オマー
オマー | |
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ウェルカムサイン | |
北アイルランドにおけるオマーの位置 | |
人口 | 19,910人 (2001年国勢調査) |
県 | |
構成国 | 北アイルランド |
国 | イギリス |
郵便地域 | OMAGH |
郵便番号 | BT78, BT79 |
市外局番 | 028 |
警察 | 北アイルランド |
消防 | 北アイルランド |
救急医療 | 北アイルランド |
欧州議会 | 北アイルランド |
公式サイト | 公式ウェブサイト |
オマー︵英: Omagh、英語発音: [ˈəʊmə][3]ないし[ˈəʊmɑː]︶は、イギリスの北アイルランド、ファーマナ・アンド・オマーの中心都市。ドランラフ川とカモウェン川がストラール川となる合流点に位置する。2001年の人口は1万9910人で、県内で最も多い。オマー郡議会と西部教育・図書館委員会の本部が置かれている。
歴史[編集]
オマーはアイルランド・ゲール語で﹁前人未到の平原﹂を意味するアン・オーマイ (an Ómaigh) [4]を英語風にしたものである。792年ごろフランシスコ会が修道院を建て、1610年に町となった。1641年の反乱ではティロン県東部からの難民をかくまった。ボイン川の戦いが起きた1689年にはジェームズ2世がロンドンデリーへの道中に立ち寄ったため、ウィリアム3世の勢力から焼き討ちを受けた。
1768年にダンガノンに代わり、ティロン県の県都となった。1852年にデリー、1853年にエニスキレン、1861年にベルファストとの間に鉄道が開通。1881年には兵営が築かれ、1899年になるとティロン県立病院が開業した。同院ではいま、医療サービスを維持するためのキャンペーンが行われている。1957年にグレート・ノーザン鉄道委員会がオマー=エニスキレン線を[5]、1965年にはアルスター交通協会がポータダウン=オマー=デリー線を廃止した[6]ため、オマーを通る鉄道はなくなった。町内のセント・ルシア兵営も2007年8月1日をもって閉鎖された。
当地を訪ねたことのある人物にはエリザベス2世、チャールズ3世、ビル・クリントン︵米大統領︶とその妻ヒラリー・クリントン、メアリー・マッカリース︵アイルランド大統領︶、トニー・ブレア︵英首相︶などが挙げられる。
冬のあいだ、オマーでは降雪が当たり前となる。写真はストラール川
1969年の大洪水で浸水したストラール通り
アイルランドの観測史上最低気温である-19.4℃を記録したことがある[8]。しばしば洪水に悩まされ、わけても1909年、1929年、1954年、1969年、1987年、1999年、最近では2007年6月12日のものは大洪水であった。その結果、ストラール川の堤防建設など、被害を最小限にする対策が講じられてきた。蛇行する川の両岸は開発に不向きなため、緑地帯や遊歩道、公園に整備されている。
大学のエレベーターから町内を見る
オマー・カレッジ
オマーにはすべてのレベルで幅広い分野の教育機関がある。ホスピタル街のカンプシー・ハウスには西部教育・図書館委員会の本部が置かれている。
事件[編集]
1998年8月15日、オマーは国際的にメディアの耳目を集めた。この日、リアルIRAが町内に仕掛けた自動車爆弾が炸裂し、女性と子どもを含む29人が死亡、100人以上がけがをした。 2011年4月にも自動車爆弾テロがあり、ロナン・ケア巡査が殉職した。事件から1ヵ月後に元IRA暫定派のグループが犯行声明を出した[7]。地理[編集]
地区[編集]
人口は2001年国勢調査の統計に基づく。 ●カモウェン︵Camowen、2377人︶ ●クールナガード︵Coolnagard、2547人︶ ●ダーグモニー︵Dergmoney、1930人︶ ●ドランラフ︵Drumragh、2481人︶ ●ゴートラッシュ︵Gortrush、2786人︶ ●キリークロファー︵Killyclogher、2945人︶ ●リサネリー︵Lisanelly、2973人︶ ●ストラール︵Strule、1780人︶タウンランド[編集]
オマーはドランラフ教区のオマー・タウンランド︵アイルランド独特の土地区画︶に生まれた町である。時とともに、市街は下記のような郊外のタウンランドにも拡大していった。 ●カンプシー (Campsie) ●コニーワーレン (Conywarren) ●下クールナガードおよび上クールナガード (Coolnagard Lower, Coolnagard Upper) ●クリーヴェナフ (Creevenagh) ●カルモア (Culmore) ●下ダーグモニーおよび上ダーグモニー (Dergmoney Lower, Dergmoney Upper) ●ゴーティン (Gortin) ●ゴートモア (Gortmore) ●キリーブラック (Killybrack) ●キリークロファー (Killyclogher) ●ラミー (Lammy) ●リサネリー (Lisanelly) ●リスナマラード (Lisnamallard) ●リサン (Lissan) ●マラフモア (Mullaghmore) ●セデナン (Sedennan) ●ストローロイ (Straughroy)気候[編集]
人口統計[編集]
北アイルランド統計・調査エージェンシー (NISRA) は、オマーを大規模タウン型入植地に分類している。人口は1万9910人︵2001年国勢調査︶で、内訳は下記の通り。 ●16歳以下が24.8%、60歳以上が14.9%。平均年齢は34.0歳 ●男性が48.9%、女性が51.1% ●カトリック系が68.2%、プロテスタント系が29.5% ●16歳から74歳の3.9%が失業者 ●北アイルランド以外の生まれが13.8%人口の推移[9][編集]
●1981年 - 1万4627人︵国勢調査︶ ●1991年 - 1万7280人︵国勢調査︶ ●2000年 - 1万8031人︵推計︶ ●2001年 - 1万9910人︵国勢調査︶ ●2010年 - 2万2834人︵見積もり︶見どころ[編集]
観光名所[編集]
郊外のアルスター・アメリカン・フォーク・パークにはトマス・メロンの生家が保存されている。彼は1813年にこのコテージで生まれ、5歳でアメリカのペンシルベニア州に移民するまでを過ごした。トマスの息子が﹁鉄鋼のカーネギー、銀行のメロン﹂と言わしめたかのアンドリュー・メロンである。園内は1800年代のアイルランド人︵とりわけアルスター︶の移民の足跡を展示する野外博物館になっており、復活祭︵イースター︶、クリスマス、アメリカ独立記念日、ハロウィーンには大規模なイベントが行われる。毎年ブルーグラスの音楽祭も開かれる。2003年度の入場者数は12万7000人を数えた[10]。 市街の北16kmの森のなかにはゴーティン・グレンズ森林公園があり、滝や湖の自然を楽しめる。 中心市街地には2007年、都市再開発事業の一環としてストラール芸術センターがオープンした。ストラール川とハイ街の中間にモダンな市民センターを建てることで、さびれた区域の活性化をはかるよい例である。公園[編集]
子ども向けの公園が20箇所以上あり[11]、ほとんどが緑におおわれている。そのなかで最も大きいのは、市街近郊のグランジ公園である。蛇行するストラール川沿いにも、多数のオープンスペースが整備されている。オマー・レジャー・コンプレックスはグランジ公園近くの大きな市民公園で、11ヘクタールのグラウンドのほか娯楽施設、ボート競技のための池、人工芝の競技場、自転車道などがある。ショッピング[編集]
県の中心部に位置するゆえ、デリーやレターケニーを出し抜き西アルスターの小売の中心地となっている。2000年からの4年間で8000万ポンド以上の資本が投資され、6万960平方メートルの土地が新たに小売関連の用地となった。主なショッピングセンターにはメイン・ストリート・モール、グレート・ノーザン・ロード・リテール・パーク、セダン通りのショウグラウンズ・リテール・パークが挙げられる。ハイ街にも小売店が連なる。交通[編集]
往年の鉄道[編集]
鉄道は町はおろか、郡内にも通っていない。 1852年9月3日にアイルランド規格の1600mmのロンドンデリー・アンド・エニスキレン鉄道 ︵L&ER) が開通し[12]、1854年にエニスキレンまで延伸された[13]。1861年にはポータダウン・ダンガノン・アンド・オマー連絡鉄道 (PD&O) がオマーに到達[13]、後にポータダウンとデリーとをむすんだことで﹁ザ・デリー・ロード﹂の異名をとった[14]。グレート・ノーザン鉄道 (GNR) は1876年にPD&Oと合併し[15]、1883年にはL&ERと統合した[15]。 1957年、北アイルランド政府はGNRのオマー=エニスキレン線を廃止[5]。残るGNRの路線は翌年にアルスター交通協会に委託され、1963年のいわゆる﹁ベンソン報告﹂を受けて﹁デリー・ロード﹂も1965年2月15日に廃線となった[12][16][17]。線路跡には後に道路が敷かれた。幹線道路[編集]
●A32号︵オマー - エニスキレン - バリーナモア︶ ●A5号︵ストラバーン - オマー - モナハン - アシュバーン - ダブリン︶ ●A4号︵オマー - ダンガノン - ベルファスト︶ ●A505号︵オマー - クックスタウン︶教育[編集]
- 初等学校
- セント・コームシルズ小学校
- クライスト・ザ・キング小学校
- ギブソン小学校
- ロレート小学校
- オマー県立小学校(および附属幼稚園)
- オマー・インテグレーテッド小学校
- セント・メアリーズ小学校
- セント・コナーズ小学校
- ゲール語小学校(および附属幼稚園)
- リカーソン小学校
- グラマースクール/中等学校
- クリスチャン・ブラザーズ・グラマースクール
- ドランラフ・インテグレーテッド・カレッジ
- ロレート・グラマースクール
- オマー・アカデミー
- オマー高等学校
- 聖心カレッジ
- 大学
- オマー継続教育カレッジ
メディア[編集]
- 地元紙および地元誌
- オマー・トゥデイ (Omagh Today)
- ティロン・アドバータイザー (Tyrone Advertiser)
- ティロン・コンスティテューション (Tyrone Constitution)
- ティロン・ヘラルド (Tyrone Herald)
- アルスター・ヘラルド (Tyrone Herald)
- ローカルラジオ局
町内のマーケット街にQ101.2 FM Westという局があり、BBCラジオ・アルスターもオマーにスタジオを構えている。
2008年12月には4週間にわたって、コミュニティラジオ局の﹁ストラールFM﹂が試験放送を行った。番組の司会者や歴史家、サウス・ウェスト・カレッジの学生らが共同でプロデュースし、地元の耳より情報と音楽を組み合わせた番組を放送した。このプロジェクトは2009年度ソニー・ラジオ・アカデミー賞のコミュニティラジオ部門で銅賞を受賞した。
スポーツ[編集]
ゲーリック・ゲームズ[編集]
スポーツではゲーリック・ゲームズ、わけてもゲーリックフットボールの人気が高い[要出典]。町内にはヒーリー・パークを本拠地とするオマー・セント・エンダズと、クラナボーガンを本拠地とするドランラフ・サーズフィールズの2つのクラブがある。 ヒーリー・パークはゴーティン街にあるゲーリック体育協会 (GAA) の拠点スタジアム。収容人員は2万5000人ほどで[18][19]、照明灯を有する競技場としてはアルスター初である。ティロン県シニア・フットボール選手権大会の後半戦や県内のホームゲーム、それに他県のクラブ同士で中立的な競技場を要するゲームに使われる[20]。サッカー[編集]
2005年にオマー・タウンFCが消滅してから、サッカークラブは一つもない。ラグビー[編集]
主に地元住民から成る、アマチュアチームのオマー・アカデミカルズがある。ゆかりの人物[編集]
●ウィリー・アンダーソン - ラグビー選手、コーチ ●チャールズ・ビーティー - 競売人、政治家 ●ジミー・ケネディ - 作詞家。作詞・作曲家殿堂入り ●ベネディクト・カイリー - 作家、ジャーナリスト ●リンダ・マーティン - ミュージシャン。ユーロビジョン・ソング・コンテスト1992優勝 ●パトリック・マカリニー - 俳優[21] ●フランキー・マクブライド - カントリー歌手 ●ロバート・マクドナルド - カナダのサッカー選手 ●ジョー・マクマホン - ゲーリックフットボール選手 ●ジャスティン・マクマホン - ゲーリックフットボール選手 ●ジェラード・マクソーリー - 俳優[22] ●サム・ニール - ニュージーランドの俳優 ●パット・シャーキー - サッカー選手 ●イバン・スプルール - サッカー選手 ●ジュリエット・ターナー - シンガー・ソングライター ●ドナ・タッガート - 歌手 ●アーティー・マクグリン - ギタリスト ●第6代ウェストミンスター公ジェラルド・グローブナー - 世界的富豪 ●アーロン・マコーマック - 実業家。世界経済フォーラムの﹁ヤング・グローバル・リーダーズ﹂のひとり ●ダリル・シンプソン - ミュージシャン、テノール歌手 ●ブライアン・フリール - 脚本家 ●フィリップ・ターベット - バス、クラリネット、サックス奏者 ●ジャネット・デブリン - The X Factorの2011年度ファイナリスト対外関係[編集]
姉妹都市・提携都市[編集]
国内[編集]
イースト・キルブライド︵スコットランド国 ストラスクライド地方 サウス・ラナークシャー州︶国外[編集]
ライ・レ・ローズ︵フランス共和国 イル・ド・フランス地方 ヴァル・ド・マルヌ県︶脚注[編集]
(一)^ 2006 annual report in Ulster-Scots – North/South Ministerial Council
(二)^ Guide to Beaghmore stone circles – Ulster-Scots Department of the Environment.
(三)^ G. M. Miller, BBC Pronouncing Dictionary of British Names (Oxford University Press, 1971), pg. 110
(四)^ Placenames Database of Ireland
(五)^ abBaker, Michael H.C. (1972). Irish Railways since 1916. London: Ian Allan. pp. 153, 207. ISBN 0 7110 0282 7
(六)^ Baker, 1972, pages 155, 209
(七)^ Suzanne Breen (2011年4月22日). “Former Provos claim Kerr murder and vow more attacks”. Belfast Telegraph 2011年4月26日閲覧。
(八)^ Premier Irish Forestry Fund
(九)^ World Gazeteer
(十)^ Ulster American Folk Park
(11)^ Omagh District Council
(12)^ ab“Omagh station”. Railscot – Irish Railways. 2007年11月22日閲覧。
(13)^ abHajducki, S. Maxwell (1974). A Railway Atlas of Ireland. Newton Abbott: David & Charles. map 7. ISBN 0 7153 5167 2
(14)^ FitzGerald, J.D. (1995). The Derry Road. Colourpoint Transport. Gortrush: Colourpoint Press. ISBN 1 898392 09 9
(15)^ abHajducki, op. cit., page xiii
(16)^ Hajducki, op. cit., map 39
(17)^ Baker, op. cit., pages 155, 209
(18)^ “World Stadiums”. 2011年3月7日閲覧。
(19)^ “Healy Park, Omagh”. Ulster Colleges GAA. 2011年3月7日閲覧。
(20)^ GAA
(21)^ Patrick McAlinney - IMDb︵英語︶
(22)^ Gerard McSorley - IMDb︵英語︶