祝辰巳
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祝 辰巳︵いわい たつみ[1]、慶応4年2月︵1868年︶ - 1908年︵明治41年︶5月25日︶は、日本の台湾総督府・大蔵官僚。台湾総督府民政長官。位階および勲等は正四位・勲二等。
経歴[編集]
出羽国村山郡︵現山形県上山市︶で上山藩士の子として生まれる。1892年、帝国大学法科大学を卒業。同年10月、大蔵省試補となり、大臣官房第二課に配属された。以後、主計局勤務、沖縄県収税部長・収税長を歴任。 1896年、台湾総督府に転じ、民政局財務部調査課長兼関税課長に就任。その後、財務局主計課長、財務局長事務取扱、民政部財務局長、兼専売局長、民政局殖産局長などを歴任。 1906年11月、民政長官に就任し、現職で死去した。墓所は藩主菩提寺であった東京都港区高輪の松光寺。栄典[編集]
●1906年︵明治39年︶4月1日 - 勲三等旭日中綬章[2]。脚注[編集]
(一)^ 参考文献﹃日本人名大辞典﹄111頁では﹁いおう たつみ﹂。 (二)^ ﹃官報﹄第7194号﹁叙任及辞令﹂1907年6月24日。参考文献[編集]
●上田正昭他﹃日本人名大辞典﹄講談社、2001年。 ●秦郁彦編﹃日本官僚制総合事典‥1868 - 2000﹄東京大学出版会、2001年。 ●岡本真希子﹃植民地官僚の政治史 - 朝鮮・台湾総督府と帝国日本﹄三元社、2008年。 ●内閣官報局﹃職員録﹄外部リンク[編集]
●国立国会図書館 祝辰巳|近代日本人の肖像公職 | ||
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先代 後藤新平 |
台湾総督府民政長官 第4代:1906 - 1908 |
次代 大島久満次 |