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白木太一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

  1959 - 西 20122016[1] 18

来歴

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19823西19853 1992819861989[2] 19929200742012

200218(1788-1792)[3]

担当経験のある科目

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著作

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単著

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2005ISBN 978-4-7791-1101-3

︿2013ISBN 978-4-86459-162-1

︿2016ISBN 978-4-903619-67-5

分担執筆

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19924-88846-033-7

1992ISBN 978-4-634-64180-8

西 1994

,  2000

 2004

 - , ,  2005

()2007ISBN 978-4-88469-505-7

182007ISBN 978-4-7907-1245-9

 2007

論文

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  • 「18世紀ポーランドにおけるジェチポスポリタ(共和国)理念の継承と発展 - コウォンタイの国家改革論をつうじて」(日本西洋史学会、西洋史学) 1994
  • 「18世紀後半におけるポーランドの地方議会改革の意義 : 指示書の権限と参政権資格の見直しをめぐって」(北海道大学、スラヴ研究) 1996
  • 「18世紀後半のポーランドにおけるマグナート支配の構造とその変容 - 右岸ドニエプル地方、ブラツワフ県のポトツキ家の場合を中心に」(東欧史研究会、東欧史研究) 1998.3
  • 「18世紀ポーランドにおける行政権のありかたについて - 常設会議(1775-1789年)の歴史的意義を中心に」(早稲田大学史学会、史観) 2000.9
  • 「近世ポーランド=リトアニア連合国家の地方議会に関する研究動向 - 「共和国」の中央と地方の問題を中心に」 (東欧史研究会 2004年度シンポジウム 東欧における地域・社団と議会主義的伝統)(東欧史研究会、東欧史研究) 2005.3
  • 「聖職者イグナツィ・クラシツキと一八世紀後半のヴァルミア司教区 - ポーランド=リトアニア「共和国」、王国領プロイセン、聖堂参事会、教区行政の狭間で」(大正大学史學會、鴨台史学) 2009.3
  • 「ポーランド一七九一年五月三日憲法 : その沿革、全文の内容、歴史的意義」(大正大学、大正大學研究紀要) 2010.2
  • 「近世ポーランド・リストニアの貴族と名望家」(山川出版社、歴史と地理、世界史の研究239) 2014.5

書評

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  • 『ポーランドの貴族の町 - 農民解放前の都市と農村、ユダヤ人』(山田朋子、法制史學會、法制史研究) 2008

脚注

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  1. ^ "委員会"東欧史研究会公式サイト
  2. ^ "マイポータル"科学技術振興機構「researchmap」2024年2月11日最終更新(2024年2月26日閲覧)
  3. ^ "博士論文書誌"国立国会図書館サーチ. 2024年2月26日閲覧.

関連項目

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外部リンク

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