ワグナーチューバ
(ワーグナーチューバから転送)
ワグナーチューバ︵Wagner tuba、ワーグナーチューバとも︶は、オーケストラで稀に見かける中低音域の金管楽器であり、主にホルン奏者が持ち替えて演奏する。外観は、ドイツや東欧の吹奏楽に用いられるテノールホルンやバリトンとよく似ているが、使われるマウスピースや楽器の構造が異なる。
ワグナーチューバ | ||||||||||
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別称:ワーグナーチューバ、 ヴァーグナーチューバ | ||||||||||
各言語での名称 | ||||||||||
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B♭/F管ダブル・ワーグナーチューバ アレキサンダー社製 | ||||||||||
分類 | ||||||||||
関連楽器 | ||||||||||
音楽・音声外部リンク | |
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ワグナーチューバ | |
The Wagner Tuba ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーによる解説と演奏(ブルックナーの交響曲第7番第2楽章からの抜粋)。同楽団の公式YouTubeチャンネル。 | |
Unexpected Instruments | Wagner Tuba ボストン交響楽団のメンバーによる解説と演奏(R.シュトラウスのエレクトラ・アルプス交響曲とブルックナーの交響曲第9番第3楽章からの抜粋)。同楽団の公式YouTubeチャンネル。 |
成り立ち
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この楽器は、ワーグナーが﹃ニーベルングの指環﹄の上演に当たり、新たな音色を求めて編成に採り入れたものである。
ワーグナーは1853年にパリを訪れ、楽器製作者のアドルフ・サックスの店に立ち寄っており、その経験がワーグナーチューバの成立に影響を与えている。アドルフ・サックスは1840年代にソプラノからコントラバスに至る同属の金管楽器群﹁サクソルン﹂や﹁サクソテューバ﹂﹁サクソトロンバ﹂を次々と考案しているが、フランスで広まりつつあったこれらの楽器は、当時のドイツで使われていた類似の楽器よりも管が細く、華奢な音色が与えられていた。
また、ワーグナーは、金管楽器を音色の異なる4種類のグループに編成しようと考え、トランペットセクションにバストランペット、トロンボーンセクションにコントラバストロンボーンを追加し、ホルンは8本に増強した[1]。
チューバセクションについては、ハ調︵C︶または変ロ調︵B♭︶のコントラバスチューバ︵通常の﹁チューバ﹂︶に、テナーおよびバスチューバを2本ずつ追加する形とした。新しく追加されたチューバをホルン奏者が担当するという事情から、劇場スタッフの一員であり、ホルン奏者でもあったハンス・リヒターが楽器の調達にあたった。﹁ニーベルングの指環﹂のバイロイト初演の前年である1875年に至るまで、ドイツ中のいくつもの楽器工房で試作が繰り返されたという[2]。ドイツでは主にカール・モリッツの製作した楽器が用いられていたと考えられている[2]。
実際、ワグナーチューバ登場以前の類似の楽器は、枚挙に暇がない。例えば1844年にチェコの金管楽器製作者ヴァーツラフ・チェルヴェニーの考案したチューバに似た金管楽器﹁コルノン﹂︵cornon︶は、ホルンと同じような小型のマウスピースを用い、左手でヴァルヴを操作するものであったことが確認できる[3]。テノールホルンやバリトンも、すでに登場していた。従って、リヒターが新しい楽器の製造依頼に奔走したのは、﹁全く新しい楽器の発明﹂というよりも、むしろ﹁ホルン奏者が演奏できるチューバの必要性﹂という切実な事情によったのではないかとも考えられる。
構造
編集種類
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ワーグナーチューバには変ロ調︵B♭︶のテナーとヘ調︵F︶のバスの2種類がある。これらはいずれも移調楽器であり、実音に対して変ロ調テナーが長2度高く、バスでは完全5度高くそれぞれ記譜される。ワーグナー自身は後に記譜法を変更し、変ホ調︵E♭︶のテナー︵長6度高い︶と変ロ調︵B♭︶のバス︵1オクターブと長2度高い︶という形で楽譜を書いている︵﹃ワルキューレ﹄と﹃ジークフリート﹄で見られる︶[4]が、実際の楽器の調性が変わった訳ではない。ワーグナー以後の作曲家は、さらに1オクターブ高く移調して書いている(例‥ブルックナー交響曲第7番、R.シュトラウス﹃エレクトラ﹄[1])。こちらの書き方の方が一般的である[4]。
現在では、ダブルホルンのように一本の楽器でB♭管テナーとF管バスを切り替えて使用できる物も製造されている︵例えば[5][6][7]など︶。ダブルホルンをまねて、ダブル・ワーグナーチューバという名でも知られる。しかし、これはワグナーの想定にはなかった楽器である。
使用法
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ワーグナーチューバはテナー2本とバス2本の4本セットで用いることを想定して登場した楽器であり、ワーグナー以降は、ブルックナーがこの編成を踏襲している。しかし、この用法に限定されず、自由に採り入れられたケースもある︵ストラヴィンスキーの﹃春の祭典﹄、バルトークの﹃中国の不思議な役人﹄ではテナーが2パートのみ、リヒャルト・シュトラウスの﹃アルプス交響曲﹄ではテナーが4パートのみ︶。
なお、スコアに変ロ調のテナーチューバ︵Tenortuba, Tenor Tuba, Tuba tenore、そしてそれらの複数形など︶が指定されている場合は、ワグナーチューバのテナーを想定している場合と、テノールホルンやバリトン、ユーフォニアムが想定されている場合とがある。両者の判別は、ホルンからの持ち替えがあるか否かが決定的であるが、記譜法や、現場の慣例、指揮者の指示により、作曲者の意図とは別の楽器で実演される場合もある。
使用例
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ワーグナーチューバの使用例は決して多いとは言えないが、ワーグナーの﹃ニーベルングの指環﹄の他にも、ブルックナーの第7番・第8番・第9番の交響曲、リヒャルト・シュトラウスの楽劇﹃エレクトラ﹄﹃影のない女﹄や﹃アルプス交響曲﹄、ストラヴィンスキーの﹃火の鳥﹄や﹃春の祭典﹄、シェーンベルクの﹃グレの歌﹄、バルトークの﹃中国の不思議な役人﹄などで見ることができる。
ワーグナーチューバが主役となる作品は極めて限られる。イギリスの作曲家アンドリュー・ダウンズ︵Andrew Downes︶は、2005年に8本のワーグナー・チューバのための︽5 Dramatic Pieces︾を作曲した[8]。ドイツのボーフム交響楽団︵Bochumer Symphoniker︶にはワーグナーチューバによる四重奏団があり、世界中からレパートリーを探している。
脚注
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(一)^ abウォルター・ピストン﹃管弦楽法﹄戸田邦雄 訳、音楽之友社、1967年 ISBN 4-276-10690-7 P.303
(二)^ abAnthony Baines "BRASS INSTRUMENTS" DOVER PUBLICATIONS, INC. New York, 1993 ISBN 0-486-27574-4 P.264
(三)^ Günter Dullat﹃V.F.Červený & Söhne﹄Günter Dullat, Nauheim 2003 P.27-28
(四)^ ab伊福部昭﹃管絃楽法・上巻補遺﹄音楽之友社、1968年 ISBN 4-276-10680-X
(五)^ “ワーグナーチューバ 110|製品紹介|Alexander(アレキサンダー ホルン)”. ヤマハミュージックジャパン. 2020年12月30日閲覧。
(六)^ “4826︵ワーグナー・テューバ︶”. ハンスホイヤー. 2022年2月25日閲覧。
(七)^ “Professional double Wagner Tuba in Bb/F”. Ricco Kühn. 2022年2月25日閲覧。
(八)^ “5 Dramatic Pieces for 8 Wagner Tubas”. www.wagner-tuba.com (2006年6月22日). 2019年2月10日閲覧。
外部リンク
編集- wagner-tuba.com - 英語