故・石牟礼道子氏の『苦海浄土』3部作は文学史上屈指の傑作である。わけても、第1部第3章「ゆき女きき書」は、読むたびに戦慄(せんりつ)と畏怖をおぼえる。水俣病患者が全身を痙攣(けいれん)させながら絞り出した言葉。語られたのは恨み言ではなく、不知火(しらぬい)海の豊饒さであり、生まれ変わったらまた愛する夫と漁に出たいという願いだ。絶望の底から発せられたはずの言葉なのに、そこには優しさと希望がある。読んでいるとなにか厳かなものに触れた気がして、心を強く揺さぶられてしまう。 『苦海浄土 わが水俣病』は第1回大宅壮一ノンフィクション賞に選ばれるが、石牟礼氏は受賞を辞退した。理由は不明だが、作品の真の作者は自分ではないと石牟礼氏が考えていたからではないだろうか。理不尽な災厄によって人生を蹂躙された人々の小さな声に、自分はただ耳を澄ませてきただけだと。 本書の著者いとうせいこう氏は、東日本大震災の死者を