ウェルテル効果
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ウェルテル効果︵ウェルテルこうか、英: Werther effect, 独: Werther-effekt︶とは、マスメディアの自殺報道に影響されて自殺が増える事象を指し、これを実証した社会学者のディヴィッド・フィリップス︵David P. Phillips︶により命名された[1]。特に若年層が影響を受けやすいとされる[1]。
﹁ウェルテル﹂は、ゲーテ著の﹃若きウェルテルの悩み﹄︵1774年︶に由来する。本作の主人公、ウェルテルは最終的に自殺をするが、これに影響された若者達が彼と同じ方法で自殺した事象を起源とする[2]。なお、これが原因となり、いくつかの国家でこの本は発禁処分となった[2]。ただし、実在の人物のみならず、小説などによるフィクションの自殺も﹁ウェルテル効果﹂を起こすか否かについては諸説分かれている[1]。
発見
精神科医のジェローム・モット︵Jerome A. Motto︶は1967年、﹁自殺報道の影響で自殺が増える﹂という仮説を確かめるため、新聞のストライキがあった期間に自殺率が減少するかどうかを調べたが、この仮説はデトロイトでしか証明されなかった上、調査手法における様々な問題点が指摘された[1]。 その後、社会学者のデイヴィッド・フィリップスが1974年 、ニューヨークタイムズの一面に掲載された自殺と、1947年から1967年までの全米の月間自殺統計を比較することで、報道の自殺率に対する影響を証明し、これをウェルテル効果と名づけた[1]。 フィリップスの調査は、 (一)自殺率は報道の後に上がり、その前には上がっていない。 (二)自殺が大きく報道されればされるほど自殺率が上がる。 (三)自殺の記事が手に入りやすい地域ほど自殺率が上がる。 等であり、これらは報道が自殺率へ影響を与えることの証明とされた[1]。 この理論は、その後1984年に行なわれたイラ・ワッサーマン︵Ira M. Wasserman︶をはじめとした複数の追試によっても正しいとされた[1]。またフィリップスは、テレビにおける自殺報道にも同様の効果があるとしている[1]。 その後、報道が影響を与えるのは﹁自殺率そのもの﹂ではなく、検死官が自殺と判断するか否かである、との説も提示されたが、フィリップスはこれに対して、﹁検死官の判断により自殺者数が増えるのであれば、その増加分だけ事故死や殺人などの﹃自殺以外の死亡者数﹄が報道後に減少するはずだが、統計上そうはなっていない﹂、と反証している[1]。 また、自殺者は報道があってもなくてもいずれ自殺した、報道は単にその﹁実行時期﹂を早めたに過ぎないのではないか、との意見に対し、フィリップスは、﹁仮にそうだとすれば報道直後に自殺数が増えた分、それ以降は数が減ってなければならないはずだが、統計上はそのようになっていない﹂、と反証している[1]。事例
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日本における事例
古くは、元禄・享保年間︵1700年ごろ︶に活躍した劇作家近松門左衛門は、事件を基にした﹃曽根崎心中﹄︵1703年︶・﹃冥途の飛脚﹄︵1711年︶・﹃心中天網島﹄︵1720年︶など、のちに世話物といわれる心中浄瑠璃の台本を発表し、同時期に紀海音も続いた。ところが、これに触発されて心中が流行したといわれ、享保8年︵1723年︶、幕府は心中物の上演を一切禁止した。新聞報道が未発達な当時、実在した事件に典拠した演劇の効果は、現代のテレビニュース番組などにおける再現ビデオ並みに高く、一種のウェルテル効果に近い現象と言われる。
明治になって1903年︵明治36年︶、無名の一高生、藤村操が﹁人生は不可解である﹂という遺書を残し、華厳滝へ飛び降り自殺した。この事件が新聞で大きく取り上げられた結果、これを真似たかのような事例が続出し社会問題になった。
昭和に入ると、1933年に女学生が 三原山︵伊豆大島︶火口へ投身自殺し、報道後、この年だけで129人が三原山で投身自殺した[3]。太宰治の玉川上水への入水自殺も、多くの後続者を出した例とされる。
1986年︵昭和61年︶に、アイドル歌手の岡田有希子が18歳で飛び降り自殺すると、30名余りの青少年が後を追うように自殺し[4]、﹁そのほとんどが、岡田と同様に高所から飛び降りて自殺した﹂[4]。﹁この影響はほぼ1年続き、1986年はその前後の年に比べて、青少年の自殺が3割増加﹂し[4]、国会の衆議院文教委員会で、江田五月がこの件を採り上げるまでに至る。これがいわゆる﹁ユッコ・シンドローム﹂である。
1998年︵平成10年︶X JAPANのhideが自宅で急逝した件が自殺だったと報道されると、ファンの後追いとみられる自殺が急増した。結果、警視庁の要請により、YOSHIKIをはじめとしたX JAPANのメンバーが、﹁自殺を思い留まるように﹂呼び掛ける記者会見を開くという社会問題にまで発展した。
2011年︵平成23年︶、5月の自殺者、特に20代から30代の女性のそれが、13日から急増。自殺対策支援センター ライフリンク代表で内閣府参与の清水康之は﹃考えられる要因は5月12日に起きたある有名女性タレント︵=上原美優︶の自殺、と言うか、その自殺報道だ﹄[5]と指摘した[6]。
2020年︵令和2年︶、俳優の三浦春馬、女優の芦名星、女優の竹内結子が相次いで自殺したが、いずれも自宅のクローゼットで首を吊っている。これを受けて厚生労働省は同年9月、報道関係者に向けて﹁著名人の自殺に関する報道にあたってのお願い﹂と題する書面により3度に渡って注意喚起を行った。[7]
ウィーンにおける事例
ウィーンの地下鉄では未遂を含め年1,2件程度だった自殺が1984年頃から急増し、ピーク時には未遂を含め年20件程度まで増え、これは自殺報道に起因するものとされた[4]。1987年に精神保健の専門家が自殺報道の方法を定めたガイドラインを策定し、大新聞がこれに従うと、自殺数は急減し、再び年1,2件程度にまで下がった[4]。韓国における事例
インターネットの普及政策が早期であった韓国では、既存マスコミの記事・情報よりインターネット上の情報を上位に見る傾向がある、とされる[要出典]。2007年に起きたU;Neeの自殺原因を嚆矢とする、インターネット上における中傷が深刻な社会問題にもなった。 韓国自殺予防協会は、俳優アン・ジェファンの死亡事件︵2008年︶によるウェルテル効果を懸念し、各メディアに対して﹁メディア報道勧告基準﹂を送り影響を最小限に押さえようとした。これによりマスコミは本件を通常より控えめに報道したとされるが、同年5月25日の川田亜子の練炭自殺と比較して報道したケースもあった[8]。 アン・ジェファンの自殺以降、インターネットには誹謗・中傷が相次ぎ書き込まれ、彼の借金について様々な憶測が飛び交い、女優チェ・ジンシルがその借金の半分以上を貸し出していた、などという虚偽の風説が流布されるまでに至った。その後も噂が噂を生むといった悪循環の結果、同年10月2日にチェが自殺した。 チェの自殺は韓国社会に衝撃を与え、政府・与党は﹁チェ・ジンシル法﹂ことサイバー侮辱罪︵遺族は“故人の冒涜であり残された子どものためにも”と法律にチェの名が冠されることには反対した︶の立法化を掲げ、野党と激しい攻防を繰り返した。その後もマスコミはチェの交友関係などを次々と報道、10月3日には故人と同様の方法で自殺が相次いでいると報道した[9]。 インターネット上の誹謗中傷は他の芸能人にも波及し、新たな自殺者をも生んだ。10月3日にはチャン・チェウォンが、10月6日にはキム・ジフが自殺している。対象の模倣
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「ウェルテル効果」は、ただ後追いをするだけでなく、その事例自体を模倣する点が特徴であるとされる。
『若きウェルテルの悩み』に起因したとされた事例では、その後の自殺者は、「褐色の長靴と黄色のベスト、青色のジャケット」という、小説上に記載された衣装を着用し、彼同様、ピストル自殺を行った、とされる。
岡田有希子、hideの事例においても、後追い者は対象者の選んだ自殺方法などをなぞらえる傾向にあったとされる。
脚注
- ^ a b c d e f g h i j 平成15年度厚生科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)自殺と防止対策の実態に関する研究研究協力報告書マスメディアと自殺 (PDF)
- ^ a b 自殺予防 メディア関係者のための手引き (PDF) (横浜市立大学医学部精神医学教室)
- ^ “伊豆大島小史”. 東京都大島町. 2012年6月6日閲覧。
- ^ a b c d e 情報・通信の活用・マスメディアに望むこと (PDF) (自殺予防総合対策センター)
- ^ 政府が取り組むべき自殺対策 (PDF)
- ^ 自殺者急増はタレント自殺報道の影響? 内閣府参与が報告[リンク切れ]
- ^ “メディア関係者の方へ”. 厚生労働省. 2020年10月11日閲覧。
- ^ 韓国自殺予防協会、有名人自殺による‘ウェルテル効果’憂慮
- ^ チェ・ジンシルさん後追い!? 自殺相次ぐ
関連項目
- 自殺を予防する自殺事例報道のあり方
- 自殺の名所
- 低俗霊DAYDREAM(ウェルテル効果を狙って集団自殺を企てる集団が登場する漫画)
- パパゲーノ効果(ウェルテル効果と対極的な効果を示すもの)