坂本健一 (古書店主)
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坂本 健一︵さかもと けんいち、1923年4月30日 - 2016年7月2日[1]︶は、日本の実業家。大阪市北区黒崎町の天五中崎通商店街にある古書店﹁青空書房﹂の店主[2]。
生涯[編集]
坂本は、大阪の薬種問屋に生まれた[3]。1943年、近畿大学専門学校法学部に入学後、学徒動員で入営した[2][4][5]。坂本は少年期から読書家で、15歳のときに読んだモーパッサンの﹃女の一生﹄に衝撃を受け[6][7]、召集令状が来た日にはロマン・ロランの﹃ジャン・クリストフ﹄を一挙に読み、﹃論語﹄を携えて入営したという[6]。 戦時中は千葉県の九十九里浜などに配置され[3]、茨城県で終戦を迎えた[4][5]。 坂本は、1946年から[2]、﹁父親の薬代を稼ぐ﹂ために[8]、岩波文庫[3][7]などの古書を﹁戸板に並べて﹂[3]、あるいは大八車に載せ[8]、御堂筋の闇市で商売を始めた[5]。 1947年2月に、店舗を構えて﹁青空書房﹂を開業した[4][9]。店舗はおよそ13平方メートルで、文学、思想、美術史関係の書籍2千冊ほどが置かれている[8]。 坂本は﹁大阪一売れない本屋﹂を自称し[6]、﹁たばこを吸いながら本はさわらないで﹂﹁本は生きています。オビをきったら怒ります﹂といった注意書きや[8]、週刊誌のチラシなどを手描きで作り、店内に貼り出す独特の店づくりをした[6]。 坂本と個人的な親交のある青空書房の常連客の中には、作家もおり、筒井康隆は﹃不良少年の映画史﹄で坂本について言及し[8]、山本一力は坂本から﹃寛政重修諸家譜﹄を買ったエピソードを踏まえて﹁青空書房は、本好き全員の海路を照らす灯台だと確信する﹂と評したほか[10]、田辺聖子とも親交があり[4][11]、店内には筒井、山本、田辺からそれぞれ贈られた色紙が飾られている[12]。 青空書房は、元日以外は休まない営業を、2002年ころまで長らく続けていたが[8]、その後、坂本が脳梗塞を患ったこともあって、日曜日を定休日とし[13]、2010年に妻に先立たれた[9]前後から、さらに木曜日にも休むようになった[13]。日曜日を休むようになった坂本は、定休日であることを告げる手描きポスターを、そのつど新たに作成してシャッターに貼り、やがて、そこに添えられた絵や言葉が徐々に注目されて、メディアにも取り上げられるようになった[13]。その後、この手描きポスターは、大阪の画廊[14]や書店で展示され、さらに書籍として出版された[13]。 2016年7月2日、心筋梗塞のため死去[1]。著書[編集]
さかもとけんいち 名義
●浪華の古本屋 ぎっこんばったん、SIC、2010年[7]
●夫婦の青空、天理教道友社、2012年[9]
●ほんじつ休ませて戴きます : 人生最晩年、あふれ出た愛の言葉集、主婦の友社、2013年[13]
●だれにも一つの青空がある : 大阪﹁青空書房﹂店主90歳、休業ポスターに込めた人生の応援メッセージ。、天理教道友社、2013年