外傷初期診療ガイドライン日本版
表示
外傷初期診療ガイドライン日本版︵がいしょうしょきしんりょうガイドラインにほんばん、英: Japan Advanced Trauma Evaluation and Care、JATEC︶とは、救命救急センターを含む救急病院へと搬送された傷病者を迅速に検査・治療するための診療ガイドライン。外傷病院前救護ガイドライン︵JPTEC︶に則っている。米国のen:Advanced Trauma Life Support︵ATLS︶を元にしている。
制度が導入された背景については、外傷病院前救護ガイドライン#背景を参照されたい。
標準化診療手順[編集]
JATECにおいては、下記の手順に従って診療が進められる。 プライマリー・サーベイ ABCDEアプローチに基づき、生命維持のための生理機能の維持・回復を最優先として検索・対処するものである。 セカンダリー・サーベイ プライマリー・サーベイにおいて生命維持に直結する問題を確認・対処したのちに、全身の損傷を系統的に検索するものである。 根本治療[1] プライマリー・サーベイおよびセカンダリー・サーベイにおいて確認された問題に対し、根本的な治療を施すものである。プライマリー・サーベイ[編集]
第一印象[編集]
救急車から降ろされた患者のそばに行き、声をかけて反応を見た上で、上肢に損傷がなければ手首︵出来れば橈骨動脈︶に触れる。これだけで、意識レベル、自発呼吸の有無、顔色︵ショックの有無︶、主訴、麻痺の有無、末梢循環動態を大まかに見ることが出来る。以後、それらの悪化がないかどうか絶えず観察しなければならない。そして、意識のある患者には安心させることが必要である。ABCDEアプローチ[編集]
「ABC (医療)」も参照
プライマリー・サーベイ[2]は、ABCDEアプローチに基づいて進められる。これは、下記の通りのものである。
A‥airway
気道評価・確保と頚椎保護。気道の確保を困難にする要素。すなわち上顎・下顎骨折、顔面損傷、気道内異物。
B‥breathing
呼吸評価と致命的な胸部外傷の処置。呼吸を阻害する病態。すなわち、フレイルチェスト[3]、開放性気胸[4]、緊張性気胸[5]、大量血胸[6]など。
C‥circulation
循環評価および蘇生と止血。正常な循環を妨げる病態。ショック、心タンポナーデ、緊張性気胸に留意する。この際、腹腔内出血および胸腔内液体貯留・心嚢液貯留の検出のため、FAST検査が行なわれる。
D‥dysfunction of CNS
生命を脅かす中枢神経障害の評価。中枢神経系の機能を評価する。意識レベル、瞳孔所見、片麻痺などの所見に留意する。なお、
●搬入後、グラスゴー・コーマ・スケールで2点以上の低下が見られた
●グラスゴー・コーマ・スケールの合計が8点以下である
●瞳孔不同やクッシング現象がある
のいずれかの徴候がある場合、切迫するD状態と呼ばれ、ABCが安定し次第、頭部CT検査と脳神経外科医による対処を行なうこととされている。
E‥exposure & environmental control
脱衣と体温管理。脱衣による外出血や開放創の有無の観察、およびその後の体温管理︵低体温の防止︶。
この手順は線形アルゴリズムであり、初療時の優先順位を示したものであるが、実際の臨床現場では医師が複数いるなどの場合、できるだけ同時にアプローチすることとされている。
なお、ABCDEアプローチの前半部は、心肺蘇生におけるABCに準じたものになっている。心肺蘇生のABCは
●A‥気道確保
●B‥人工呼吸
●C‥心臓マッサージ
を表しているが、外傷診療におけるABCは﹁それらを脅かす要素﹂を意味している。
セカンダリー・サーベイ[編集]
プライマリー・サーベイの完了、蘇生の継続、ABCの安定を確認した後で行なわれるものである。全身において系統的に損傷を検索するため、解剖学的評価に主眼を置く。また、プライマリー・サーベイにおいて切迫するDが確認された場合、これへの対処が最優先となる。病歴の聴取[編集]
AMPLEが、病歴聴取に当たって重視される。 Allergy アレルギー歴 Medication 服用薬 Past history and Pregnancy 既往歴・妊娠 Last meal 最終の食事 Events and Environment 受傷機転や受傷現場の状況全身検索[編集]
頭部・顔面[編集]
●頭痛・視力低下・複視・聴力障害・咬合障害 ●眼損傷・鼓膜損傷 ●頭蓋底骨折:パンダの目徴候やバトル徴候︵乳様突起耳介後部の皮下腫脹変色︶ ●陥没骨折・顔面骨骨折・上顎/下顎骨骨折 ●口腔・鼻腔内損傷 などに注意する。頚部[編集]
頚椎・頚髄損傷を疑う場合は、頸椎X線3方向撮影を行なう。なお、頚部観察中は頚椎カラーを外すが、これ以外のセカンダリー・サーベイの間は、原則としてカラーは装着しておく。胸部[編集]
視診・聴診・触診・打診に加え、心電図および胸部X線写真を確認する。この際、下記のPATBED2Xの8外傷に注意する。 ●Pulmonary contusion:肺挫傷 ●Aortic rupture:外傷性大動脈破裂 ●Tracheobronchial rupture:気管気管支破裂 ●Blunt cardiac contusion:鈍的心損傷 ●Esophageal rupture:食道損傷 ●Diaphragmatic rupture:横隔膜破裂 ●2X ●Pneumothorax:気胸 ●Hemothorax:血胸腹部[編集]
腹腔内出血と腹膜炎に注意して、視診・聴診・触診・打診に加えてFAST検査を再度、反復して実施するとともに、必要に応じて腹部造影CT検査を行なう。管腔臓器損傷の診断はしばしば困難であるが、6時間以内に開腹術の要否を判断することが求められる。またこの際、診断的腹腔洗浄が有用である。骨盤・会陰[編集]
骨盤骨折の診断では、骨盤X線単純写真が重要である。これで骨盤骨折を否定したのち、生殖器、会陰、肛門の診察を施行する。可能なら直腸診を行ない、直腸損傷、腹膜炎、後部尿道損傷に注意する。四肢[編集]
骨折や脱臼を疑う所見に注意し、これが疑われる場合は自他動運動を制限してX線撮影を行なう。一方、これ以外の部位において自動運動が可能なら、骨折や脱臼、重篤な軟部組織損傷を否定できる。また、動脈損傷に注意して、毛細血管再充満時間や四肢末梢動脈の拍動を確認する。これと同時に、知覚運動機能も確認する。この際、コンパートメント症候群に注意する。背面[編集]
背面を観察できるようにする方法には、脊椎を軸にして転がす方法︵ログ・ロール法[7]︶と仰臥位のままで持ち上げる方法︵フラット・リフト法[8]︶があり、患者状態や動員できる人数によって選択する。神経系[編集]
﹁切迫するD﹂に該当せずとも、GCS合計点が15未満であったり、15でも場合によっては頭部CT検査が望ましい。感染予防[編集]
感染予防のため、デブリードマンや抗菌剤の予防的投与・破傷風対策が行なわれる。 抗菌剤の予防的投与 原則的に、ペニシリンやセファロスポリンが使用される。投与は原則として3日以内の短期とする。 破傷風予防 必要に応じて、破傷風トキソイドおよび破傷風免疫グロブリンが投与される。これらの適応については議論の余地があることが示されているが、防衛医療の一環として行なわれることが増えている。最終チェック[編集]
FIXESが合言葉とされる。これは、下記のとおりの意味である。
F —finger or tube into every orifice
外耳道内の確認や直腸診を怠っていないか。また、必要なカテーテルは適切に留置されているか。
I —intravenous / intramuscular therapy
輸液路は確保されたか、また適切な薬物投与が行なわれたか。
X —X-ray photograph
X線や、その他CT検査など適切な画像診断を行ったか。
E —electrocardiogram
心電図モニタにとどめず、12誘導心電図︵ECG︶を記録したか。
S —splint
骨折に対して副子︵シーネ︶で創外固定を行ったか。
脚注[編集]
関連項目[編集]
- 外傷 / 脊髄損傷 / 窒息 / 気胸 / フレイルチェスト / 心タンポナーデ / 大動脈解離 / 腹腔内出血 / 骨盤骨折
- 救急医療 / 救急医学 / 災害医療 / 応急手当 / 根拠に基づく医療 / 医学 / 歯学