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日隈城

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日隈城
大分県
鏡坂公園より望む日隈城跡
鏡坂公園より望む日隈城跡
別名 隈城、亀翁城
城郭構造 梯郭式平山城
天守構造 5階地下1階[1](1596年築・非現存)
築城主 宮城豊盛
築城年 文禄3年(1594年
主な改修者 毛利高政
主な城主 毛利氏 (藤原氏)
廃城年 元和2年(1616年
遺構 曲輪、石垣
指定文化財 未指定
位置 北緯33度18分52.02秒 東経130度55分43.13秒 / 北緯33.3144500度 東経130.9286472度 / 33.3144500; 130.9286472
地図
日隈城の位置(大分県内)
日隈城

日隈城

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本丸跡。正面の建物は日隈神社の拝殿
日隈城推定縄張図
伝大手門跡枡形虎口の石垣

日隈城(ひのくまじょう)は、大分県日田市亀山町(きざんまち)(豊後国日田郡竹田村)にあった日本の城

概要

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沿52

西


歴史

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1592

159626西西[2][3]2[4]

16005916917[5]

16005924926[5]

16016 16027

161621683[6]殿[6]

構造

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西[4]

西32[4]

[7][1]

天守

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天守台の位置は本丸北西隅(現亀山公園日隈神社社殿および社務所周辺)と考えられている[8]。具体的な資料は現存せず、佐伯市にある佐伯毛利家文書[1]に各段にあった道具の名称と5段、上段等の段数の記述が見られるのみである。これを元にすると、内部5階地下1階(外観は不明)になるという[9]

元和六申年 天主道具御改帳[10](部分)

天主ニ有之御道具

下段
うつぼ(靱)・・・
同下段
こくうんの大筒
く王志や(くわしや)の大筒
金のかぶと白はこ入 ・・・
天主弐段ニ有之分
御めし具足おけ皮くろきはこ入
てつ本うためし
御かぶとくろぬり
太閤より能朱印箱 きりの木 ・・・
天主三ノ段
番具足
米具足 内拾両 同金ノ釘ぬきノ毛んあり
番具足 前二ノ丸門矢蔵ニ有
金ノぐそく ・・・
天主四段
殿様御腰物入長持
刀ばこ
ちいさ刀能入箱 ふそく
摂津守様御腰物入箱
天主五段
鳥毛壱竿 ・・・
天主上段
流春んつ本上下兼弐つ有
茶津本 なかやま
御判事まきぢく ふそく
ちりとり
ちりうけ能箱
志ゅろはうき
見こはうき

以上

脚注

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  1. ^ a b c 佐伯藩史料毛利家文書『天主道具御改帳』1620年3月20日 佐伯市所蔵
  2. ^ 大蔵和市編『豊西記』大蔵三光堂 1955年
  3. ^ 森春樹著『豊西説話 (巻坤)』山田精一 1889年 日田市立淡窓図書館蔵
  4. ^ a b c 森春樹著 森千歳編『亀山鈔』日田市教育委員会 1830年 - 1966年 日田市立淡窓図書館蔵
  5. ^ a b 白峰旬「慶長5年の九州における黒田如水・加藤清正の軍事行動(攻城戦と城受け取り)について : 関ヶ原の戦いに関する私戦復活の事例研究 (その2)」 別府大学史学研究会編『史学論叢 41』別府大学 2011年
  6. ^ a b 千原豊太著『豊後日田永山布政史料』武石繁次発行 1936年 日田市立淡窓図書館蔵
  7. ^ 佐伯藩史料毛利家文書『山城御道具預帳 - 山城北ノ三ノ丸矢倉御道具預帳』1612年5月28日 佐伯市所蔵
  8. ^ 田中晃著『亀山日隈山史』1968年 日田市立淡窓図書館蔵
  9. ^ 西日本新聞朝刊「5層6階の天守閣 毛利家文書で分かる、 府内城上回り豊後で最大」 西日本新聞社 1995年1月18日水曜日
  10. ^ 林 寅喜 解読『天主道具御改帳』1999年(日田市立淡窓図書館編『日之隈城(五層三階の建築物について)』2000年 内) 日田市立淡窓図書館蔵

関連項目

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