を試みる。
[藤村 淳]
実験的手法が系統的に探究の方法に組み入れられるまでは科学以前とみる向きもあるが、ギリシア自然学は物理学にとって欠くことのできない一つの段階ではあった。
実際、事物の存在の論理を追求するという物理学の性格は、まずギリシア人たちが「自然とは何か」と、その本質(アルケー)を尋ねたときに定められたのである。合理的・論理的に自然の解釈を求めようとするこの探求は、物理学の思想的側面の始まりであった。初期にはそれはむしろ自然観、世界観、あるいは哲学思想として開始される。ミレトス学派の万物の根源を一元的にみようとする思想、ピタゴラス派の数理的自然観は、やがてソフィストたち、あるいはプラトンの哲学を経て、抽象化とそれによる厳密な論証の追求という性格を備え、やがてアリストテレスの自然学に到達する。それは形相と質料――いわば本質とその現象形態との意識的区別――を獲得し、またこれを基礎とする物質の要素的把握(すなわち元素論)の成立をみる。これは物質の機能的要素性ではあったが、多元論的(四元素)思考によって数多くの物質の相互連関を統一的に理解しようとする普遍性をもった自然観であった。一方、物質の存在論としての要素性への追求もデモクリトスの原子によって行われ、「ケノン」(空虚)によって空間概念が導入される。これは、物質と物質とは独立な空間とを分離するとともに、世界の連続性、不連続性の問題を提起する。そして自然の要素性も、原子に求められる存在と元素概念に希求される機能という二つの側面から探究されることとなった。
しかしながら、ギリシア自然学は経験事実への立脚という面では未熟である。意識的に観察を強調したアリストテレスにおいても、なお事実は副次的であり観念と論理性とが先行した。事実、不十分な観察を出発点にしつつ論証を進め、それを優先させたところに、たとえば真空の否定など、しばしば彼の自然学の破綻(はたん)が現れる。ギリシア自然学は自然の理性的解釈とその論理性を確立はしたが、まさにその点で限界を露呈したのであった。
しかしアレクサンドリア期に入ると応用面への視点が開かれる。地球の大きさの測定、太陽と月への距離の比較などは論証の定量的な形での現実的な世界への実践的適用であった。とはいえ、それは多分に幾何学的レベルにとどまるものであったことは、注意しなければならない。抽象的な論理が幾何学においてまず確立されたことの反映ではあるが、物質の論理はいまだ登場しない。実験的ともいえる手法を用いたアルキメデスにおいても、実験による法則性の追求は、証明すべき命題に到達するための、いわば補助的手段であった。命題そのものはやはり幾何学的に証明されて初めて法則としての位置をかちうるものだったのである。経験あるいはそれを整理したものは法則ではなく、したがって「経験法則」なる概念はなお成立しえないものであった。
[藤村 淳]
コペルニクス、ガリレイ、ケプラーをそれぞれピークとしてほぼ達成された天体運動の解析と、地上の物体の運動を解明したガリレイの動力学の後を受けて、両者を結合し自然界を統一的に把握する力学的世界をつくりだしたのはニュートンである。万有引力による天上界と地上界の一体化であった。デカルトの慣性法則を力学の基礎に位置づけ、運動の原因としての力の概念を確立し、さらにホイヘンスの業績にかかわる作用と反作用の法則を置いて、ここに力学は論理体系として完成化される。質量概念、力の概念の不明確さや遠隔力としての万有引力の形而上(けいじじょう)学的性格は残っても、その緻密(ちみつ)な論理構成と流率法(微分法)による数学的武装のみごとさは、近代科学の範とするに足るものであった。万有引力の形而上学的性格をめぐるデカルト主義との対立はニュートンをして「われ仮説をつくらず」といわしめたが、これとてフランス革命政府の手による地球子午線の測定によって一つの決着がつけられて以後は、ニュートン主義の確たる勝利として力学的世界像の定着をもたらすこととなる。デカルト的連続世界にかわる粒子的描像、物質とは独立な絶対時間と絶対空間、それらによる因果的・決定論的記述、等々はやがて力学的世界観を基礎づけ、物理学を支配するものとなった。それは「理性の時代」を支える精神的支柱であった。
なお、ニュートン的決定論では、いままでの全能者神は、初期条件を定める創造者の位置に後退する。名誉革命を経たイギリスの、立憲君主制の成立という時代的背景は、かならずしも偶然ではないであろう。
やがて現出される数理的科学の時代もこの延長線上に把握することができる。ラプラスの活躍や、静力学と動力学を統一したダランベールに発する解析力学の進展は、力学の内容をより精細に、さらに豊かに内容づけて、海王星の予言と発見に至る力学の勝利の行進を彩った。
[藤村 淳]
量子力学の形成後、まもなく物理学はさらに新しい段階に入った。1932年を一つの境として原子核の領域が開発され、原子の領域とはまたさらに異なった原子核、素粒子の世界が開かれたからである。高電圧、高真空の実現から高エネルギー領域へ物理学は踏み込み、陽電子・中性子の発見、原子核の人工転換、人工放射能、核反応・核分裂とその進歩は著しい。
時代は第二次世界大戦の前夜となり、ファシズムの勃興(ぼっこう)と科学の軍事化の傾向、ナチスによるユダヤ人科学者の追放と亡命科学者の輩出、そしてアメリカの物理学の発展へと推移する。
原爆の使用という不幸な形で終わった第二次世界大戦後も、軍事的な歪曲(わいきょく)の形態は変わらず引き継がれた。実験装置の巨大化、研究経費の膨大化、そして物理学研究の組織化の進展という事情がそれを裏打ちするものとなり、一方では物理学と国家や社会との関係をいっそう強固なものにしてゆく。自然科学の社会的責任が問われながらも、ひずみはいっそう増大する傾向をもちつつ今日の巨大科学への道がたどられてくる。この間、固体物理をはじめ生命物理、宇宙物理など物理学はますますその前線を拡大し、多様化と専門的な分化の過程を歩みつつ、一方では社会との関連の度合いを強め、今日では政治や軍事とも直結する様相を深めてきている。
未来の物理学の歴史が人間の歴史をより豊かにする道はどこに求められるものであろうか。物理学史の課題はその展望に資することでなければならない。
[藤村 淳]
『『天野清選集』1・2(1948・日本科学社)』▽『石黒浩三他編『朝倉物理学講座』全19巻(1965~1967・朝倉書店)』▽『湯川秀樹監修『岩波講座 現代物理学の基礎』全11巻(1972~1978・岩波書店)』▽『伊達宗行他著『朝倉現代物理学講座1、2、4、7~13』(1980~1994・朝倉書店)』▽『園田久他著『物理学ライブラリー』全11巻(1982~1985・朝倉書店)』▽『江沢洋著『物理学の視点』(1983・培風館)』▽『戸田盛和他監修『物理ブックガイド100』(1984・培風館)』▽『米満澄・広瀬立成著『図説 物理学』(1987・丸善)』▽『江沢洋著『続・物理学の視点』(1991・培風館)』▽『近藤都登編『現代物理学読本』(1991・丸善)』▽『戸田盛和著『物理学30講シリーズ』全10巻(1994~2002・朝倉書店)』▽『湯川秀樹著、江沢洋編『理論物理学を語る』(1997・日本評論社)』▽『L・M・ブラウン他著、「20世紀の物理学」編集委員会編『20世紀の物理学』全3巻(1999・丸善)』▽『物理学大辞典編集委員会編『物理学大辞典』第2版(1999・丸善)』▽『豊田利幸著『物理学とは何か』(2000・岩波書店)』▽『和田純夫著『一般教養としての物理学入門』(2001・岩波書店)』▽『竹内均著『現代物理学の扉を開いた人たち』(2003・ニュートンプレス)』▽『朝永振一郎著『物理学とは何だろうか』上下(岩波新書)』▽『中村誠太郎著『20世紀物理はアインシュタインとともに』(講談社ブルーバックス)』▽『アインシュタイン、インフェルト著、石原純訳『物理学はいかに創られたか』上下(岩波新書)』▽『池内了著『物理学と神』(集英社新書)』▽『朝永振一郎編『物理の歴史』(1953・毎日新聞社)』▽『カジョリ著、武谷三男他訳『物理学の歴史』(1965・東京図書)』▽『広重徹著『物理学史』全2巻(1968・培風館)』▽『ウィリアム・ウィルソン著、矢島祐利・大森実訳『近代物理学史』(1973・講談社)』▽『高村泰雄・藤井寛治・須藤喜久男編『近代科学の源流 物理学篇』全3巻(1974~1977・北海道大学図書刊行会)』▽『J・D・パナール著、鎮目恭夫・林一訳『人間の拡張――物理学史講義』(1976・みすず書房)』▽『日本物理学会編『日本の物理学史』上下(1978・東海大学出版会)』▽『広重徹著『近代物理学史』(1980・地人書館)』▽『F・フント著、井上健・山崎和夫訳『思想としての物理学の歩み』上下(1982~1983・吉岡書店)』▽『小野山伝六・三谷健次編『物理学史と現代物理学』(1990・朝倉書店)』▽『日本学術会議物理学研究連絡委員会編・刊『日本の物理学――明日への展望』(1994)』▽『「科学朝日」編『物理学の20世紀』(1999・朝日新聞社)』▽『西条敏美著『物理学史断章――現代物理学への十二の小径』(2001・恒星社厚生閣)』▽『竹内均著『物理学の歴史』(講談社学術文庫)』
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…臨床家としては,ラージー(ラゼス),理論家としてはイブン・シーナー(アビセンナ),そして外科ではコルドバのアブー・アルカーシム(アルブカシス)が有名である。アラビア医学
[大学の起源]
眼をまたヨーロッパにもどすと,12世紀ころから,医学史の舞台に,フュシクスphysics,マギストレイン・フュシカmagistrein physica,ドクトル・メディキナエdoctor medicinaeなどと名乗る医師たちが登場してくる。彼らは,学位をもつ医師たちで,このころから,イタリア,フランスをはじめ,ヨーロッパの各地に大学が設立された。…
※「物理学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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