田中桐江
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田中 桐江︵たなか とうこう、寛文8年2月12日︵1668年3月24日︶ - 寛保2年6月26日︵1742年7月27日︶︶は、江戸時代中期の儒学者・漢詩人。柳沢吉保に仕えた。本名を省、字は省吾。桐江は号である。通称富春山人。
生涯[編集]
寛文8年︵1668年︶に出羽国田川郡鶴ヶ岡城下︵現・鶴岡市︶に、田中一信の6男として生まれる。 元禄12年︵1699年︶桐江31歳で徳川家第五代将軍徳川綱吉の大老であった柳沢吉保に仕える。そこで荻生徂徠と知り合い深い親交を持った。 だが、正徳3年︵1713年︶柳沢吉保の奸臣に対して刃傷に及び奥州に逃げ延びる。 その後、光徳寺の僧である獨麟の薦めもあって、奥州から摂津国池田に移り住み、富永仲基などの門下達と﹁呉江社﹂︵ごこうしゃ︶を設立した。 墓所は、大阪府池田市綾羽の大広寺にある。血族[編集]
出版物[編集]
著書[編集]
- 『東海漫遊稿』
- 『樵漁余適』
- 『桐江語録』
- 『愚聞漫抄』
関連書籍[編集]
- 1923年(大正12年) - 『田中桐江伝』 吉田鋭雄(編) 池田史談会(出版)
- 1977年(昭和52年) - 『田中桐江』 鹿島友治(著)(『池田郷土研究 第4号』 池田郷土史学会(出版)に収録。)
- 1977年(昭和52年) - 『田中桐江門人その他』 山内篤(著)(『池田郷土研究 第4号』 池田郷土史学会(出版)に収録。)