林家染語楼 (4代目)
四代目 | |
本名 | |
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別名 | |
生年月日 | 1950年5月19日 |
没年月日 | 2005年3月29日(54歳没) |
出身地 | 日本・大阪府大阪市 |
死没地 | 日本・大阪府大阪市阿倍野区 |
師匠 | 三代目林家染語楼 四代目林家小染 |
弟子 | 五代目林家染語楼 |
名跡 | 1. 林家市染 (1973年 - 1993年) 2. 四代目林家染語楼 (1993年 - 2005年) |
出囃子 | 『鞍馬』 |
活動期間 | 1973年 - 2005年 |
活動内容 | 上方落語 漫談 鳴物方 |
家族 | 三代目林家染語楼(実父) 五代目林家染語楼(実子) |
所属 | 吉本興業 |
主な作品 | |
ちりちり | |
備考 | |
上方落語協会理事 | |
四代目 林家 染語楼︵はやしや そめごろう、1950年5月19日 - 2005年3月29日︶は上方の落語家。三代目の次男であり、五代目︵市楼︶は実の息子。上方落語協会理事も務めた。本名‥鹿田 佳歩。出囃子は﹃鞍馬﹄。愛称は前名の市染に因み﹁市ちゃん﹂。
芸歴[ソースを編集]
●1973年10月 - 三代目林家染語楼に入門、﹁市染﹂を名乗る。 ●1974年1月 - 初舞台。 ●1975年1月 - 師匠が死去、四代目林家小染の預かり弟子となる。 ●1993年6月 - ﹁四代目林家染語楼﹂を襲名。 ●2005年3月29日、食道がんのため大阪市阿倍野区の病院で死去[1]。54歳没。芸風・人物像[ソースを編集]
ほぼ新作落語一辺倒だった父・3代目に対し、古典落語も演じた。語り口は3代目や、3代目没後指導を乞うた3代目桂米之助の影響もあってか、ほのぼのと暖かいものであった。3代目直伝の﹁青空散髪﹂は﹁父以上﹂と評価が高い。 一時父の漫談で父の名﹁一・一﹂で舞台に上がったこともある。 音曲に詳しく、先輩落語家の独演会では鳴物方を務めることもあった。自身は染語楼社中を組織。島田紳助の﹁SHINSUKE-BAND﹂や、笑福亭福笑、3代目桂あやめらと結成した落語家バンド﹁ヒロポンズ・ハイ﹂︵2018年より﹁HEROポン酢ハイ﹂に改称︶ではギタリストを務めていた︵後に実子の市楼はベーシストとして参加︶。得意演目[ソースを編集]
弟子[ソースを編集]
- 林家市楼(贈5代目林家染語楼) - 実子
廃業[ソースを編集]
- 林家太楼
出典[ソースを編集]
- ^ 「林家染語楼氏死去/落語家」『四国新聞』、2005年3月29日。2023年10月5日閲覧。