今井健彦
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今井 健彦︵いまい たけひこ、1883年︵明治16年︶7月22日[1] - 1966年︵昭和41年︶1月20日[2]︶は、日本の衆議院議員︵立憲政友会︶、文部政務次官、商工政務次官、農林参与官。ジャーナリスト。歌人の今井邦子は妻[3]。坂本龍馬暗殺の犯人とされる今井信郎の三男。
経歴[編集]
静岡県榛原郡初倉村︵現在の島田市︶に村長今井信郎の三男として生まれる[3][4]。﹃中央新聞﹄﹃中外商業新報﹄記者を経て、福井日報社社長となった。 1924年︵大正13年︶、第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第21回衆議院議員総選挙まで7回連続当選を果たした。その間、犬養内閣で農林参与官を、平沼内閣で商工政務次官を、小磯内閣で文部政務次官を務めた。 戦後、大政翼賛会の推薦議員のため公職追放となった[5]。 その他、東京毎日新聞社社長を務めた[3]。脚注[編集]
参考文献[編集]
- 人事興信所編『人事興信録 第12版(上)』人事興信所、1939年。
- 『衆議院要覧(乙) 昭和十七年十一月』衆議院事務局、1942年。