開城(読み)ケソン(英語表記)Kaesǒng

デジタル大辞泉 「開城」の意味・読み・例文・類語

ケソン【開城】

 
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かい‐じょう〔‐ジヤウ〕【開城】

[名](スル)降伏して城や要塞ようさいを敵に明け渡すこと。「兵糧攻めにあってついに開城する」

かいじょう〔カイジヤウ〕【開城】

ケソン

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精選版 日本国語大辞典 「開城」の意味・読み・例文・類語

かい‐じょう‥ジャウ【開城】

 

(一)[1]   
(一) 
(一)[]調()(185763)
(二)[]
(二) 
(一)[]廿(1490)
(二)[2] 
 

ケソン【開城】

  1. ( Kaesǒng ) 朝鮮民主主義人民共和国南部にある直轄市。一〇世紀から一四世紀にかけて、高麗の王都。朝鮮戦争の休戦会談が行なわれた板門店は、市の東約一キロメートルにある。

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改訂新版 世界大百科事典 「開城」の意味・わかりやすい解説

開城 (かいじょう)
Kaesǒng


西334433199313

919470488m9952km14km2西沿11121312327014341392136216

 簿簿2700051945


2919殿51010-312010294813西殿1殿殿殿殿殿殿西殿殿使西14

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「開城」の意味・わかりやすい解説

開城
かいじょう / ケーソン

北朝鮮南部にある都市。人口20万1500(2003推計)。市街は松岳山(488メートル)の南麓(なんろく)に位置し、西方に蜈松(ごしょう)山(204メートル)、南に南山(178メートル)など四方を松山に囲まれていたので、別名松都、松京の名がある。市街地はもと東西南北に四門を設け、城壁で囲んだ典型的な城郭都市であった。1953年以来、人民政権下で軽工業を主とした工業都市へ変貌(へんぼう)した。開城紡績工場をはじめ被服工場、陶磁器工場、日用品工場や、ゴム、時計、楽器などの工場が次々と建設された。高麗(こうらい)朝の首都であったので遺跡も多く、市の東方には高麗末期の忠臣鄭夢周(ていむしゅう)が最期を遂げた善竹橋と崧陽(すうよう)書院、北方の松岳山南麓には高麗歴代王の宮址(きゅうし)万月台の礎石が残っている。これらの遺跡は朝鮮戦争の戦禍を受け大部分破壊された。市街地には新しく建てられた松都政治大学、博物館、少年宮殿などがある。民謡で名高い「バクヨンポクポ」(朴淵瀑布)は市の北方24キロメートルの天摩山麓にある。開城は朝鮮戦争前は韓国(大韓民国)の統治下にあったが、戦争後は北朝鮮に属し、政府直轄地として開城市を中心に長豊郡、板門(はんもん)郡、開豊郡を「開城地区」とした。

[魚 塘]

歴史

古くは高句麗(こうくり)に属して扶蘇岬(ふそこう)と称し、のち新羅(しらぎ)に属して松岳郡と称した。919年王建の建国した高麗の首都となり、995年開城府と改称した。城内には宮殿、官庁、寺院が建ち並び、約500年間、高麗の政治、経済、文化の中心であった。郊外の礼成江の河港碧瀾渡(へきらんと)には、中国や日本の交易船が出入し、国際港としてにぎわった。この時代に遼(りょう)、金、元の侵略を受け、何度も戦火に焼かれた。1392年李成桂(りせいけい)の建てた李朝も開城を都としたが、1394年都は漢城(ソウル)に移った。李朝時代の開城は商業で栄えた。開城商人は各地に出張所を置いて全国を商圏とし、独特の複式簿記で名高い。朝鮮戦争では一時、当地で休戦会談が行われた。

[吉田光男]

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百科事典マイペディア 「開城」の意味・わかりやすい解説

開城【かいじょう】

 
13500簿簿1945200310km3344331993
 

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旺文社世界史事典 三訂版 「開城」の解説

開城
かいじょう
Gaeseong

 
西38
9194701420km  

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「開城」の解説

開城(かいじょう)
Kaes&obreve;ng


西()

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普及版 字通 「開城」の読み・字形・画数・意味

【開城】かいじよう

降伏。

字通「開」の項目を見る

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世界大百科事典(旧版)内の開城の言及

【高麗美術】より

…高麗時代の工芸は,螺鈿技法にみられる精緻な文様の埋めこみ磨き出し,あるいは,同趣の金銀象嵌や青磁象嵌という特異な技法に独自の世界と美意識を発揮している。【菊竹 淳一】
[建築]
 新羅時代の政治・文化の中心は,慶州を中心とした朝鮮半島東南部に偏在していたが,高麗時代に入って,北部の開城に首都がうつされるとともに,北進政策が進められ,顕宗(在位1010‐31)のときには首都に外城を築いた。また半島西側の鴨緑江河口から東海岸の定平に至る千里長城を築いて北方民族に対する防備を固めた。…

※「開城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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