標準語
標準語︵ひょうじゅんご、英: standard language、独: Standardssprache︶とは、公共の言説において人々の集団︵民族、共同体、国家、組織など︶によって用いられる言語変種である[1]。あるいは、言語変種は文法や辞書における記述のために整理され、こういった参考文献において記号化される際に起こる標準化の過程を経ることによって標準となる[1]。典型的には、商業や政治の中心で話されている方言が標準化される言語変種となる。なお、同義的なものとして、特定言語や地域を超えて用いられる﹁共通語﹂が存在する。
標準語は複数中心地言語︵例えばアラビア語、英語、標準ドイツ語、ペルシア語、セルボ・クロアチア語、フランス語、ポルトガル語、スペイン語圏[2]︶にも単一中心地言語︵例えばアイスランド語、イタリア語[3]、日本語[4]、ロシア語[4]︶のいずれもが選ばれる事例である[5]。標準書記言語は﹁シュリフトシュプラーヘ﹂︵Schriftsprache、ドイツ語で文章語の意︶と呼ばれることがある。
特徴[編集]
ある言語変種が標準となるために唯一の必要条件は、それが公共の場または公共の言説において頻繁に使うことができることである[1]。規範的な標準語の創造は国家主義的︵文化的、政治的、社会的︶一体性への願望から生じる。標準語には以下のような一般的特徴がある。 ●広く認められている辞書︵標準化された綴り字と語彙︶ ●広く認められている文法 ●標準発音︵教養のある話し方︶ ●用法の規範を定める公共機関︵例: アカデミー・フランセーズやレアル・アカデミア・エスパニョーラ︶ ●法的地位︵公用語︶ ●事実上の公的使用︵法廷、議会、学校︶ ●文語の正典 ●便利な会話[6] ●コミュニティにおける人気と受容[6] ●人口[6] ●放送およびニュースメディアにおける使用歴史[編集]
歴史的には、国民国家成立時に、国内の異なる言語話者同士のコミュニケーション円滑化、ひいては国家・国民統一のために、主方言あるいは主言語を基に国語として形成されてきたものであり、多くは方言および少数言語の廃滅を念頭に置いていた。特に、フランスの絶対王政時に打ち出されたフランス語の標準語政策の例が顕著である。標準語の一覧[編集]
各言語における標準語[編集]
日本語[編集]
日本語においては、近世以前は平安時代の京都の貴族語に基づく文語体が標準的な書記言語として広く通用し、口頭言語についても、江戸言葉が成熟する江戸時代後期までは京言葉が中央語であり、京都を中心に新語が日本各地に伝播していったとされる[7]︵方言周圏論やアホ・バカ分布図も参照︶。京都方言がかつて中央語だった名残は現代共通語にも残っており、例として、古風な文体で﹁わしは知っとるのじゃ﹂のような近世上方語風の表現が使われること︵老人語参照︶[8]、﹁残っており﹂﹁寒うございます﹂﹁ありません﹂などの文語・敬語表現、﹁怖い﹂﹁しあさって﹂﹁梅雨︵つゆ︶﹂などの語彙が挙げられる。
明治維新後、標準語はなかなか定まらなかった。標準語の案としては以下のようなものがあった[9]。
●古語案
●古語=みやび言葉を基にする︵天皇が使用している言葉でもある︶
●現代語案
●西の京、鴨川のほとりの言葉を基にする
●東の京の言葉を基にする
●日本国中の言葉を調べて、人口的に最も多くの人が用いている言葉を基にする
明治中期から昭和前期にかけて、主に東京山の手の教養層が使用する言葉︵山の手言葉︶を基に標準語を整備しようという試みが推進された[10][11]。
天皇及び京都の言葉をベースにする案も有力ではあったが、明治初期の東京の山の手は地方出身の若い官僚たちの居住地であり、天皇よりも社会的・政治的な力で勝った[9]。これに文壇の言文一致運動が大きな影響を与えて、﹁標準語﹂と呼ばれる言語の基礎が築かれた。なお、﹁標準語﹂という用語は岡倉由三郎によるStandard Languageの日本語訳である。官公庁の公式文書などには、普通文が主に用いられる。
明治維新から数十年経った1903年、初の国定教科書﹃尋常小学読本﹄が刊行され、﹁東京山手の教育ある中流家庭の言葉﹂が標準語となっていった。1925年にラジオ放送が始まり、方言忌避が強まった[9]。
第二次大戦後は国家的営為としての標準語政策は行われなくなり、各地の方言を見直す動きが現れたり、国家が特定の日本語を標準と規定することに否定的な考えが生まれたりした[12]。そのような中、進駐軍が用いた﹁Common Language﹂を元に﹁︵全国︶共通語﹂という用語が登場し[13]︵一部識者は﹁Common Language﹂をして普通語と解釈した論文が有る︶、NHKなど一部では﹁標準語﹂が﹁共通語﹂に言い換えられるようになった。
現在の日本には標準語を規定する法律や公的機関は存在しないが、一般に﹁標準語﹂と言った場合、日本の首都である東京の方言から特定の地域・階層に偏る要素︵下町地域で見られるシとヒの交替など︶を除いたものを指すことが多い。口頭言語ではアナウンサーのアクセントやイントネーションが標準的として認識されているが、時代と共に変化している。例えば、﹁電車﹂のアクセントは従来﹁デンシャ﹂が正しいとされてきたが、﹁デンシャ﹂︵太字は高く発音︶も広がりつつあり、メディアや駅の案内放送でも2通りのアクセントが混在している[14]。
朝鮮語[編集]
詳細は「標準語 (大韓民国)」および「文化語 (朝鮮語)」を参照
大韓民国では、首都のソウル方言を基に国立国語院によって標準語が定められている︵標準語 (大韓民国)も参照︶。朝鮮民主主義人民共和国では、首都平壌の方言を基にした文化語を標準語として定めているが、実際には文化語もソウル方言が土台となっている。
中国語[編集]
詳細は「標準中国語」を参照
明では官話方言︵北方方言︶の一種である南京官話が官吏の間で標準語として使われ、欧米からは﹁官僚の言葉﹂として﹁マンダリン﹂と呼ばれた。清になり首都が南京から北京に遷ると、標準語も南京官話から北京官話に代わった。中華民国が成立すると北京官話と近代白話を基に﹁国語﹂が定められた。﹁国語﹂は中華人民共和国でも﹁普通話﹂と名を変えて引き継がれ、簡体字の導入などを経て、義務教育やメディアなどで広く使用されている。なお、普通話は北京の発音などが基になっているため、普通話のことを﹁北京語﹂と呼ぶことがあるが、普通話と北京市民が日常的に使う北京語は完全に同じではない。
台湾の場合、元々は、台湾の多数派を占める漢民族︵本省人︶は台湾語や中国語の方言︵客家語など︶を母語とする者が多く、また台湾原住民の間では様々な少数言語が使用されていた。日本統治時代の台湾では日本語が公用語となり民族間の共通語として機能したが、戦後に中華民国が台湾に上陸すると北京語をベースとする﹁国語﹂を標準語とした。現在では、標準語の中国語が浸透している。1980年代までは学校での台湾語使用を禁止したり、メディアでの台湾語の使用を制限したりしていた。そうした国策の影響により、台湾語を話せる台湾人は特に若年層で少なくなっている。
英語[編集]
イギリス英語において、標準英語︵Standard English、SE︶と呼ばれる標準語は、中世イングランドの大法官裁判所の英語を歴史的に基にしている[15]。17世紀津と18世紀には、﹁上流﹂社会の規範としてこの標準語の確立を見た[16]。口語の標準語は、よい教育と社会的名声のしるしであると見られるようになった[17]。しばしば容認発音︵RP︶の訛りと関連付けられるものの、SEはいかなる訛りでも話すことができる[18]。BBCのアナウンサーが使う英語が﹁英国の標準英語﹂と説明されることもある[19]。 ﹁歴史的原理﹂で記述されているオックスフォード英語辞典には方言が数多く記載されている。方言と綴り字を統一しようとしたのがサミュエル・ジョンソンが1755年に完成させた﹃英語辞典﹄である。この辞書以降、﹁方言の地位が急落した。それは書き言葉の基準が定まり、文章は’正しく'書くべきだという圧力が高まっていったことと関係があった︵中略︶発音取締隊が登場した。率いるのはトマス・シェリダンというアイルランド出身の男だった﹂[20]。言語改革運動が盛んになった。19世紀にはウェールズ語を取り締まるWelsh Notという﹁方言札﹂も登場した。正字法に対して英語のfishをghotiとすべきと言ったされるジョージ・バーナード・ショーは方言、特に﹁コックニー﹂をテーマとする﹃ピグマリオン (戯曲)﹄を書いた。フランス語[編集]
ルイ13世治下の1635年2月10日、アカデミー・フランセーズが宰相リシュリューによって正式に設立された。当初の役割はフランス語を規則的で誰にでも理解可能な言語に純化し、統一することだった。その目的を達成するために辞書と文法書の編纂を重要な任務にし、アカデミー・フランセーズ辞典が作成された。詳しくはフランスの言語政策参照。イタリア語[編集]
イタリア半島には近代になるまで統一国家が成立しなかったため、様々な方言・地方言語が存在する。ルネサンス期、フィレンツェがイタリア半島の文芸活動の中心地だったため、フィレンツェで主に知識階層が用いていたトスカーナ語が慣例的に標準語に準じる地位となった。そのため、統一国家成立後ローマが首都に定められたが、ローマの方言は標準語にはならなかった。長らく他国でいう標準語と呼ばれるものは存在しなかったが、イタリア放送協会(RAI)によって標準語が定義され、普及した。スペイン語[編集]
スペイン語はスペイン本国のみならず中南米諸国や米国などでも幅広く使われており、標準語の定義は簡単ではない。特定の国内であればその国の首都︵スペインであればマドリード、メキシコであればメキシコシティ、コロンビアであればボゴタ、アルゼンチンであればブエノスアイレス︶の方言が標準語とみなされる傾向にある一方、レアル・アカデミア・エスパニョーラはスペイン語で最も権威のある辞書を編纂しているが、フランス語におけるパリのフランス語のように、スペイン語圏全体において規範的な地位を持つ標準語は存在しない。また、米国で制作され中南米諸国向けに放送されるテレビ番組あるいは映画の吹き替えなどでは、特定の国だけで使われる単語を避け中立的な表現を用いる傾向が強い。とはいえ、方言間での差は比較的小さく、通常は意思疎通を妨げるほどではない。ポルトガル語[編集]
ポルトガル語の場合には、ポルトガル︵イベリアポルトガル語︶とブラジル︵ブラジルポルトガル語︶の2つの変種が標準語となっており、この両者の間では特に発音面で、そして語彙面でも相当の違いがある。欧州内ではポルトガルがEU加盟国であることもあり、イベリアポルトガル語が標準語とされる傾向が強く、1970年代までポルトガルの植民地であったアフリカ諸国でもイベリアポルトガル語が標準語の扱いを受けているが、特に南米諸国や日本においては、ブラジルの圧倒的な存在感からブラジルポルトガル語が標準語とされている。ただ、ポルトガル語圏ではブラジル以外であってもマスメディアや音楽などを通じてブラジルポルトガル語に親しむ機会が多い一方、特にブラジルではイベリアポルトガル語に接する機会が少ないことから、イベリアポルトガル語の聞き取りに支障を来す人も少なくない。ノルウェー語[編集]
ノルウェー語の標準語にはブークモールとニーノシュクの2種類が存在する。ブークモールは、ノルウェーがデンマークの支配下にあった時代に成立したもので、デンマーク語の文語の影響を強く受けている。一方ニーノシュクは、デンマークからの独立後、デンマーク語の影響を受ける以前のノルウェー語に回帰しようとして作られたもので、ノルウェー語の複数の方言が人工的に組み合わされている。現在、公文書や放送ではブークモールとニーノシュクの両方が使われているが、実際にはニーノシュクが標準語として使われる場面は少なく、外国人向けのノルウェー語教材でも通常ブークモールが使われている。脚注[編集]
(一)^ abcFinegan, Edward (2007). Language: Its Structure and Use (5th ed.). Boston, MA, USA: Thomson Wadsworth. p. 14. ISBN 978-1-4130-3055-6 (二)^ Kordić, Snježana (2014) (Spanish). Lengua y Nacionalismo [Language and Nationalism]. Madrid: Euphonía Ediciones. pp. 79–151. ISBN 978-84-936668-8-0. OL 16814702W (三)^ Italian language. language-capitals.com (四)^ abClyne 1992, p. 3. (五)^ Daneš, František (1988). “Herausbildung und Reform von Standardsprachen [Development and Reform of Standard Languages]”. In Ammon, Ulrich; Dittmar, Norbert; Mattheier, Klaus J. Sociolinguistics: An International Handbook of the Science of Language and Society II. Handbücher zur Sprach- und Kommunikationswissenschaft 3.2. Berlin & New York: Mouton de Gruyter. p. 1507. ISBN 3-11-011645-6. OCLC 639109991 (六)^ abcVahid, Ranjbar (2008). The standard language of Kurdish. Iran: Naqd-hall (七)^ 阪口篤義編 (1990)﹃日本語講座第六巻 日本語の歴史﹄︵大修館書店︶の徳川宗賢﹁東西のことば争い﹂ (八)^ 金水敏﹃ヴァーチャル日本語 役割語の謎﹄︵2003年︶ (九)^ abc岡本, 雅享﹁言語不通の列島から単一言語発言への軌跡﹂﹃福岡県立大学人間社会学部紀要 = Journal of the Faculty of Integrated Human Studies and Social Sciences, Fukuoka Prefectural University﹄第17巻第2号、2009年1月8日、11–31頁。 (十)^ 金水敏 (2000年5月18日). “役割語の探求” (PDF). 大阪大学. pp. pp. 1,3. 2009年9月29日閲覧。 (11)^ 宝力朝魯﹁明治後期以降における国語教育への上田万年の影響﹂︵PDF︶﹃東北大学大学院教育学研究科研究年報﹄第53巻第2号、東北大学、2005年3月、pp. 32-33、ISSN 1346-5740、2009年9月29日閲覧。 (12)^ ﹁標準語の設定は各個人がその設定者であるべく、少なくとも責任者であるべし﹂石黒魯平︵昭和25年︶﹃標準語﹄、﹁関西弁を基盤とした標準語の存在を認めよ﹂梅掉忠夫︵昭和29年︶﹃第二標準語論﹄︵真田信治︵1987年︶﹃標準語の成立事情﹄PHP研究所より︶ (13)^ 昭和24年国立国語研究所が福島県白河市を調査した際、東北方言と標準語の中間のような言葉を話す人々がいることが分かり、この言葉なら全国共通に理解しあえるとのことから、国立国語研究所がこれを﹁全国共通語﹂略して﹁共通語﹂と名付けた梅中伸介 (2005年10月6日). “そもそも日本語の﹁共通語﹂ってどうやってできたの?”. R25. リクルート. 2009年9月29日閲覧。真田信治︵1987年︶﹃標準語の成立事情﹄PHP研究所 (14)^ 松村文衛﹁若者言葉を“科学”する﹂﹃at home Time﹄、アットホーム、2002年10月、2009年9月29日閲覧。 (15)^ Smith 1996 (16)^ Blake 1996 (17)^ Baugh and Cable, 2002 (18)^ Smith, 1996 (19)^ “BBC Englishの意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書”. ejje.weblio.jp. 2020年9月7日閲覧。 (20)^ 教師の父の友人で名付け親がジョナサン・スウィフト、息子は劇作家リチャード・ブリンズリー・シェリダン︵メルヴィン・ブラッグ﹃英語の冒険﹄アーティストハウス︶参考文献[編集]
●奥田靖雄 ﹁標準語について﹂︵雑誌﹃教育﹄1957年、通算77号に掲載。のち、﹃読み方教育の理論﹄むぎ書房,1974年,ISBN 9784838400638に再録。︶
●井上ひさし﹃國語元年﹄ - 明治期に標準語制定を任された役人の苦闘を描く。
●山口美知代﹃英語の改良を夢みたイギリス人たち﹄︵開拓社︶ - 英語の改良運動を描く。
●Ammon, Ulrich (1995) (German). Die deutsche Sprache in Deutschland, Österreich und der Schweiz: das Problem der nationalen Varietäten [German Language in Germany, Austria and Switzerland: The Problem of National Varieties]. Berlin & New York: Walter de Gruyter. p. 575. OCLC 33981055
●Baugh, Albert C. and Thomas Cable. 2002. A History of the English Language, fifth ed. (London: Routledge)
●Blake, N. F. 1996. A History of the English Language (Basingstoke: Palgrave)
●Clyne, Michael G., ed (1992). Pluricentric Languages: Differing Norms in Different Nations. Contributions to the sociology of language 62. Berlin & New York: Mouton de Gruyter. p. 481. ISBN 3-11-012855-1. OCLC 24668375
●Joseph, John E. 1987. Eloquence and Power: The Rise of Language Standards and Standard Languages (London: Frances Pinter; New York: Basil Blackwell)
●Kloss, Heinz (1976). “Abstandsprachen und Ausbausprachen [Abstand-languages and Ausbau-languages]”. In Göschel, Joachim; Nail, Norbert; van der Elst, Gaston. Zur Theorie des Dialekts: Aufsätze aus 100 Jahren Forschung. Zeitschrift für Dialektologie und Linguistik, Beihefte, n.F., Heft 16. Wiesbaden: F. Steiner. pp. 301–322. OCLC 2598722
●Kordić, Snježana (2010) (Serbo-Croatian). Jezik i nacionalizam [Language and Nationalism]. Rotulus Universitas. Zagreb: Durieux. p. 430. ISBN 978-953-188-311-5. LCCN 2011-520778. OCLC 729837512. OL 15270636W. オリジナルの8 July 2012時点におけるアーカイブ。 2015年8月5日閲覧。
●Norman, Jerry (1988). Chinese. Cambridge: Cambridge University Press. ISBN 978-0-521-29653-3
●Smith, Jeremy. 1996. An Historical Study of English: Function, Form and Change (London: Routledge)
●Stewart, William A. (1968). “A Sociolinguistic Typology for Describing National Multilingualism”. In Fishman, Joshua A. Readings in the Sociology of Language. The Hague, Paris: Mouton. pp. 529–545. doi:10.1515/9783110805376.531. ISBN 978-3-11-080537-6. OCLC 306499