ノート:さつま (列車)
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リダイレクト先について[編集]
急行﹁さつま﹂は九州島内急行だった時期もあるので、山陽本線優等列車沿革にリンクさせるのはどうかと思いますが。歴史は次の通りです。
●1956年︵昭和31年︶11月19日:東京-鹿児島間で運行開始。急行﹁筑紫﹂を博多行に短縮するかわりに登場。当時は二晩かけて両地を結ぶ夜行列車だった。編成:特別二等車、二等車、食堂車、二・三等寝台車、郵便車、荷物車連結14両編成
●1958年︵昭和33年︶10月1日:﹁はやぶさ﹂登場により運行区間を門司港-鹿児島に変更。特別二等車と食堂車の連結終了。郵便車連結は下りのみ。編成は下り9両、上り8両。二等車・二等寝台車はマロネロ38だった。
●1960年︵昭和35年︶10月1日:等級変更により、二等車は一等車に、三等寝台車は二等寝台車になる。(それまでの二等寝台車は夜行区間が九州島内のため一等寝台車連結の需要が少なく連結終了)下り8両、上り7両。
●1961年︵昭和36年︶10月1日:運行区間を名古屋-鹿児島間に変更。下りの郵便車連結終了。編成は10両。
●1962年︵昭和37年︶10月1日:郵便車の連結を上下とも再開。但し編成は9両
●1964年︵昭和39年︶10月1日:郵便車、荷物車の連結を終了し,食堂車の連結を再開。編成は11両。
●1965年︵昭和40年︶10月1日:特急﹁つばめ﹂の名古屋延長により廃止。--Psjk2106︵会話︶ 2012年3月9日 (金) 12:46 (UTC)