竜泉 (台東区)
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竜泉 | |
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一葉記念館 | |
北緯35度43分30.91秒 東経139度47分34.53秒 / 北緯35.7252528度 東経139.7929250度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 東京都 |
特別区 | 台東区 |
地域 | 下谷地域 |
人口 | |
• 合計 | 8,805人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
110-0012[2] |
市外局番 | 03[3] |
ナンバープレート | 足立 |
竜泉︵りゅうせん︶は、東京都台東区の町名。現行行政地名は竜泉一丁目から竜泉三丁目。郵便番号は110-0012[2]。
地理[編集]
台東区の北部に位置し、下谷地域に属する。東部は土手通りに接し、これを境に日本堤に接する。南東部は千束に接する。南部は入谷に接する。西部は昭和通りに接しこれを境に下谷に接する。北端は根岸に接する。北部は三ノ輪に接する。商店やビル、寺院、住居などが混在している。下谷に所在する下谷警察署および東上野に所在する上野消防署 の管轄に当たる。歴史[編集]
慶長から元和頃に龍泉寺が創建され、辺り一帯を所領とし、これが龍泉寺村︵竜泉寺村︶と呼ばれるようになった。その後天領を経て、正保年間より寛永寺領となった。明暦の大火後吉原遊廓が村内日本堤に移転し、新吉原となった。1679年︵延宝2年︶頃、新吉原へ向かう現在の茶屋町通り沿いに町並みが形成され、1745年︵延享2年︶これが下谷竜泉寺町として町奉行支配となり、1869年︵明治2年︶竜泉寺村との混同を避けるため下谷竜泉町に改称された。 1889年︵明治22年︶下谷竜泉町、竜泉寺村、千束村の一部・三ノ輪村飛地が北豊島郡から下谷区に編入され、1891年︵明治24年︶これらが下谷竜泉寺町となった。1893年︵明治26年︶より翌年にかけて樋口一葉が居住し、﹃たけくらべ﹄の舞台とされている。1911年︵明治44年︶下谷の冠称を外した。新住居表示施行により1965年︵昭和40年︶竜泉一・二丁目、翌年三丁目が成立した。世帯数と人口[編集]
2020年︵令和2年︶12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。丁目 | 世帯数 | 人口 |
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竜泉一丁目 | 1,443世帯 | 2,435人 |
竜泉二丁目 | 1,691世帯 | 3,159人 |
竜泉三丁目 | 1,924世帯 | 3,211人 |
計 | 5,058世帯 | 8,805人 |
小・中学校の学区[編集]
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4]。
丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
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竜泉一丁目 | 全域 | 台東区立金曽木小学校 | 台東区立柏葉中学校 |
竜泉二丁目 | 1~19番 | ||
その他 | 台東区立東泉小学校 | ||
竜泉三丁目 | 全域 |