デジタル大辞泉
「乳酸」の意味・読み・例文・類語
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にゅう‐さん【乳酸】
(一)〘 名詞 〙 有機酸の一種。化学式CH3CH (OH)COOH 光学異性により三つの異性体がある。動物の器官中に広く存在し、解糖作用によって生産され、筋運動に伴って筋肉中のグリコーゲンから大量に生じ疲労の原因をなすもの︵肉乳酸︶、植物界に広く分布し、糖類の乳酸発酵などで生じ、一般に酸敗した物質に含まれるもの︵発酵乳酸︶などがある。酸味剤・医薬品、皮革工業の脱灰、染色工業の還元剤、食品工業などで広く用いられる。︹内外新法︵1866︶︺
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乳酸 (にゅうさん)
lactic acid
化学式CH3CH︵OH︶COOH。α-ヒドロキシプロピオン酸,エチリデン乳酸ともいう。不斉炭素原子をもつ代表的な物質で,右旋性︵+︶,左旋性︵-︶およびラセミ体︵±︶の3種が存在する。︵+︶-乳酸はL︵またはS︶配置,︵-︶-乳酸はD︵またはR︶配置をもつ。
このうち,︵+︶-乳酸は高等動物体内で嫌気性の組織や筋肉中に存在し,肉乳酸sarolactic acidとも呼ばれる。解糖系代謝の最終産物であるピルビン酸の還元によって生ずる。運動すると筋肉中に蓄えられたグリコーゲンから大量の乳酸が生じ,これが疲労の原因となる。血液中にも7~20mg/100ml含まれている。純品は潮解性の強い結晶で,融点26℃,比旋光度﹇α﹈D=+3.8°︵10%水溶液中︶。濃硫酸上に放置すると脱水されて無水乳酸CH3CH︵OH︶・COOCH︵CH3︶COOHを生ずる。常圧でも長時間加熱すると水2分子を失ってラクチドを形成する。︵±︶-乳酸︵ラセミ体︶は酸敗した食物や植物中に存在するが,これは乳酸菌の働きによるもので,発酵乳酸fermentation lactic acidと呼ばれる。純品は無色粘稠な液体で,融点18℃,沸点120℃︵12mmHg︶。水,アルコール,エーテルによく溶け,強い酸味をもつ。ストリキニーネまたはキニーネと塩にしてD-型,L-型の分割ができる。またカビの1種Penicillium glaucumは︵+︶-乳酸を代謝するが,︵-︶-乳酸には働かないので,生化学的光学分割法として利用できる。︵+︶-乳酸と︵-︶-乳酸は大部分の物理的・化学的性質は同じであり,融点も等しいが,他のキラルな︵対掌性をもつ︶化学物質に対する挙動と,偏光に対する性質は異なる。乳酸は乳酸飲料,酸味剤,医薬,皮革工業での脱灰などの用途がある。
執筆者‥竹内 敬人+徳重 正信
発見の歴史
K.W.シェーレは1780年,腐敗した牛乳中に発見した酸性物質を乳酸と命名した。彼は乳糖などの糖の発酵によって生じる物質も乳酸であることを示した。一方,J.J.B.ベルセリウスは1807年筋肉中から同種の酸性物質の抽出に成功し,J.F.vonリービヒは両者の組成が等しいことを確認した。50年ころには肉乳酸は右旋性であるのに対し,発酵乳酸は少なくとも生成当初は不活性であることがわかった。63年から始まる一連の研究で,J.A.ウィスリツェヌスは合成・分解の二つの方法を併用して両者が同一分子式をもち,一方が異性体HOCH2CH2COOHではないことを確証した。ウィスリツェヌスは︿二つの分子が構造的には等しいが異なる性質を示すとすれば,その原因は原子の空間配列にあると考えなければならない﹀と述べた。彼のこの予測はほどなく,J.H.ファント・ホフとJ.A.ル・ベルの炭素正四面体説によって正しい説明が与えられた。
執筆者‥竹内 敬人
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
乳酸
にゅうさん
lactic acid
α(アルファ)-オキシ酸の一つで、オキシプロピオン酸ともいう。分子量90.08。1780年スウェーデンの化学者シェーレによって酸敗した牛乳から発見されたので、この名がつけられた。不斉炭素原子をもち、光学異性体があるもののうち、もっとも簡単な化合物の一つで、動植物界に広く存在する。
L-乳酸は解糖の最終産物としてピルビン酸の還元によって生ずるが、乳酸デヒドロゲナーゼがこの反応を触媒する。柱状晶。融点53℃。比旋光度︵+︶2.6度で、吸湿性。休息時にも血液中に正常成分として少量存在するが、運動時には筋肉中のグリコーゲンから大量に生じ、血液中の濃度が増加する。D-乳酸は厚い板状晶。融点は52.8℃で、比旋光度︵-︶2.6度である。DL-乳酸︵ラセミ体で、D-乳酸とL-乳酸の混合物︶は融点16.8℃で、旋光性は示さない。
製法には発酵法と合成法とがある。発酵法では、糖質を原料として乳酸菌による乳酸発酵により生成され、これは発酵乳酸とよばれる。乳酸菌の種類によってD-またはL-乳酸、あるいはラセミ体が生成される。合成法では、アルデヒドとシアン酸より乳酸ニトリル、乳酸メチルエステルを経て得られる。用途としては、食品添加物に指定されており、合成酒の配合剤、清涼飲料水、ドロップ、ゼリー、アイスクリームなどの酸味剤、清酒醸造用として発酵初期に雑菌の生育防止などに用いられる。乳酸飲料には広く用いられ、食品にもっとも古くから広く使用されている。このほか、医薬品などにも用いられる。
﹇飯島道子﹈
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乳酸
ニュウサン
lactic acid
2-hydroxypropionic acid.C3H6O3(90.08).2-ヒドロキシプロパン酸ともいう.代表的なα-ヒドロキシ酸.不斉炭素をもち,L-,D-,DL-乳酸の3種類の異性体が存在する.L-乳酸は動物の組織や器官に存在し,疲労した筋肉中に蓄積されるので肉乳酸ともいわれる.発酵法やDL-乳酸から分割して得られる.潮解性の柱状結晶.融点53℃.+2.6°(10% 水).長時間加熱すれば2分子間で2分子の水を失ってL-ラクチドになる.DL-乳酸は多くの植物や酸敗した物質中に存在する.2-ヒドロキシプロピオノニトリルの加水分解やピルビン酸の還元によって得られる.無色の結晶.融点18℃,沸点122 ℃(2.0 kPa).水,エタノールに可溶,エーテルに微溶.合成樹脂,可塑剤の原料として,また,めっき,染色,皮なめしにも使われる.食品分野では防腐剤,酸味剤として乳酸飲料をつくるのに用いられる.D-乳酸は板状結晶.融点52.8 ℃.-2.6°(水).水,エタノール,エーテルに可溶,クロロホルムに不溶.[CAS 50-21-5][CAS 598-82-3:DL-乳酸]
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
乳酸【にゅうさん】
広義にはα‐ヒドロキシプロピオン酸CH3CH︵OH︶COOHとβ‐ヒドロキシプロピオン酸HOCH2CH2COOHの2種をいうが,普通前者を単に乳酸という。これは潮解性の強い結晶で,融点25.8℃。水,アルコール等に可溶。不斉炭素原子をもちD︵−︶‐乳酸,L︵+︶‐乳酸の2種の光学異性体が存在する。右旋性のL-乳酸は肉乳酸とも呼ばれ,動物の体内,特に疲労した筋肉中に蓄積され,代謝性アシドーシス︵酸血症︶や,運動能力の低下を引き起こすほか,乳酸値が100ml中300mg以上になると筋運動は不能になる。L-乳酸は糖の代謝過程の最終産物で,筋肉中では筋肉運動に際しグリコーゲンの代謝により生ずる。DL-乳酸はD-乳酸およびL-乳酸の光学活性体のラセミ混合物で,通常無色の粘稠(ねんちゅう)な液体。融点16.8℃,沸点119℃︵12mmHg︶。水,アルコール等に可溶。酸敗した牛乳から初めて見出されたので乳酸の名がある。広く自然界に存在し,乳酸飲料のほか,皮革加工用,医薬品として用いられる。工業的には乳酸発酵等によりつくる。
→関連項目乳製品
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乳酸
図のL-乳酸はピルビン酸が還元されて生成する.筋肉の運動によっても生じ,その大半は肝臓に運ばれてグルコースへと再変換される.乳酸菌の生産する乳酸は乳酸飲料として利用される.ヒト血液の正常値は0.6〜1.8mEq/l.
出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報
乳酸
にゅうさん
lactic acid
α-ヒドロキシプロピオン酸ともいう。化学式CH3CH(OH)COOH 。不斉炭素原子を1個有し,L- ,D- ,DL- の3種の光学異性体がある。牛乳の酸敗のときにできる乳酸は融点53℃,普通の発酵でできるものは融点17℃である。解糖作用の最終生成物として,筋肉中に生成する。筋肉から分離されたものは右旋性である。カルシウム塩,亜鉛塩は医薬品,チタン塩は製革,その他染色,食品,特に乳酸飲料に使われる。
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世界大百科事典(旧版)内の乳酸の言及
【筋肉痛】より
…疲労により筋肉の血液の循環が障害されると,酸素やエネルギー源の供給は思うようにいかなくなり,嫌気性[解糖]がさかんになる。その結果産生された乳酸などの疲労物質が蓄積されて,筋肉のタンパク質が膠質(こうしつ)化学的変化を起こすと,筋肉の硬度が増加して〈こり〉の状態になる。また精神的緊張や内臓に疼痛の原因になるような疾患がある場合の筋肉の反射性緊張も筋肉の〈こり〉の原因になる。…
※「乳酸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」