加藤秀俊
人物情報 | |
---|---|
生誕 |
1930年4月26日 日本 東京府豊多摩郡 |
死没 |
2023年9月20日(93歳没) 日本 東京都 |
出身校 | 東京商科大学・ハーバード大学 |
学問 | |
研究分野 | 社会学 |
研究機関 | 京都大学人文科学研究所・スタンフォード大学 |
学位 | 社会学博士 |
加藤 秀俊︵かとう ひでとし、1930年︵昭和5年︶4月26日 - 2023年︵令和5年︶9月20日︶は、日本の社会学者。社会・思想・文化評論家。
長男加藤文俊は慶應義塾大学教授。
東京商大︵現・一橋大学︶で社会学を学び、丸山眞男らの﹁思想の科学研究会﹂に参加。1954年渡米し、社会学者デイヴィッド・リースマンから大衆社会論の指導を受けた。その間﹃中間文化﹄︵1957年︶を発表。同年、社会心理学を土台にした理論﹁マス・コミュニケーション﹂を提唱。
以後﹃人間関係﹄︵1966年︶、﹃空間の社会学﹄︵1976年︶など、日常生活のありふれた現象から、社会の隠された構造を露わにする方法で、多彩な研究活動を展開。
経歴[編集]
1930年、東京府豊多摩郡渋谷町に生まれ、東京府東京市渋谷区および世田谷区下北沢で育つ。仙台陸軍幼年学校︵敗戦で閉校︶、旧制東京都立第六中学校︵現‥東京都立新宿高等学校︶4年修了を経て、1953年︵昭和28年︶東京商科大学︵現‥一橋大学︶を卒業︵南博ゼミナール︶。南は、歌舞伎関係者と﹁伝統芸術の会﹂を作って研究を行っており、歌舞伎の観客調査や、歌舞伎の脚本の内容分析などを行い、同大大学院研究科に進学も中退した。 大学時代、辰濃和男は大学の語学クラスの同級生であった。また伊東光晴らと共に新聞部で﹃一橋新聞﹄の編集に携わる。また、南が創設者の一人であった﹁思想の科学研究会﹂にも入会。またアルバイトで﹃映画評論﹄の編集も行い、佐藤忠男と知り合う。 大学卒業後は、青蘭女子商業高等学校で教鞭︵西洋史︶を執った後、1953年︵昭和28年︶京都大学人文科学研究所助手採用試験を受験。面接の結果は松尾尊兊︵後に京大教授︶に次ぐ第2位で不合格のはずであったが、松尾の健康上の問題等から助手に採用された。 1954年、ハーバード大学に留学。ヘンリー・キッシンジャー、デイヴィッド・リースマンらに師事した。1955年、リースマンの転勤にともなってシカゴ大学へ移った。1959年には、スタンフォード大学コミュニケーション研究所研究員になり、ウィルバー・シュラムのもと﹁国際コミュニケーション﹂の研究を行った。同年帰国するが4年後の1963年︵昭和38年︶から1年間、交換教授としてアイオワ州グリネル大学で教鞭を執る。そこでの一年の経験は﹃アメリカの小さな町から﹄という本にまとめられている。 1964年には小松左京、梅棹忠夫らと共に﹃﹁万国博﹂を考える会﹄を結成し[1]、大阪万博のテーマや理念を検討。1967年︵昭和42年︶にはモントリオール万国博覧会を視察。小松、粟津潔、泉眞也らと、万国博の娯楽施設のプランも作った。 1967年︵昭和42年︶には、梅棹忠夫、小松左京、林雄二郎、川添登と﹁未来学研究会﹂を結成。1967年︵昭和42年︶、中山伊知郎を会長に﹁日本未来学会﹂を結成し、1970年︵昭和45年︶には﹁国際未来学会議﹂を日本で開催した。 1969年︵昭和44年︶1月京都大学教育学部助教授︵比較教育学︶に就任したが、翌1970年︵昭和45年︶大学紛争で京大を辞職。同年ハワイ大学東西文化センターのコミュニケーション研究所創設に伴い、同所長就任要請を受けるが断り、行政的義務や時間的拘束のない同研究所の高等研究員に就任。 1971年︵昭和46年︶から1974年︵昭和49年︶にかけては今西錦司に誘われ、東レがスポンサーの﹁環境問題研究会﹂に藤井隆、東畑精一、松本重治らと参加。研究成果は﹃人類とその環境﹄︵講談社︶にまとめられた。また、今和次郎が1972年︵昭和47年︶﹁日本生活学会﹂を創立すると川添登らと共に発起人として参加した。 また、1974年︵昭和49年︶、永井道雄が三木内閣の文部大臣に就任すると、私的諮問機関として﹁文明問題懇談会﹂が組織された。座長は桑原武夫、そして世話役は中根千枝と加藤。他に、藤井隆、中村元、梅棹忠夫、梅原猛、吉川幸次郎、ドナルド・キーンらが参加。その討議の内容は﹃歴史と文明の探求﹄上下二巻︵中央公論社︶にまとめられた。1976年には東洋大学に学位論文を提出して社会学博士号を取得。 その後は学習院大学教授、放送大学教授、中部大学教授・理事・学監・中部高等学術研究所所長・顧問、国際交流基金日本語国際センター所長、日本育英会︵現日本学生支援機構︶会長、日本ユネスコ国内委員会副委員長などをつとめた。 2023年9月20日、東京都の病院で病気のため死去[2]。93歳没。職歴[編集]
●1953年 - 1969年 京都大学人文科学研究所日本部助手 ●1954年 ハーバード大学大学院特別研究生︵ロックフェラー財団研究員︶ ●1955年 シカゴ大学大学院特別研究生︵ロックフェラー財団研究員︶ ●1959年 スタンフォード大学コミュニケーション研究所研究員 ●1963年 アイオワ州立大学客員教授 ●1967年 ケント大学客員教授 ●1969年 - 1970年 京都大学教育学部助教授 ●1971年 - 1974年 ハワイ大学東西文化センター高等研究員 (Senior fellow) ●1974年 - 1984年 学習院大学法学部教授 ●1976年 - 1979年 同大東洋文化研究所所長 ●1980年 香港中文大学客員教授 ●1984年 - 1988年 放送大学教授 ●1988年 - 1996年 同大客員教授 ●1988年 - 1996年 放送教育開発センター︵現メディア教育開発センター︶所長 ●1996年 - 2001年 中部大学中部高等学術研究所所長 ●1996年 - 2005年 国際交流基金日本語国際センター所長 ●2002年 - 2004年 日本育英会︵現独立行政法人日本学生支援機構︶会長受賞・栄典[編集]
●1989年︵平成元年︶‥外務大臣賞を受賞。 ●1996年︵平成8年︶‥郵政大臣賞を受賞。研究内容・業績[編集]
関連[編集]
●﹁音読みには漢字を、訓読みにはひらがなを使う﹂という原則のもと、漢字を多用しないため、文章にはひらがなが目立つ。その理由や表記の方針については、著書﹃自己表現﹄﹃なんのための日本語﹄︵各・中公新書︶に詳しい。 ●世界料理大賞︵日本テレビ、1983年、1988年︶- 第1回、第2回とも審査委員長を務めた。著書[編集]
単著[編集]
●﹃マス・コミュニケイション﹄︵大日本雄弁会講談社﹇ミリオンブックス﹈ 1957年︶。新書判 ●﹃中間文化﹄︵平凡社 1957年︶ ●﹃テレビ時代﹄︵中央公論社・中央公論文庫 1958年︶。文庫判 ●﹃眼と耳の世界﹄︵朝日新聞社 1962年︶ ●﹃整理学――忙しさからの解放﹄︵中央公論社﹇中公新書﹈1963年︶、以下略 ●﹃見世物からテレビへ﹄︵岩波書店﹇岩波新書﹈1965年、新版2002年︶ ●﹃アメリカの思想﹄︵日本放送出版協会﹇NHKブックス﹈1965年︶ ●﹃アメリカの小さな町から﹄︵朝日新聞社 1965年/朝日選書 1977年︶ ●﹃人間関係――理解と誤解﹄︵中公新書 1966年︶ ●﹃アメリカ人―その文化と人間形成﹄︵講談社現代新書 1967年︶ ●﹃人間開発――労働力から人材へ﹄︵中公新書 1968年︶ ●﹃比較文化への視角﹄︵中央公論社﹇中公叢書﹈1968年︶、以下略 ●﹃都市と娯楽﹄︵鹿島出版会 1969年︶ ●﹃イギリスの小さな町から﹄︵朝日新聞社 1969年/朝日選書 1974年︶ ●﹃生きがいの周辺﹄︵文藝春秋 1970年/文春文庫 1978年︶ ●﹃自己表現――文章をどう書くか﹄︵中公新書 1970年︶ ●﹃日本の視聴覚文化 発想の諸形式﹄︵東芝教育技法研究会﹇TETA新書﹈ 1971年︶ ●﹃暮しの思想﹄︵中央公論社 1971年/中公文庫 1976年、改版2011年︶ ●﹃生活考 くらしをかんがえる﹄︵文化出版局 1971年/角川文庫 1980年︶ ●﹃南アジア旅行記﹄︵日本交通公社 1971年︶ ●﹃文化とコミュニケイション﹄︵思索社 1971年、増訂版1977年︶ ●﹃情報行動﹄︵中公新書 1972年︶ ●﹃続・暮しの思想﹄︵中央公論社 1973年/中公文庫 1977年︶ ●﹃日常性の社会学﹄︵文化出版局 1974年/角川文庫 1979年︶ ●﹃ホノルルの街かどから﹄︵中央公論社 1974年/中公文庫 1979年︶ ●﹃独学のすすめ――現代教育考﹄︵文藝春秋 1975年/文春文庫 1978年/ちくま文庫 2009年︶ ●﹃取材学――探究の技法﹄︵中公新書 1975年︶ ●﹃日本人の周辺﹄︵講談社現代新書 1975年︶ ●﹃空間の社会学﹄︵中公叢書 1976年︶ ●﹃メディアの周辺﹄︵文藝春秋 1976年︶ ●﹃明治・大正・昭和食生活世相史﹄︵柴田書店 1977年︶ ●﹃習俗の社会学﹄︵PHP研究所 1978年/角川文庫 1981年/PHP文庫 1991年︶ ●﹃食の社会学﹄︵文藝春秋 1978年︶ ●﹃文芸の社会学﹄︵PHP研究所 1979年/PHP文庫 1989年︶ ●﹃企画の技法﹄︵中公新書 1980年︶ ●﹃衣の社会学﹄︵文藝春秋 1980年︶ ●﹃一年諸事雑記帳﹄︵文春文庫 1981年︶ ●﹃﹁東京﹂の社会学﹄︵PHP研究所 1982年/PHP文庫 1990年︶ ●﹃生活リズムの文化史﹄︵講談社現代新書 1982年︶ ●﹃新・旅行用心集﹄︵中公新書 1982年︶ ●﹃組織と情報の文明論﹄︵PHP研究所 1982年︶ ●﹃にっぽん遊覧記﹄︵文藝春秋 1982年︶ ●﹃わが師・わが友――ある同時代史﹄︵中央公論社 1982年︶ ●﹃比較文化への視角﹄︵中公叢書 1983年︶ ●﹃技術の社会学﹄︵PHP研究所 1983年︶ ●﹃余暇の社会学﹄︵PHP研究所 1984年/PHP文庫 1988年︶ ●﹃紀行を旅する﹄︵中央公論社 1984年/中公文庫 1987年︶ ●﹃子どもの文化史 現代人が子どもから学ぶ基礎知識﹄︵チャイルド本社 1984年︶ ●﹃パチンコと日本人﹄︵講談社現代新書 1984年︶ ●﹃一世紀の肖像 榊田喜三翁伝﹄︵京都信用金庫 1984年︶ ●﹃文化の社会学﹄︵PHP研究所 1985年︶ ●﹃電子時代の整理学――事務機器を点検する﹄︵中公新書 1985年︶ ●﹃比較経済・経営・社会――多様化する組織のなかで﹄︵放送大学教育振興会 1986年︶ ●﹃家庭の本質﹄︵放送大学教育振興会 1986年︶ ●﹃地域社会学﹄︵放送大学教育振興会 1987年︶ ●﹃地域と生活﹄︵放送大学教育振興会 1987年︶ ●﹃時間意識の社会学――時間とどうつきあうか﹄︵PHP研究所 1987年︶ ●﹃人生にとって組織とはなにか﹄︵中公新書 1990年︶ ●﹃﹁見物﹂の精神﹄︵PHP研究所 1990年︶ ●﹃人生のくくり方―折目・節目の社会学﹄︵NHKブックス 1995年︶ ●﹃暮らしの世相史―かわるもの、かわらないもの﹄︵中公新書 2002年︶ ●﹃多文化共生のジレンマ―グローバリゼーションのなかの日本﹄︵明石書店 2004年︶ ●﹃なんのための日本語﹄︵中公新書 2004年︶ ●﹃隠居学 おもしろくてたまらないヒマつぶし﹄︵講談社 2005年/講談社文庫 2011年︶ ●﹃世間にまなぶ 歴史社会学雑纂﹄︵中央公論新社 2006年︶ ●﹃続 隠居学﹄︵講談社 2007年︶ ●﹃メディアの発生 聖と俗をむすぶもの﹄︵中央公論新社 2009年︶ ●﹃常識人の作法﹄︵講談社 2010年︶ ●﹃メディアの展開 情報社会学からみた﹁近代﹂﹄︵中央公論新社 2015年︶ ●﹃社会学――わたしと世間﹄︵中公新書 2018年︶ ●﹃九十歳のラブレター﹄︵新潮社 2021年︶共著[編集]
●︵米山俊直︶﹃北上の文化―新・遠野物語―﹄︵社会思想社, 1963年︶ ●︵小松左京編著、小松左京・川喜田二郎・川添登共著︶﹃シンポジウム未来計画﹄講談社、1967年 ●︵吉田民人・竹内郁郎︶﹃社会的コミュニケーション﹄︵培風館, 1968年︶ ●︵前田愛︶﹃明治メディア考﹄︵中央公論社, 1980年/中公文庫, 1983年/河出書房新社, 2008年︶著作集[編集]
●﹃加藤秀俊著作集﹄︵全12巻、中央公論社, 1980-1981年︶ ●1巻﹁探求の技法﹂ ●2巻﹁人間関係﹂ ●3巻﹁世相史﹂ ●4巻﹁大衆文化論﹂ ●5巻﹁時間と空間﹂ ●6巻﹁世代と教育﹂ ●7巻﹁生活研究﹂ ●8巻﹁比較文化論﹂ ●9巻﹁情報と文明﹂ ●10巻﹁人物と人生﹂ ●11巻﹁旅行と紀行﹂ ●12巻﹁アメリカ研究﹂ ●﹃加藤秀俊社会学選集﹄︵上・下、人文書院, 2016年︶編著[編集]
●﹃新しいアメリカ﹄︵日本放送出版協会, 1963年︶ ●﹃明治・大正・昭和世相史﹄︵社会思想社, 1967年、新版1980年︶ ●Japanese Popular Culture: Studies in Mass Communication and Cultural Change, (Greenwood Press, 1973). ●﹃アメリカ歴史技術博物館――フロンティアとアメリカの文明﹄︵講談社, 1978年︶ ●﹃紛争の研究﹄︵農山漁村文化協会, 1979年︶ ●﹃人間と社会﹄︵放送大学教育振興会, 1985年︶ ●﹃比較経済・経営・社会――多様化する組織のなかで﹄︵放送大学教育振興会, 1986年︶ ●﹃家庭の本質﹄︵放送大学教育振興会, 1986年︶ ●﹃日本の環境教育﹄︵河合出版, 1991年︶ ●﹃企業と自然環境﹄︵総合法令, 1992年︶ ●﹃企業と文化﹄︵総合法令, 1993年︶共編著[編集]
●︵大橋健三郎・斎藤眞︶﹃講座 アメリカの文化︵全6巻︶﹄︵南雲堂, 1969年-1972年︶ ●︵針生一郎︶﹃参加する大衆﹄︵学研, 1970年︶ ●︵太田武男・井上忠司︶﹃家族問題文献集成――戦後家族問題研究の歩み﹄︵京都大学人文科学研究所, 1970年-1972年︶ ●︵桑原武夫・中根千枝︶﹃歴史と文明の探求――文明問題懇談会全記録︵上・下︶﹄︵中央公論社, 1976年︶ ●︵小松左京︶﹃学問の世界――碩学に聞く﹄︵講談社現代新書︵上・下︶, 1978年/講談社学術文庫︵抄版︶, 2002年︶ ●︵菊竹清訓︶﹃都市の研究﹄︵放送大学教育振興会, 1988年︶ ●Handbook of Japanese Popular Culture, co-edited with Richard Gid Powers, (Greenwood Press, 1989). ●︵亀井俊介︶﹃日本とアメリカ――相手国のイメージ研究﹄︵日本学術振興会, 1991年︶ ●︵熊倉功夫︶﹃外国語になった日本語の事典﹄︵岩波書店, 1999年︶ ●︵林雄二郎︶﹃フィランソロピーの橋――こころ豊かな社会を築くために﹄︵TBSブリタニカ, 2000年︶訳書[編集]
●ウォルフェンスタイン=ライツ﹃映画の心理学﹄ 加藤隆江共訳︵みすず書房 (現代科学叢書) , 1956年︶ ●マーガレット・ミード﹃男性と女性――移りゆく世界における両性の研究﹄田中寿美子共訳︵東京創元社︵上・下︶, 1961年、新版・同 現代社会科学叢書, 1968年︶ ●デイヴィッド・リースマン﹃孤独な群衆﹄︵みすず書房, 1964年、新版1978年、改訂版﹁始まりの本﹂︵上下︶, 2013年︶ ●デイヴィッド・リースマン﹃現代論集︵2︶何のための豊かさ﹄︵みすず書房, 1968年︶ ●デイヴィッド・リースマン/イーヴリン・リースマン﹃日本日記﹄鶴見良行共訳︵みすず書房, 1969年︶ ●B・F・スキナー﹃自由への挑戦――行動工学入門﹄︵番町書房, 1972年︶ ●ジョージ・マイクス﹃偽善の季節 豊かさにどう耐えるか﹄︵ダイヤモンド社, 1972年︶ ●バーナード・ルドフスキー﹃みっともない人体﹄︵多田道太郎共訳、鹿島出版会, 1979年︶ ●ジョージ・マイクス﹃金持学入門 豊かさにどう耐えるか﹄︵ダイヤモンド社, 1985年︶ ●ジョージ・マイクス﹃貧乏学入門 貧しさをどう楽しむか﹄︵ダイヤモンド社, 1985年︶脚注[編集]
- ^ 小松左京 (2006-07-20). SF魂. 新潮社
- ^ “加藤秀俊さん死去 社会学者”. 共同通信 (2023年10月3日). 2023年10月3日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 加藤秀俊データベース(本人の運営による)
- 『わが師わが友―ある同時代史』(自伝(中央公論社、1982年刊。絶版)。サイト内で全文が公開されている。)