ハルトマン(英語表記)Hartmann von Aue

デジタル大辞泉 「ハルトマン」の意味・読み・例文・類語

ハルトマン(Nicolai Hartmann)

 
18821950  
 

Karl Robert Eduard von Hartmann

 
18421906  

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精選版 日本国語大辞典 「ハルトマン」の意味・読み・例文・類語

ハルトマン

 

(一)[  ] ( Karl Robert Eduard von Hartmann === ) 
(二)[  ] ( Nicolai Hartmann  ) 
 

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改訂新版 世界大百科事典 「ハルトマン」の意味・わかりやすい解説

ハルトマン
Hartmann von Aue
生没年:1165ころ-1215ころ


Erek11809090-971189-91Iwein1199-120580001000調

 ︿使Rudolf von Ems1200-52Konrad von Würzburg1220-87T.1951


ハルトマン
Nicolai Hartmann
生没年:1882-1950


H.201935193819401950


ハルトマン
Karl Robert Eduard von Hartmann
生没年:1842-1906


1861宿69︿


ハルトマン
Carl Sadakichi Hartmann
生没年:1867-1944


18821894︿30


ハルトマン
Moritz Hartmann
生没年:1821-72


184448106840184518491858


ハルトマン
Heinz Hartmann
生没年:1894-1970

精神分析的自我心理学を発展させたオーストリア出身の精神分析医。ウィーン生れ。《自我心理学と適応問題》(1937)を発表し,自我心理学の基礎を作った。精神分析を深層心理学から発展させて,自我の働きを防衛と適応の観点から理解し,適応を精神発達にそって解明しようと試みた。第2次大戦前にウィーンを離れてニューヨークに移り,ニューヨーク精神分析研究所長や国際精神分析学会会長などを務めた。
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百科事典マイペディア 「ハルトマン」の意味・わかりやすい解説

ハルトマン

 
20193919592︿1945819481963()19341935194919532193319451946
 

ハルトマン

中世ドイツの宮廷叙事詩人。作品はクレティアン・ド・トロアを典拠とするアーサー王伝説《エーレク》《イーワイン》,贖罪(しょくざい)物語《グレゴリウス》,清純な少女の愛のもたらす奇跡をえがいた《哀れなハインリヒ》など。その文体は優美で洗練されており,ゴットフリート・フォン・シュトラスブルクによって〈水晶のような言葉〉とたたえられた。
→関連項目ウォルフラム(エッシェンバハの)

ハルトマン

ドイツの哲学者。初めマールブルク学派に属したが,後に同派の論理主義的認識論を批判し,存在と哲学の方法に3層を区別する存在論的形而上学の体系化を図った。主著《存在論の基礎づけ》(1935年),《実在的世界の構成》(1940年)。
→関連項目存在論
 

 
︿1869  

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハルトマン」の意味・わかりやすい解説

ハルトマン(Nicolai Hartmann)
はるとまん
Nicolai Hartmann
(1882―1950)


20()44Grundzüge einer Metaphysik der Erkenntnis1921Zur Grundlegung der Ontologie1935

 2015319

19761982

ハルトマン(Karl Robert Eduard von Hartmann)
はるとまん
Karl Robert Eduard von Hartmann
(1842―1906)


18581869()

 2015319

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハルトマン」の意味・わかりやすい解説

ハルトマン
Hartmann, Nicolai

 
[]1882.2.20. 
[]1950.10.9. 
 1920253145 ( ) 2 Grundzüge einer Metaphysik der Erkenntnis (1921)  Ethik (26)  Zur Grundlegung der Ontologie (35)  Der Aufbau der realen Welt (40)  Ästhetik (53)   
 


Hartmann Karl Robert Eduard von

 
[]1842.2.23. 
[]1906.6.5. 
 Philosophie des Unbewussten (1869)  Das Grundproblem der Erkenntnistheorie (89)   

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ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者) 「ハルトマン」の解説

ハルトマン

ドイツの作曲家。ブルックナーやマーラー、レーガー、ストラヴィンスキー、バルトーク、ベルクと様々な作曲家から受けた影響をもとにした8曲の交響曲が代表作となっている。ミュンヘン音楽院で学び、ウィーンでは ...続き

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「ハルトマン」の解説

ハルトマン Hartmann, Carl Sadakichi

1867-1944 アメリカの作家,芸術家。
慶応3年10月13日長崎生まれ。慶応3年10月13日長崎生まれ。父はドイツ領事館員,母は日本人。ハンブルクでそだち,1882年渡米。ボヘミアン生活をおくりながら前衛芸術運動に従事し,グリニッチ-ビレッジで王者とよばれる。日本の美術や俳句などを紹介する著作も多数のこした。1944年11月24日死去。77歳。

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世界大百科事典(旧版)内のハルトマンの言及

【哀れなハインリヒ】より


(12)1500

【キリスト教文学】より


︿︿13︿(1112)

【精神分析】より


【フロイト以後の精神分析】
 フロイトは自我を,エスの欲動を制御し,超自我の圧力に対しながら外界との適応を図るものとしていわば受身的にとらえたが,自我機能そのものについての検討は徹底しないままに終わった。このフロイトの自我研究を継承発展させ自我の積極的機能を明らかにした代表者は,フロイトの娘であるA.フロイト,ならびにH.ハルトマンらであり,彼らにはじまる自我心理学ego psychologyは,以後アメリカにおける精神分析学の主流となった。この系譜に属するE.H.エリクソンの自我の心理的‐社会的発達理論,すなわちアイデンティティ形成理論は,臨床的にも社会学的にもきわめて有用な概念である。…

【プロゲステロン】より

…無臭の白色結晶で,水に溶けず,アルコール,アセトンに溶ける。卵巣の黄体が内分泌機能を行うことは19世紀から予測されていたが,黄体ホルモンの本体といえるプロゲステロンがブタなどの黄体から結晶として抽出されたのは1934年のことで,それはブテナントA.F.J.Butenandt,スロッタK.H.Slotta,アレンW.M.Allen,ハルトマンM.Hartmannらによってそれぞれ独立に行われ,ほぼ同じ時期に合成にも成功した。 プロゲステロンは,後述のように黄体,胎盤から分泌されるが,このホルモンは他のステロイドホルモンの中間産物で,副腎皮質や睾丸でも生合成される。…

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