ダイクマ
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種類 | 株式会社 |
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本社所在地 |
日本 〒370-0841 群馬県高崎市栄町1番1号 |
設立 | 1951年4月 |
業種 | 小売業 |
事業内容 | 家電・情報家電等の販売 |
代表者 | 松田佳紀(代表取締役社長) |
資本金 |
42億43百万円 (2012年2月29日現在) |
発行済株式総数 | 11,699,000株 |
売上高 | 1079億77百万円(2012年2月期) |
営業利益 | 19億96百万円(2012年2月期) |
純利益 | 18億95百万円(2012年2月期) |
純資産 | 312億71百万円(2012年2月期) |
総資産 |
408億60百万円 (2012年2月29日現在) |
従業員数 | 761人(2013年3月31日現在) |
決算期 | 2月末日 |
主要株主 | ヤマダ電機 100% |
外部リンク | 公式サイト(閉鎖) |
特記事項:2013年6月1日に、ヤマダ電機が権利義務全部を継承して解散 |
株式会社ダイクマは、神奈川県を中心にディスカウントストアを展開していた企業。2013年6月1日に株式会社ヤマダ電機︵現・ヤマダホールディングス︶に吸収合併された[1]。
概要
合併直前の本社は、ヤマダ電機︵現‥ヤマダホールディングス︶と同じ群馬県高崎市にあった。かつては神奈川県平塚市にあったが、空ビルになったのち解体され、跡地はサンドラッグ平塚夕陽ケ丘店となった。 秦野市で呉服店として創業。1968年﹁大工の熊五郎﹂として現在で言うところのホームセンター事業へ業態転換。1978年イトーヨーカ堂と資本提携し、同社の子会社となったことをきっかけに商号を﹁大工の熊五郎﹂から﹁ダイクマ﹂へ変更し、総合ディスカウントストア事業へ業態転換した。 1990年代以降デフレーションの時代を迎え、同業のアイワールド、ロヂャース、ダイエーの展開するトポス・Dマート、オーケー、ドン・キホーテ、Olympicなどとの激しい競合にさらされた。その結果経営不振となり、2002年5月にアイワイグループ再編の一環として総合家電量販店チェーンのヤマダ電機に売却された[2]。 ヤマダ電機への売却後、平塚・横浜・いずみ中央・磯子・茅ケ崎・渋沢・厚木・久里浜の8店舗がダイクマとして営業を続け、その他のダイクマはヤマダ電機テックランドに転換された。しかし、家電量販店の形態︵テックランド︶ではディスカウントストアと比較して品揃えが悪く、売り上げが伸び悩んだ。その後、建物内でダイクマとヤマダ電機が同居する形で電気製品以外の製品も取り扱う新業態として﹁Newダイクマ﹂に名称を変更し、持ち直した。このことから、ダイクマ出店地域外の一部のヤマダ電機店舗︵宮崎・日向店や富山・魚津店、奈良・奈良本店︶においても、店内にダイクマを併設し、実験店としていた時期があった︵現在は、ダイクマの名称は使用しておらず、ヤマダデンキの生活雑貨取扱店舗として扱われている︶。当時の店内はドン・キホーテを意識したと思われるPOPや圧縮陳列が目立ち、営業時間が深夜までの店舗も存在した。また、﹁Newダイクマ﹂の名称は看板のみで、店内では再び﹁ダイクマ﹂の名称を使うようになっていった。 ヤマダ電機のポイントカード︵ヤマダポイントカード・ヤマダLABIカード︶も使用可能となっている。Newダイクマ発足当時はダイクマオリジナルのポイントカードも存在したが、現在は中止しヤマダ電機のポイントカードと共通化されており、ロゴは﹁YAMADA New D ダイクマ﹂とLABI各店やテックランドと異なるデザインカードを使用していた。 電化製品を買って貯まったポイントが食料品等で消費されることになる。食料品と電化製品を比較すると食料品の方が原価率が低いため、ポイントによる損失が少なくなり、ダイクマの存在はヤマダ電機にとっても比較的プラスに働いている。 2010年9月1日付で関西ヤマダ電機・東海テックランド・中四国テックランド・テックサイトを吸収合併している[3]。 2013年5月31日付けでサトームセンとともに親会社のヤマダ電機へ吸収合併された際に、﹁ダイクマ﹂の店名は継続使用される[4]こととなったが、2014年冬~2015年にかけて行われたヤマダ電機の全店改装の際に、﹁ダイクマ﹂﹁Newダイクマ﹂の記載がある店舗看板は原則撤去されており、現在は事実上ヤマダデンキの生活雑貨取扱店と同様の扱いとなっている。 なお、テックランドで自転車の取り扱いをしているのは旧ダイクマ店のみである。ただし府中店など、建て替えをした一部店舗では取り扱いをしていない。-
Newダイクマの店舗例
現在の店舗
埼玉県
●[420]大宮店︵1992年11月6日 - 2002年7月14日︶、テックランド・Newダイクマ大宮店︵2003年5月2日 - ︶見沼区南中丸︵旧大宮市︶ 埼玉県進出2店舗目として1992年にダイクマ大宮店として単独店舗でオープン。 1階にはファーストフード﹁ピーターパン﹂が入居しており、お好み焼きやラーメンなど販売していた。︵のちに閉店︶ 2002年にヤマダ電機テックランド大宮店に転換されたが、再度同じ場所にダイクマが同居する形で﹁テックランド・Newダイクマ大宮店﹂として再オープンした。神奈川県
●[417]上山店﹁かみやま﹂︵1990年6月 - ︶ 横浜市緑区上山 ●[426]厚木店︵1996年3月29日 - ︶ 厚木市長谷 ダイクマ厚木店としてスーパー三和と共同出店で開店した。2003年6月21日よりテックランド・Newダイクマとして営業している。 テックランド厚木店がすでにあったため、正式名称はテックランドダイクマヤマダ厚木店である。 黄色に塗装されなかった店舗だが、2015年の改装により外壁のダイクマサインは撤去された。 ●﹇405﹈→﹇431﹈海老名店︵1975年11月22日 - ︶ 海老名市中央 現在の店舗は旧海老名店の駐車場用地に建てられ1998年11月20日から営業している。 2002年よりテックランド・Newダイクマ海老名店として営業している。 旧海老名店の店コード﹇405﹈元ボウリング場の建物を利用して営業していた。 店舗移転の際に店コード﹇405﹈から﹇431﹈に変更された。理由は旧店舗を閉店、新店舗を新規開店したという扱いのためである。 ●[410]平塚店︵1979年10月3日 - ︶ 平塚市上平塚 ヤマダ電機売却前の2002年春に﹁新しいダイクマ﹂をコンセプトに改装を行った。 2002年10月18日よりテックランド・Newダイクマ上平塚店として営業している。 テックランド平塚店がすでにあったため、平塚店 → 上平塚店となった。閉店した店舗
埼玉県
●[422]入間店︵1993年11月 -2002年1月? ︶ 入間市東藤沢 開店当初はダイクマ単独で営業していたが、途中で1階にベスト生鮮館が出店しダイクマは2階で売場を縮小したうえで営業するようになった。 その後、ベスト生鮮館が撤退したのを機に1階へダイクマが移動し、2階にてダイソーが入居しオープンした。 不採算店舗としてヤマダ電機売却前に田奈店と同時期に閉店。 家電住まいる館YAMADA入間店として単独営業している。 ●[419]浦和店︵1991年11月26日 - ︶ さいたま市桜区上大久保︵旧浦和市︶ 埼玉県進出の1号店で、ダイクマ浦和店として開店した。 売り場が3フロアあり、ダイクマとしては規模が大きい店だった。 2002年10月18日よりテックランド・Newダイクマ浦和埼大通り店として営業していた。 ヤマダ電機テックランド浦和店が既にあったため、店舗名称が浦和店 → 浦和埼大通り店となった。 2018年7月13日より、家電住まいる館YAMADA浦和埼大通り店として営業している。東京都
●[416]武蔵村山店︵1990年4月 - ︶ 武蔵村山市三ツ藤 ダイクマ武蔵村山店として開店した。2002年7月26日より、テックランド・Newダイクマ武蔵村山店として営業していた。 2019年3月8日、新業態のYAMADAホールセール武蔵村山店としてリニューアルした。ゴルフ・スポーツ用品などが多くなり、通常のテックランド店舗よりも過去のダイクマ寄りになった。当店を最後に、東京都内からNewダイクマ店舗が消滅した。 ●[415]南平店﹁みなみだいら﹂︵1988年12月9日 - 2016年10月2日︶東京都日野市南平 ダイクマ南平店として開店した。2002年よりテックランド・Newダイクマ南平店して営業していた。 建物は現在建て替えられ、ヤオコー日野南平店となっている。 ●[407]常盤店 → 町田トキワ店︵1976年12月10日 - ?︶ 町田市常盤町 元ボウリング場の建物を利用して営業していた。 現在はコープみらいときわ店となっている。 ●[425]町田店︵1995年4月28日 - 2002年?月?日︶ → 町田本店︵2003年4月 - 2018年4月8日︶ 町田市旭町 ダイクマ町田店として開店した。2003年4月よりテックランド・Newダイクマ町田本店として営業していた。 2015年7月の改装で、ダイクマの看板が撤去された。 その後、2018年4月27日町田駅前にヤマダ電機 テックランドレミィ町田店が開業するのに伴い移転した。 大規模改修を経て、現在は﹁ままともプラザ町田﹂となっている。 ●[428]府中店︵1997年4月10日 - ︶東京都府中市 府中街道バイパス沿いに府中市が誘致した﹁府中ショッピングスクエア﹂内にダイクマ府中店としてサミットストア府中西原店、家具の宝船とともに併設で開店。 2002年10月25日、ダイクマの売場を残さない形で改装し、ヤマダ電機テックランド府中店として開店。サミット府中西原店、スポーツオーソリティ府中店が併設されていた。 2021年1月11日スポーツオーソリティ府中店が完全閉店、跡地を増床全面改装し2021年3月12日よりYAMADA New web.com府中店としてリニューアルオープンした。大塚家具や自転車の取り扱いが増え﹁府中ショッピングスクエア﹂開店当初に近いフロア構成になった。サミットストア府中西原店は現存。 ●[423]立川店︵1993年12月3日 - 2016年9月25日︶東京都立川市富士見町 JR西立川駅近くにダイクマ立川店として開店した。2002年からテックランド・Newダイクマ立川店として営業していた。 その後JR立川駅前にヤマダ電機 LABI LIFE SELECT 立川︵2016年11月18日 - ︶が開業するのに伴い、閉店した。[5] ●[432]平和台駅前店︵1999年3月25日 - ︶東京都練馬区平和台 東京23区内初進出のダイクマ平和台駅前店として開店した。フロア構成は地下1階と1階が売場で、2階より上が立体駐車場となっている。 2002年8月16日よりテックランド・Newダイクマ平和台駅前店として営業していたが2015年頃よりNewダイクマの名前がなくなりヤマダ電機テックランド平和台駅前店となっている。しかし地下1階フロアはゴルフ用品や自転車、日用雑貨品などを取り扱い他のNewダイクマ店舗と変わらない。神奈川県
●[434]久里浜店︵2000年12月15日 - ︶ 横須賀市久里浜 ヨコサン新久里浜店︵現‥京急ストア︶と共同出店の店舗。ダイクマ久里浜店としては2年半足らずの営業であった。 2003年6月14日よりテックランド・Newダイクマ久里浜店として営業し、2015年の改装により外観のダイクマサインは消滅した。 2020年8月31日をもって京急ストア新久里浜店が閉店、跡地に増床改装し2020年12月18日よりYAMADA web.com久里浜店として営業している。 京急ストア跡地はすべて食品や飲料、ドラッグコーナー、日用雑貨品などが占めている。 2020年12月17日の営業を最後に横須賀市からダイクマを冠した店舗は消滅した。マクドナルドダイクマ久里浜店、久里浜ダイクマチャンスセンターも引き続き営業している。 ●[429]金沢店︵1997年10月29日 - ︶横浜市金沢区富岡東 ダイクマ金沢店として肉のハナマサ、マクドナルドとともに出店した。2002年8月30日よりテックランド・Newダイクマ横浜金沢店として営業していた。 2018年3月9日より家電住まいる館YAMADA横浜金沢店、2020年11月13日より家電住まいる館×YAMADA web.com横浜金沢店として単独営業している。 ●[403]茅ヶ崎店︵1968年11月 - 2002年9月23日、2002年11月1日 - 2018年7月22日︶ 茅ケ崎市新栄町 ダイクマ茅ヶ崎店として開店した。 2階建て部分を西館、4階建て部分を東館と呼称していた。西館屋上は駐車場になっていた。 2002年11月より外観の大規模改修を経てテックランド・Newダイクマ茅ヶ崎店として営業していた。 ダイクマ単独店舗としてはめずらしく4フロア構成の大型店であったが、エレベーターは小型の1機のみだった。過去には屋上遊園地も存在した。 店舗老朽化による建て替えのため一時閉店し、隣接するイトーヨーカ堂茅ヶ崎店内にテックランドイトーヨーカドー茅ヶ崎店として移転した。その後2021年11月26日跡地にヤマダ電機LABI LIFE SELECT 茅ヶ崎がオープンした。 ダイクマ営業時の2000年11月にはサザンオールスターズの桑田佳祐がバラッド3の発売キャンペーンにて来店した。 ●[418]向ヶ丘店﹁むかいがおか﹂︵1990年11月3日 - ︶ 川崎市宮前区平 ダイクマ向ヶ丘店として開店した。2002年10月4日よりテックランド・Newダイクマ向ヶ丘店となる。 2015年頃よりNewダイクマの名前が無くなり、ヤマダ電機テックランド向ヶ丘店として営業している。 ●[401]栄町店﹁さかえちょう﹂︵1922年6月 - 2000年1月︶秦野市栄町 ダイクマ一号店であった。跡地はクリエイトエス・ディー秦野栄町店となったが、その後ダイクマ創業者の親族により秦野市へ土地が寄付され公園となった。 ダイクマとしては売場面積が最も小さい店舗だった。 ●[427]秦野店︵1996年8月31日 - 2002年1月︶秦野市秦野 元々は忠実屋秦野店で、その後の吸収合併によりダイエーに変わるも撤退。その後はしばらくの間空き店舗であったが、地元からの強い要望でダイクマが入居した。2000年3月からはダイクマ秦野電器・パソコン館だった。現在は建物が建て替えられてマンションになっている。 ●[408]渋沢店︵1987年4月19日 - 2009年4月3日︶ 秦野市平沢 一時期は市内に3店舗あったダイクマも、渋沢店の閉店により創業地の秦野市から消滅した。 1987年7月に増床オープンして売り場面積が倍増した。この規模の売り場面積でワンフロアーの店舗は渋沢店のみだった。増床後、ユータカラヤ渋沢店がテナントとして入居。 ダイクマ閉店後はヤマダ電機テックランド渋沢店として営業していた。 テックランド開店時は家電のみの販売だったが、その後食品や日用消耗品の取扱いを開始してダイクマらしさが戻った。現在はサンドラッグ、ダイソーが入居している。ユータカラヤとファミリーランドはそのまま営業していたが、現在はロピアとして引き続き営業している。 ●[411]田奈店︵1983年5月15日 - 2002年1月15日︶ 横浜市青葉区田奈町 ダイクマ田奈店として開店。平成2年頃に一階フロアーの地盤沈下改善と空調装置の天井移設、配管が剥き出しだった天井の化粧板設置等の改装を行った。 不採算店舗として、ヤマダ電機売却前に入間店と同時期に閉店。 現在は1階がスーパー三和フードワン田奈店、2Fがキャンドゥとなっている。 ●[413]矢部店︵1987年10月23日 - 2007年?︶ 相模原市中央区矢部 ダイクマ矢部店として開店。 建物にはステンレス板を用いたデザイン装飾が施されディスカウントストアとは一味違うイメージアップが図られた。 現在はその建物が解体されてマンションになっている。 ●[424]座間店 ︵1994年10月 - 2013年10月︶ 座間市ひばりが丘 サミット座間ひばりが丘店︵旧称‥座間ダイクマ店︶と併設で開店。サミットストアは2009年8月31日で閉店し、その跡地にダイクマフロアが復活し営業を続けたが、店舗移転に伴い2013年10月20日に閉店。2013年11月29日に移転オープンしたが、移転後はヤマダ電機の単独営業であり、ダイクマや日用品フロアは併設されていない。 旧店舗には食品館あおばやパチンコ店などが出店している。 ●[402]横浜店︵1964年10月 - 2006年12月10日︶ 横浜市港南区上大岡 栄町店に次いで古く小規模な店舗。 跡地は再開発ビル﹁mioka﹂の一部となり、miokaのテナントとして2010年5月14日ヤマダ電機LABI上大岡店が開店した。 ●[430]いずみ中央店︵1998年5月29日 - 2012年8月19日︶ 横浜市泉区上飯田町[6] 1階で営業し、ヤマダ電機アウトレット生活館いずみ中央店が2階に入居していたが、2012年8月19日に閉店した[6]。 店舗跡は、100円ショップ﹁ザ・ダイソー ロピアいずみ中央店﹂とドラッグストア﹁クリエイトエス・ディー いずみ中央店﹂が同年11月下旬に開店[6]。 ●[412]日野店︵1987年1月15日 - 2010年4月14日︶ 横浜市港南区日野町 ダイクマ日野店として開店した。2002年よりダイクマテックランド日野店として営業していた。 跡地はノジマ港南台店 → ドン.キホーテ日野インター店となっている。 ●[433]磯子店︵2000年11月16日 - ︶ 横浜市磯子区磯子 ショッピングセンター﹁マリコム磯子﹂内に開店︵ニトリ、相鉄ローゼン、プラサカプコンなどが出店する複合施設︶。 2002年10月18日よりテックランド磯子店として営業している。 ●[414]横須賀店︵1988年5月1日 - ︶ 横須賀市三春町 ダイクマ横須賀店として開店。 ダイクマ閉店後はヤマダ電機テックランド横須賀店として単独営業していたが、ヤマダ電機の店舗移転に伴い2014年3月31日に閉店。 現在はヤマダアウトレット館横須賀店として営業している。 ●[406]鴨宮店﹁かものみや﹂︵1976年3月19日 - 2017年1月23日︶ 小田原市鴨宮 ダイクマ鴨宮店として開店した。2002年8月4日よりテックランド鴨宮店として営業していたが、店舗建て替えに伴い閉店した。 同じ場所に家電住まいる館YAMADA鴨宮店が2017年11月3日開店した。 ●[421]綱島樽町店﹁つなしまたるまち﹂︵1992年11月29日 - 2012年1月15日︶ 横浜市港北区樽町 現在はBOOKOFF SUPER BAZAAR 綱島樽町となっている。 ●[409]大和店︵1978年11月21日 - 2014年5月18日︶大和市深見台 ダイクマ大和店として開店した。平成に改装。その後2フロアーから3フロアーに売り場を増床した。 1階~2階に上リ専用エスカレーター1基が設置されていた。 2002年8月21日よりテックランド・Newダイクマ大和中央店として営業していたが、テックランドNew大和深見店として移転のため閉店した。 その他﹇404﹈上宿店﹁かみしゅく﹂が存在したが詳細は不明。コマーシャル
かつては横浜のブルース系ミュージシャン中村裕介による﹁🎶ダイナミック!ダイクマ🎵﹂のCMで知られ、フジテレビ︵めざましテレビ︶、テレビ東京︵浅草橋ヤング洋品店、開運!なんでも鑑定団︶や、テレビ神奈川、テレビ朝日、TBSラジオ、ニッポン放送など関東ローカルで放送されていた。付記
- ヤマダ電機に買収されるまでの代表取締役社長は森田茂文(もりたしげのり)。
- 店名は当初、片仮名ではなく平仮名で「だいくま」となっていて看板には二本足で立つ白クマが描かれていた。
- ロゴマークマークは「%」をモチーフにしたものだったが後に現在の「Ⅾ」をデザインしたものに変更された。
- 高座郡寒川町と入間市宮寺に物流センターが存在していたがコスト削減のためハマキョウレックスに移管する形で愛甲郡愛川町に移設された。
- 上大岡の横浜店はダイクマらしさが残っており、来店ポイントマシーンも最後まで導入されなかった。
- 日野店は広告チラシでの店名表示に「(横浜市港南区)」という文字を入れていた。これは東京都日野市に店舗(南平店)があったためである。
- 日野店では開店してから数年間、無料送迎バスが運行されていた。
- レジ袋の導入は遅めで1989年頃。それまでは茶色の紙袋で賄っていた。
- POS システムが導入されたのは1990年頃でそれまでは部門コード+売価をテンキーで手入力するレジシステムだった。
- 商品の売価が不明の場合に売り場担当を呼び出す放送マイクが各レジに設置されていた。
- 消費税導入まではレジ打ちのスピードアップのため売価の最小単位は10円までだった。
- クレジットカードの導入はコストの面から躊躇した為に遅くなり1995年頃から。それまでは現金払いが基本だったが1品2万円以上の分割払いとボーナス払いには書類で申し込む「ハイライフクレジット」が利用できた。また時期によってはボーナス払い手数料無料キャンペーンを行っていたこともあった。
- ハイライフクレジット受付のため信販会社からは専門の社員が派遣されていた。
- その他代金を配達時に支払う「着払い」も利用できたが配達員が釣銭を用意していないため1000円未満の端数を内金として店舗で支払い、1000円単位以上で配達時に残金を清算する方法を取っていた。
- 商品の配達にはヤマト運輸の宅急便を利用することができ、サービスカウンターにて受け付けていた。併せて赤帽を導入し配達範囲を限定した当日配送も扱っていた。
- 1990年代半ばにカード利用可能になってからも「ダイクマハイライフカード」という名のハウスカードを発行していた時期があった。
- 売り場とは別に催事コーナーがあって専門の業者が週替わりで各店を廻りファッションバッグ、ネクタイ、アクセサリー、日本茶、駄菓子などを販売していた。
- ダイクマが閉店しヤマダ電機となった店舗や、ダイクマとヤマダ電機が同居している店舗のヤマダ電機フロアは実質的にはヤマダ電機の一店舗でありながら、経営はダイクマが行っていた。顧客から見た限りでは、レシートの本部の住所の上に「株式会社 ダイクマ」と明記されているのが直営店との唯一の違いであったが2013年5月の吸収合併の際にレシートの表記は他のヤマダ電機直営店と同一となった(ヤマダ電機直営店のレシートは本部の住所の下にヤマダ電機のURLが記載されている)。また、海老名店は例外で一階のヤマダ電機フロアはヤマダ電機の直営店、地下階のダイクマフロアのみが株式会社ダイクマが経営していた時期が存在した。
脚注
- ^ 『官報』第6052号30ページ「効力発生日変更公告」
- ^ “イトーヨーカ堂が子会社ダイクマの保有株を(株)ヤマダ電機と、野村プリンシパル・ファイナンスの共同出資会社に売却を決める” タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年5月6日)
- ^ ヤマダ電機月次IR情報(2010年9月) (PDF)
- ^ “「サトームセン」が完全消滅 ヤマダが管理会社を吸収”. SankeiBiz. (2013年4月25日) 2013年4月25日閲覧。
- ^ “立川タクロスにヤマダ電機新業態「LABI LIFE SELECT」11月18日開業-旧第一デパート跡地”. 都市商業研究所. (2016年11月18日) 2017年4月23日閲覧。
- ^ a b c “ヤマダ電機(ダイクマ)跡地 ロピアが泉区初出店 11月下旬オープンへ”. タウンニュース 泉区 (タウンニュース社). (2012年11月8日)
外部リンク