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日根荘

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日根荘遺跡から転送)
日根荘の位置(大阪府内)
日根荘

日根荘

※座標値は長福寺跡

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日根荘遺跡指定地一覧[編集]

物件名 地区 概要 主要イメージ
火走神社 大木 火走神社を参照。
火走神社
香積寺跡 大木 『政基公旅引付』に記述があり、江戸時代の絵図には光若寺とも記載される。上大木の森林内に基壇と石仏石塔などが残る。
蓮華寺 大木 『政基公旅引付』に記述がある。現在は上大木の集会所として使われている。
毘沙門堂 大木 堂がある一帯は五所谷(御所谷)と呼ばれる中大木の山間中腹に位置し、『政基公旅引付』では御所谷集会所と記載。現在でもが営まれている。
毘沙門堂
円満寺 大木 現在は上大木の集会所として使われている。
円満寺
長福寺跡 大木 九条政基が入荘中の四年間滞在していた寺院慶長16年(1611年)の記録を最後に各種資料から長福寺の記述が消えることから、この頃に廃絶したとみられる。字名に長福寺の呼び名が伝わっており、2002年平成14年)から翌年にかけて発掘調査が行われ遺跡が確認された。現在は埋め戻し保存され、水田となっている。
長福寺跡
土丸雨山城 土丸・熊取町 土丸山は城ノ山とも呼ばれ、南北朝から戦国時代にかけて山城が築かれ、山頂付近に曲輪堀切などの遺構が残る。九条政基が戦乱を避け山城へ籠った記述が『政基公旅引付』にみえる。
雨山山頂
日根神社 日根野 日根神社を参照。
日根神社
慈眼院 日根野 慈眼院を参照。
慈眼院
総福寺 日根野 『日根野村絵図』での禅林寺に比定。『九条家文書』に記述がある天正年間(1573年 - 1592年)創建の天満宮(重要文化財)がある。
総福寺天満宮
野々宮跡 日根野 『日根野村絵図』での丹生大明神。
新道出牛神(しんどうでうしがみ) 日根野 『日根野村絵図』では牛神松として描かれる。農作業に従事するを祀る。
新道出牛神
十二谷池 日根野 『日根野村絵図』では住持谷池。樫井川から井川によって取水。
八重治池 日根野 日根立荘時には既に存在していた自然の
尼津池 日根野 日根立荘時には既に存在していた自然の池で、古くは甘着池と表記。入山田の日根野郷一帯の灌漑を担う水源であった。
井川(ゆかわ) 日根野 樫井川から分水した用水。日根神社・慈眼院の境内を流れ、十二谷池へと至る。
井川


脚注[編集]

関連項目[編集]

座標: 北緯34度41分30.1秒 東経135度47分17.9秒 / 北緯34.691694度 東経135.788306度 / 34.691694; 135.788306