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亀井 茲胤︵かめい これつぐ︶は、石見津和野藩の第6代藩主。津和野藩亀井家7代。
享保11年︵1726年︶5月19日、常陸府中藩第3代藩主・松平頼明の五男として生まれる。母は久野安静の娘留与。石見津和野藩主・亀井茲延の養子となり、寛保2年︵1742年︶11月11日に第8代将軍徳川吉宗に御目見し、12月18日に従五位下・隠岐守に叙位・任官する。寛保3年︵1743年︶閏4月3日に養父が隠居し、家督を継ぐ。
延享2年︵1745年︶12月に信濃守に遷任する。藩財政再建のため、蝋や和紙の製造・販売を奨励するなどしたが、一方で寛保3年︵1743年︶の強風による被害、宝暦元年︵1751年︶の大雪被害における救済対応に追われるなど、藩政は多難を極めた。
宝暦2年︵1752年︶7月9日に津和野で死去した。享年27。跡を養子の矩貞が継いだ。
狩野派の絵画に優れた画人であったといわれる。
亀井家 津和野藩6代藩主 (1743年 - 1752年) |
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亀井家 |
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