我堂武夫
我堂 武夫 がどう たけお | |
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我堂が再開発を進めた堺駅の西口。リーガロイヤルホテル堺(左)と職住複合ビルのポルタス堺(2009年〈平成21年〉10月撮影) | |
生年月日 | 1904年(明治37年)7月27日 |
出生地 | 堺市 |
没年月日 | 1984年4月15日(79歳没) |
出身校 | 九州帝国大学(現九州大学) |
前職 | 堺市助役 |
当選回数 | 2回 |
在任期間 | 1972年(昭和47年)11月 - 1984年(昭和59年)1月 |
我堂 武夫︵がどう たけお、1904年︿明治37年﹀7月27日[1] - 1984年︿昭和59年﹀4月15日[1]︶は、日本の政治家。大阪府堺市長︵第15代︶。1976年︵昭和51年︶、堺市の政令指定都市移行を目標として発表︵[2]移行は2006年︿平成18年﹀︶。行政改革や財政再建と都市再開発を進め﹁名市長﹂と呼ばれた[3]。
中百舌鳥駅。南海電気鉄道と泉北高速鉄道、Osaka Metro御 堂筋線︵旧大阪市営地下鉄︶が乗り入れている︵2019年︿令和元年﹀11月撮影︶
市長として在任中、堺市は1983年3月25日、﹁非核平和都市﹂を宣言[12]。同年12月3日に中華人民共和国の連雲港市︵東部湾岸江蘇省にある市︶との間で友好都市︵姉妹都市︶提携を締結している[13]。
略歴[編集]
堺市出身[1]。大阪府立堺中学校︵旧制中学校。現大阪府立三国丘高等学校[4]︶、1930年︵昭和5年︶九州帝国大学︵現九州大学︶法文学部を卒業[1][5]。 帝塚山学院講師を経て[6]1936年︵昭和11年︶堺市役所に入った[1]。堺市の助役[1][5]などを経て、1972年︵昭和47年︶10月に浪速医科大学︵仮称、不認可︶をめぐる詐欺・横領で堺市長︵第14代︶を辞職した土師半六の出直し選挙に出馬し、第15代の市長に当選した。市長は3期務め、1984年︵昭和59年︶、3期目の任期満了前の1月に健康問題により、辞職。同年4月に死去した。人物[編集]
前々任で第13代市長の河盛安之介が、人口30万人台の1961年に発表した堺市﹁100万都市構想﹂について、市長として具体化させ整備。1976年に政令指定都市昇格を目指す構想として正式に発表した[2]。同年、泉北ニュータウン入居も始まり堺市の人口は急増し1983年に80万人を突破。2005年︵平成17年︶に美原町と合併し、翌2006年に政令指定都市に移行している。 市長として在任中の主な政策として、1969年から1973年にかけ60%台の財政力指数が一挙90%台と経常収支比率が上がった際、助役に田中和夫︵のちの第16代市長︶を据え行財政の見直しに着手[7]。 行政改革・財政再建と並行して、都市力の向上のため都市再開発にも注力した。市内で最古1888年︵明治21年︶開業で、かつては市の代表駅とされた南海電気鉄道南海本線の﹁堺駅﹂の西口地区︵第一種市街地︶に都市ホテル︵リーガロイヤルホテル堺。現ホテル・アゴーラ リージェンシー堺︶や商業施設・都市型住宅︵ポルタス堺︶を建設。かつての中心地旧・堺港地区の大浜公園などの再開発事業︵ハーバーライト21構想[8][9]︶を推進。市南部でも大阪府立大学のある中百舌鳥地域を副都心として整備[10]を進める一方、ソフトウェア面でも東京都に東京事務所の設置を進めた[11]。脚注[編集]
(一)^ abcdef﹃現代政治家人名事典﹄124頁。
(二)^ ab2019年2月堺市議会平成31年第1回定例会
(三)^ 1992年9月 堺市議会 平成4年第5回定例会
(四)^ “堺市長選で高21回・竹山修身さんが3選”. 大阪府立三国丘高等学校同窓会. 2021年2月10日閲覧。
(五)^ ab中尾敏充, 菅真城, 阿部武司﹁山中永之佑名誉教授に聞く : 大阪大学の思い出(1)﹂﹃大阪大学経済学﹄第61巻第3号、大阪大学経済学会、2011年12月、84-107頁、doi:10.18910/54475、ISSN 0473-4548、NAID 120005680010、2021年5月10日閲覧。
(六)^ 我堂武夫﹃出身県別 現代人物事典 西日本版﹄p849 サン・データ・システム 1980年
(七)^ 1995年 堺市議会 平成7年12月総務委員会
(八)^ “ハーバーライト21構想”. 一般財団法人関西情報センター︵KIIS‥キース︶. 2021年2月10日閲覧。
(九)^ 1994年3月 堺市議会 平成6年第2回定例会
(十)^ 1993年9月 堺市議会 平成5年第4回定例会
(11)^ 1992年9月 堺市議会 平成4年総務委員会
(12)^ “平和 いのち 目次~P1︵PDF‥164KB︶ - 堺市”. 堺市立平和と人権資料館 (2010年9月30日). 2021年2月16日閲覧。
(13)^ “これまでの歩み|堺日中友好協会 - 堺姉妹友好都市協議会”. 堺姉妹友好都市協議会. 2021年2月16日閲覧。
参考文献[編集]
- 『現代政治家人名事典』日外アソシエーツ、1999年。
関連項目[編集]
- 堺市
- 九州大学
- 竹山修身 - 大阪府立三国丘高等学校の後輩(高21回)で第19代の堺市長
公職 | ||
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先代 土師半六 |
大阪府堺市長 1972年 - 1984年 |
次代 田中和夫 |