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==経歴==

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[[]][[]][[]]西[[]][[]][[]][[]][[]][[|]]3[[]][[]][[|]][[]][[]]13<ref name=moriyama>[http://kugenuma.sakura.ne.jp/k078c.html   ]1999130</ref>


[[1908年]](明治41年)、雑誌『女学世界』([[博文館]])の懸賞「こころの日記」に応募した「田舎住まひの処女日記」が3等当選。以後も投稿を続けて注目されるようになる。

[[1908年]](明治41年)、雑誌『女学世界』([[博文館]])の懸賞「こころの日記」に応募した「田舎住まひの処女日記」が3等当選。以後も投稿を続けて注目されるようになり、同誌の読者のアイドル的存在となる<ref name=moriyama/>




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[[1911]]449[[]][[1912]]45[[|]][[]]1913[[]]<ref>: , 1987p66</ref><ref name=moriyama/>

以後も内藤は作品の発表を続けていたが、[[1919年]](大正8年)に『毒蛇』を刊行したのを最後に、表舞台に現れることはなくなった。



また内藤は、[[1915年]](大正4年)に[[槍ヶ岳]]に登頂している。これは日本人女性初の踏破であった<ref>日本初の女性登山家といわれる村井米子の初登頂(1924年)より9年早いが、[[1913年]]夏に[[ウォルター・ウェストン]]夫妻が登頂した記録があるから女性初登頂者はウェストン夫人ということになる。</ref>。後、この登山経験を活かして『冷炎』が書かれた。

また内藤は、[[1915年]](大正4年)に[[槍ヶ岳]]に登頂している。これは日本人女性初の踏破であった<ref>日本初の女性登山家といわれる村井米子の初登頂(1924年)より9年早いが、[[1913年]]夏に[[ウォルター・ウェストン]]夫妻が登頂した記録があるから女性初登頂者はウェストン夫人ということになる。</ref>。後、この登山経験を活かして『冷炎』が書かれた。


1923年に双子の姉妹を出産。それ以前に長男も儲けていた。<ref name=moriyama/>




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[[Category:大正時代人物]]

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[[Category:1925年没]]

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[[Category:女性登山家]]


2022年8月20日 (土) 05:27時点における最新版

内藤千代子

  189326129 - 192514323

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西313[1]

1908413稿[1]

19114491912451913[2][1]

19198

19154[3]

1923[1]

19251432331

20103012[4]

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短編集[編集]

自叙伝[編集]

  • 生ひ立ちの記(牧民社 1914 大正3、如山堂 1916 大正5)
  • 惜春賦(誠文社 1915 大正4)

長編小説[編集]

  • 冷炎(京橋堂 1916 大正5)
  • 春雨(京橋堂出版部 1918 大正7)
  • 毒蛇(三徳社 1919 大正8)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 講演記録 「『女學世界』に咲いた花 ~内藤千代子について~」森山敬子、鵠沼を語る会、1999年1月30日
  2. ^ 『ハイカラに、九十二歲: 写真家中山岩太と生きて』中山正子、河出書房新社, 1987、p66
  3. ^ 日本初の女性登山家といわれる村井米子の初登頂(1924年)より9年早いが、1913年夏にウォルター・ウェストン夫妻が登頂した記録があるから女性初登頂者はウェストン夫人ということになる。
  4. ^ 鵠沼ゆかりの作家内藤千代子の著作など寄贈、藤沢の研究グループが地元図書館へ12冊/神奈川 カナロコ 2010年9月14日
  5. ^ 嵯峨景子「流行作家『内藤千代子』の出現と受容にみる明治末期女性表現の新たな可能性」情報文化学会誌第18号、2011年

参考文献[編集]

  • 横田順彌『快絶壮遊[天狗倶楽部] 明治バンカラ交友録』、教育出版、1999年
  • 横田順彌『明治時代は謎だらけ』、平凡社、2000年

外部リンク[編集]