日本大百科全書(ニッポニカ) 「ファッション・ブック」の意味・わかりやすい解説
ファッション・ブック
ふぁっしょんぶっく
fashion book
ファッションを伝える冊子類の総称。一般にはファッション雑誌fashion magazineあるいはモード雑誌ともいう。類語にパターン・ブックpattern book、スタイル・ブックstyle bookなどがある。パターン・ブックは﹁デザイン︵または型、柄(がら)︶見本帳﹂、スタイル・ブックはさまざまな﹁︵服装の︶型を図示した本﹂ということになるが、後者は元来、印刷活字の見本帳を意味していたものを、服装その他でも借用するようになった。
﹇石山 彰﹈
西洋
ファッション・ブックが他の雑誌と異なる点は、いわば﹁絵や写真や図が本文﹂であるという点にある。すなわち、服飾では媒体の主体が形そのものに置かれているため、ファッション・ブックの発達は版画や印刷術の発達と一体であった。このことは18世紀末から19世紀末までの1世紀余にわたって全盛を誇った、ファッション・プレートfashion plate︵服装図版︶に象徴的に示されている。
西洋の版画は14世紀末から15世紀初めにかけての板目木版に始まるが、その全盛期はむしろ16世紀になってからである。服装版画に類する刊本が現れ始めるのもルネサンス期においてであり、あるものは木版画、あるものはエッチングの手法によって当時の服装を記録したもので、それは17世紀初頭まで続いた。この期を(1)コスチューム・ブック期と名づけることができる。それ以降のファッション・ブックの発達の歴史は、大きくは三つの時代、細かくは六つの時期に区分するのが適当と思われる。
こうして(1)に続く17世紀からの1世紀余を(2)コスチューム・プレート期、さらには両者をあわせてファッション・ブック成立の﹁準備時代﹂と名づけることができる。(2)の時期は版式からすると銅版画、とりわけエッチングの全盛期で、多くの優れた版画家たちが輩出した。おかげで服装版画も質量ともに広がりをみせはするものの、描写の主体は相変わらず現実の衣装記録に置かれていて、流行に対する予測を加味した伝達が企図されたわけではなかった。
ところが18世紀も70年代になると、モードの伝達を意図したプレートが現れ、やがてそれを挿入した﹁女性向けの総合雑誌﹂へと発展する。したがってこの時期は事実上、ファッション・ブックの﹁成立時代﹂であると同時に銅版手彩色によるファッション・プレート期と名づけることができる。その(3)前期に属するものには﹃ザ・レディズ・マガジン﹄The Lady's Magazine 1770~1837︵イギリス︶、﹃ギャルリー・デ・モード﹄Galerie des Modes 1777~1787︵フランス︶、﹃ジュルナル・デ・ダーム・エ・デ・モード﹄Journal des Dames et des Modes 1797~1839︵フランス︶、﹃ラ・ベル・アサンブレ﹄La Belle Assemblée 1806~1868︵イギリス︶、﹃ザ・リポジトリー・オブ・アーツ﹄The Repository of Arts 1809~1828︵イギリス︶、﹃プティ・クーリエ・デ・ダーム﹄Petit Courrier des Dames 1822~1865︵フランス︶などがある。
また(4)後期は黄金期で、すばらしいファッション・ブックが続々と刊行された。代表的なものには﹃モニトゥール・ド・ラ・モード﹄Moniteur de la Mode 1843~1910︵フランス︶、﹃レ・モード・パリジェンヌ﹄Les Modes Parisiennes 1843~1875︵フランス︶、﹃ル・フォレ﹄Le Follet 1831~1875︵フランス︶、﹃ラ・モード・イリュストレ﹄La Mode Illustrée 1869~1940︵フランス︶、﹃ザ・クィーン﹄The Queen 1861~1940︵イギリス︶、﹃ル・サロン・ド・ラ・モード﹄Le Salon de la Mode 1876~1940︵フランス︶、﹃ラール・エ・ラ・モード﹄L'Art et la Mode 1880~1940︵フランス︶などがある。
20世紀に入ると、それまでのファッション・ブックはしだいに近代的な写真版印刷に置きかわり、一度に大量印刷されるようになる。この時代をファッション・ブックの﹁発展時代﹂と名づけるのが適当であろう。このうち20世紀初頭からおよそ第二次世界大戦までの(5)前期は、モノクロの写真版印刷の時代であると同時に三色版印刷の時代であり、それ以後の(6)後期は、カラー写真版印刷時代である。(5)を代表するファッション・ブックには19世紀末に創刊された﹃ハーパーズ・バザー﹄Harper's Bazaar 1867~ ︵アメリカ︶、﹃ボーグ﹄Vogue 1893~ ︵アメリカ、フランス、イギリス︶があり、また20世紀創刊の﹃レ・モード﹄Les Modes 1901~1940︵フランス︶、﹃フェミナ﹄Fémina 1901~ ︵フランス︶、﹃ジャルダン・デ・モード﹄Jardin des Modes 1920~ ︵フランス︶、またユニークな雑誌には﹃ガゼット・デュ・ボン・トン﹄Gazette du Bon Ton 1912~1925︵フランス︶、﹃アール・グー・ボーテ﹄Art-Goût-Beauté 1921~33︵フランス︶などがある。これらの一部は今日も続刊されている。
そうしたもののほか、さらに(6)を代表するものには、﹃コレクシオン・ファム・シック﹄Collection Femme Chic年4回︵フランス︶、﹃バンタン﹄20ans月刊︵フランス︶、﹃エル﹄Elle週刊︵フランス︶など、アメリカのものには﹃グラマー﹄Glamour月刊、﹃セブンティーン﹄Seventeen月刊などがある。イタリアのものでは﹃アミカ﹄Amica週刊、﹃ラカム﹄Rakam月刊の編物・手芸誌が知られている。また、ファッション・ブックの特色の一つは、対象や品物ごとの分化であり、女性を対象とするだけでなく、たとえば﹃メンズ・ウェア﹄Men's Wear隔週刊︵アメリカ︶、﹃ランファンス・エ・ラ・モード﹄L'enfance et la Mode年4回︵フランス︶といった、紳士服や子供服専門の雑誌のほか、花嫁衣装、結髪、化粧、装身具、靴、鞄(かばん)の類にまで及んでいる。
﹇石山 彰﹈
日本
日本でのスタイル・ブック︵1975年ごろまで、一般にはそうよばれた︶の最初は1934年︵昭和9︶創刊の﹃服装文化﹄であり、やがて36年には﹃装苑(そうえん)﹄と改称されたが、第二次世界大戦中は廃刊となり、復刊されたのは46年︵昭和21︶のことであった。その後、洋裁教育の発達とともにさまざまな流行雑誌が現れては消え、消えては現れた。﹃ドレスメーキング﹄の創刊は49年、終刊は93年︵平成5︶である。また﹃モード・エ・モード﹄Mode et Mode︵季刊︶の刊行は1946年からであり、﹃流行通信﹄の刊行は66年からで、両誌とも2001年現在も継続している。日本で﹁ファッション・ショー﹂や﹁ファッション・ブック﹂などといった複合語は別として、﹁ファッション﹂の語が単独で﹁服飾﹂の同義語として定着するのは1970年代以降のことであり、こうして70~80年代はその全盛期となって一般女性誌はもちろん、週刊誌までがファッションを取り扱うようになった。いわばファッションの普遍化ないし常識化である。
一方、1990年代に入ると、いわゆるバブル経済の余波を受けて、一時期沈滞はするものの、21世紀に向かうにつれて落ち着きをみせ、近来は﹃エル﹄﹃ボーグ﹄といった国際誌の日本語版が一般書店で販売されるまでになっている。
﹇石山 彰﹈
﹃石山彰編﹃西洋服飾版画﹄︵1974・文化出版局︶﹄▽﹃遠藤武・石山彰著﹃写真にみる日本洋装史﹄︵1980・文化出版局︶﹄▽﹃石山彰編著﹃ファッション・プレート全集﹄全5巻︵1983・文化出版局︶﹄▽﹃石山彰編著﹃アール・ヌーヴォーの華――世紀末のファッション・プレート﹄︵1986・グラフィック社︶﹄▽﹃石山彰編著﹃アール・デコのファッション・プレート﹄︵1988・グラフィック社︶﹄▽﹃G・エルコリ著、末永航他訳﹃アール・デコのポショワール――手彩色版画の魅力﹄︵1992・同朋舎出版︶﹄▽﹃伊藤紀之監修﹃アール・デコのファッション・ブック﹄︵1996・岩崎美術社︶﹄▽﹃Vyvyan HollandHand Coloured Fashion Plates︵1955, Batsford, London︶﹄▽﹃Doris Langley MooreFashion through Fashion Plates︵1971, Clarkson N. Potter, New York︶﹄▽﹃Julian RobinsonThe Brilliance of Art Deco︵1988, Bay Books, Sydney︶﹄▽﹃Madeleine GinsburgParis Fashion︵1989, Bracken Books, London︶﹄
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