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この項目では、モーツァルトのオペラについて説明しています。伝説上の人物については「ドン・ファン」をご覧ください。 |
﹃ドン・ジョヴァンニ﹄︵Il dissoluto punito, ossia il Don Giovanni︵罰せられた放蕩者またはドン・ジョヴァンニ︶, K.527︶は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが1787年に作曲したオペラ・ブッファ︵あるいはドラマ・ジョコーソ︶である。
概要
初演は、作曲を依頼したプラハのエステート劇場︵スタヴォフスケー劇場︶で同年10月29日にモーツァルト自身の指揮で行われた。また、ウィーンでの初演は1788年5月7日であった。
﹃フィガロの結婚﹄はウィーンではそれほど評判にならなかったが、プラハでは大ヒットし、作曲家が招かれることになった。モーツァルトは街行く人々が鼻歌にフィガロの一節を歌うのに接して大いに感激し、父親への手紙にその評判を書き送っている。その結果、翌シーズンのために新しい作品を依頼された結果できたのがこの作品である。
初演に先立ち、書き掛けの原稿を持ってプラハにやってきたモーツァルトは、友人のドゥシェク夫妻の別荘に滞在して最終仕上げを急いだが、前夜になっても序曲だけは未完成であった。彼は眠気を押さえるために妻コンスタンツェの話を聞いたり飲み物を作ってもらったりしながらほぼ徹夜で総譜を書き上げ、ようやく朝には写譜屋に草稿を渡せたのだという。
台本は﹃フィガロ﹄に引き続きロレンツォ・ダ・ポンテによった。ドン・ジョヴァンニはスペインの伝説の放蕩者ドン・ファンの物語の主人公である。もっとも古い作品はティルソ・デ・モリナ︵1630年︶といわれるが、ダ・ポンテはオペラ化するにあたり、同時代のベルターティの先行作﹃ドン・ジョヴァンニまたは石の客﹄︵1787年︶やモリエールの﹃ドン・ジュアン﹄︵1665年︶を参考にしたものと思われる。特に、ドンナ・エルヴィーラはモリエールの創作と思われ、この作品からの影響は明らかである。
モーツァルトは、この作品を﹁ドラマ・ジョコーソ﹂と呼んだ。ドラマが正調の悲劇を表すのに対しジョコーソは喜劇的の意味であり、作曲者がこの作品に悲喜劇両方の要素を込めたと解釈する研究者もいる一方、単に喜劇の意味であるとする解釈もある。このような議論が生ずる理由の一つは、第2幕の最後に置かれたドン・ジョヴァンニの地獄落ちに至る場面の強烈な音楽や、執拗に彼を追いかけるエルヴィーラの行動と彼女に与えられた音楽に、通常のオペラ・ブッファらしからぬ悲劇性を感じ取ることができるからであろう。
ウィーンでの初演にあたり、当地の聴衆の好みや歌手の希望に応じて一部改訂して上演したが、今日ではプラハ版を元にした上で、ウィーン版で追加されたナンバーのいくつかを追加して上演することが多い。
日本初演は1948年12月14日、東京・帝国劇場において藤原義江、宮本良平、石津憲一、木下保ほかのソロ、マンフレート・グルリット指揮東宝交響楽団によって実現した。
演奏時間は第1幕90分、第2幕80分で、合計約2時間50分
登場人物
ドン・ジョヴァンニ Don Giovanni︵バリトン︶
女たらしの貴族。従者のレポレッロの記録によると、スペインですでに1003人の女性と関係を持ったという。
レポレッロ Leporello︵バス︶
ジョヴァンニの従者。
ドンナ・アンナ Donna Anna︵ソプラノ︶
騎士長の娘でオッターヴィオの許嫁。
騎士団管区長 Il Commendatore︵バス︶
アンナの父。娘を救おうとしてジョヴァンニに殺されるが、石像として彼に悔い改めるよう迫る。
ドン・オッターヴィオ Don Ottavio︵テノール︶
アンナの許婚。
ドンナ・エルヴィーラ Donna Elvira︵ソプラノ︶
かつてジョヴァンニに誘惑され、その後捨てられたブルゴスの女性。始終ジョヴァンニを追い回し、彼を改心させようと試みる。
ツェルリーナ Zerlina︵イタリア語の発音ではゼルリーナ︶︵ソプラノ︶
村娘でマゼットの新婦
マゼット Masetto︵バス︶
農夫。ツェルリーナの新郎
楽器編成
●フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、マンドリン、弦楽合奏
●レチタティーヴォでチェンバロとチェロ
●第1幕フィナーレで舞台上に
●オーケストラ1‥オーボエ2、ホルン2、チェロを欠いた弦楽
●オーケストラ2‥ヴァイオリン︵複数︶、コントラバス
●オーケストラ3‥ヴァイオリン︵複数︶、コントラバス
●第2幕フィナーレで舞台上にオーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、チェロ
あらすじ
序曲は一晩で書かれた。騎士長の亡霊の場面の序と軽快なアレグロからなるソナタ形式。なお、この序曲ははっきりした終結部を持たず、そのままオペラの導入曲につながるので、モーツァルト自身が、演奏会用の華々しい終結部を別に作曲している。
第1幕
幕が開く。時間は明け方。場面はセビーリャ市内、騎士長の邸宅の前で、従者レポレッロはこんな主人に仕える仕事はいやだとぼやいている。ドン・ジョヴァンニはドンナ・アンナの部屋に忍び込んだが、彼女に騒がれ逃げようとした。そこへ騎士長が登場し、ジョヴァンニに斬りかかるが逆に殺される。
騎士長宅から逃れたジョヴァンニがレポレッロを見つけたところで、昔棄てた女のドンナ・エルヴィーラに見つかってしまう。しかしジョヴァンニはその場をレポレッロに任せて去る。残されたレポレッロはエルヴィーラに﹁旦那に泣かされたのはあんただけじゃないよ。イタリアでは640人、ドイツでは231人、しかしここスペインでは何と1003人だ。﹂と有名な﹁恋人のカタログの歌﹂を歌って慰めたつもりになっている。あきれてエルヴィーラは去る。
場面が変わり、マゼットとツェルリーナの新郎新婦が村の若者とともに登場し、結婚の喜びを歌っているところにドン・ジョヴァンニが現れる。早速ツェルリーナに目をつけた彼は皆を自宅に招待して喜ばせる。しかしツェルリーナを自らエスコートしようとするので、マゼットは拒む。ツェルリーナが大丈夫だといい、ジョヴァンニが剣をちらつかせるので、﹁わかりましたよ旦那﹂としぶしぶ引き、妻に皮肉をいって去る。思わぬ展開に半べその彼女を早速ドン・ジョヴァンニが口説く﹁お手をどうぞ﹂のデュオ。ツェルリーナはあっけなく彼に手を取られて屋敷に向かおうとするが、そこに再び現れたエルヴィーラが彼女を連れ去る。
﹁今日はついてないな﹂とぼやくジョヴァンニの前にオッターヴィオとアンナが登場する。ますますまずい。しかし彼女は今朝忍び込んで父親を殺した者がジョヴァンニだとは気づいていない。適当にごまかしてその場を去るが、彼の別れ際のひとことを聞いて、アンナは今朝の男が彼だと気づく。オッターヴィオはまだ信じられない。ここで恋人を慰めるアリアを歌うが、これはウィーン初演のための追加ナンバーである。
場面は変わってドン・ジョヴァンニの屋敷。彼は招待客に酒や料理を振る舞い、﹁皆で元気に酒を飲め、おれはその間にカタログの名前を増やすのだ﹂という﹁シャンパンの歌﹂を豪快に歌う。
再びマゼットとツェルリーナが登場。マゼットは新婦が軽薄で浮気者だと怒っている。新婦は﹁ぶってよ私のマゼット﹂と下手に出て機嫌を取るので、単純なマゼットはすぐに機嫌を直す。
そこにエルヴィーラ、アンナ、オッターヴィオが仮面をつけてやってくる。みんなでダンスをしているとジョヴァンニはツェルリーナを別室に連れて行く。大声をあげる彼女。それをきっかけに3人は仮面を脱ぎ捨て、ドン・ジョヴァンニを告発する。彼はレポレッロを犯人に仕立ててごまかそうとするが、もはや誰もだまされない。大混乱の内に隙をみてジョヴァンニ・レポレッロとも逃げ出し、第1の幕が降りる。
第2幕
夕方。レポレッロが主人にぼやいている。﹁もうこんな仕事はいやだ、お暇をもらいたい﹂というのだが、最終的には金をもらって慰留されてしまう。さて今夜のジョヴァンニはエルヴィーラの女中を狙っている。強引に衣服を取り替えたレポレッロをエルヴィーラの家の前に立たせ、隠れていかにも反省したような嘘をつく。騙された彼女を変装したレポレッロに、どこかに連れ出させてしまうと、彼女の部屋の窓の下でセレナードを歌う︵﹁窓辺に出でよ﹂︶。
そこにマゼットが村の若い衆とともに登場する。みんな棍棒や銃を持ち、これからドン・ジョヴァンニを殺すのだという。これを聞いたジョヴァンニはレポレッロの振りをして皆をあちこちに散開させ、自分とマゼットだけになると、剣の裏側でマゼットを打ち据えて去る。
痛がるマゼットのもとにツェルリーナがやってきて、﹁そんな痛みはこの私が治してあげるわ﹂といって慰める。マゼットの手をとって自分の胸にあて、すっかりその気になって痛みも忘れた新郎といそいそとその場を去る。
さて、エルヴィーラと思わぬデートをする羽目になったレポレッロは、何とかごまかして彼女から離れようとしたが、運悪くアンナとオッターヴィオと出くわしてしまう。逃げようとするとマゼットとツェルリーナとも出会ってしまう。彼がドン・ジョヴァンニだと思っている4人は彼を殺そうとするが、エルヴィーラが現れて命乞いをする。4人は驚くが許そうとしない。しかし、レポレッロがついに正体を明かすので呆れる。レポレッロは平謝りしながら隙をみて逃げ出す。
オッターヴィオは恋人を慰めるアリアを歌うが、ウィーン初演版ではこれはカットされた︵代わりが第1のアリア︶。続いてウィーン版の追加ナンバーで、ツェルリーナがレポレッロを捕らえてひどい目に合わせる二重唱と、エルヴィーラのアリア︵ジョヴァンニの裏切りへの恨みと、彼を忘れられない自分の本心との矛盾に心を乱す内容︶があるが、前者は通常省略される。
真夜中の2時、墓場でレポレッロと落ち合ったドン・ジョヴァンニに対し騎士長の石像が突如口をきく。恐れおののくレポレッロと対照的に、ジョヴァンニが石像を食事に招待するというと、石像はそれを承知する。
オッターヴィオはアンナに結婚を迫るが、アンナは父親が亡くなったすぐ後なので今は適当な時期ではないという。オッターヴィオは非礼を詫びるが、これはアンナにオッターヴィオの真実の愛と誠実さを確信させアンナのアリアへとつながる。
ドン・ジョヴァンニは早速屋敷で食事の支度を始める。楽士が流行の音楽を演奏している。ビセンテ・マルティーン・イ・ソレルの﹃椿事︵"Una cosa rara"︶﹄やジュゼッペ・サルティの﹃2人が争えば3人目が得をする(鳶に油揚、"Fra i due litiganti il terzo gode")﹄という他者のオペラの一節に続き、モーツァルト自身の﹃フィガロの結婚﹄中のアリア﹃もう飛ぶまいぞこの蝶々﹄を演奏する。前年ヒットしたこの作品に託した、作曲者からプラハの聴衆へのサービスである。
晩餐が始まり、ジョヴァンニは旺盛な食欲を見せてレポレッロに呆れられる︵この部分はイ・ソレルの上記の曲の一部からの引用︶。ジョヴァンニが摘まみ食いしているレポレッロをからかっているところにエルヴィーラが登場し、生き方を変えてと懇願する。しかしジョヴァンニがまともに相手にしないので、彼女は諦めて去ろうとする。突然、玄関で悲鳴を上げた彼女は別な出口から逃げ去る。何事かとレポレッロが見に行くとやはり悲鳴を上げて戻ってきた。騎士長の石像が約束どおりやってきたのである。石像はジョヴァンニの手を捕まえ、﹁悔い改めよ、生き方を変えろ﹂と迫る。初めて恐怖を感じながらも執拗に拒否するドン・ジョヴァンニ。ついに﹁もう時間が無い﹂といって石像が消えると地獄の戸が開き、ジョヴァンニを引きずり込む。
そこへエルヴィーラ・アンナ・オッターヴィオにマゼットとツェルリーナが登場する。しかしレポレッロの説明を聞き、彼が地獄に落ちたことを知る。以下プラハ版では、アンナは悪人であるドン・ジョバンニのために1年の喪に服すといい、オッターヴィオも従う。エルヴィーラは愛するドンジョバンニのために修道院で余生を送るという。マゼットとツェルリーナは家にもどってようやく落ち着いて新婚生活を始めようとする。レポレッロはもっといい主人を見つけようという︵ウィーン版ではこれらの部分がカットされている︶。一同、悪事をなすもののなれの果てはこうだと歌い、幕となる。
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