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狩野宗秀

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   201551 - 6111601

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作品[編集]

作品名 技法 形状・員数 所有者 年代 落款・印章 備考
織田信長 1幅 長興寺 1583年(天正11年)6月 重要文化財
四季花鳥図屏風 紙本金地著色 六曲一双 大阪市立美術館 天正末年頃 重要文化財[2][3]
遊行上人絵 紙本著色 10巻 山形市光明寺 1594年(文禄3年) 重要文化財。各巻の奥書や外箱の墨書きから、最上義光1594年文禄3年)7月7日に寄進したが、何らかの事情で最上家の手元に置かれていたものを、1631年寛永8年)に最上義俊が改めて光明寺に寄進したことがわかる。  
日禎上人画像 絹本著色 1幅 京都国立博物館 1596年(文禄5年)
三十六歌仙図扁額 板地著色 36面 豊国神社 1599年慶長4年)
柳図屏風 紙本金地著色 六曲一隻 相国寺 晩年の作 「元秀」朱文壺形印 宗秀作品の中で現存唯一の大画(モチーフを近接拡大した桃山時代特有の絵画様式)の遺作。
洛中洛外図扇面貼付屏風 紙本金地著色 二曲一隻 出光美術館
都の南蛮寺図 紙本金地著色 扇1面 神戸市立博物館 元は「京名所扇面画帖」2帖全60枚のうちの1点。現在は、個人蔵1帖(30図)、上記の出光美術館、東京国立博物館[1]東京芸術大学大学美術館[2][3]など諸家に分蔵。その中でも本図は、同時代に南蛮寺を描いた貴重な作例である。
韃靼人狩猟図屏風[4][5] 紙本金地著色 六曲一双 サンフランシスコ・アジア美術館ブランデージコレクション 伝狩野宗秀。息子の真設甚之丞の作とする説もある。

ギャラリー[編集]

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 1519-1592

 1543-1590

 1577-1654

 1565-16081571-1618

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  1. ^ a b 古画備考』収録の「狩野光信宛宗秀遺言状」
  2. ^ 平成26年8月21日文部科学省告示第98号
  3. ^ 1941年9月24日付けで重要美術品に認定されていた(『重要美術品等認定物件目録』(思文閣、1972)、p.418)。

参考文献[編集]

  • 土居次義 「豊国神社の歌仙扁額について ─狩野宗秀研究資料」「狩野宗秀に関する一考察 ─日禎上人像を中心として」、『近世日本絵画の研究』所収、美術出版社、1970年
  • 『週刊朝日百科 世界の美術119 安土桃山時代の絵画』 朝日新聞社、1980年
  • 町田右 「狩野宗秀筆四季花鳥図屏風における構図の対称性について 」『美術史学』第10号、東北大学文学部美学美術史研究室、1988年3月、pp.25-37
  • 『日本人名大辞典』 講談社、2001年 ISBN 978-4-0621-0800-3
  • 並木誠士 「狩野宗秀「遺言状」をめぐる考察」、古画備考研究会編 『原本『古画備考』のネットワーク』 思文閣出版、2013年2月、ISBN 978-4-7842-1674-1
展覧会図録
  • 京都国立博物館編集 『特別展覧会 狩野永徳』 2007年
  • 最上義光歴史館編集 『特別展 重要文化財 光明寺本 遊行上人絵 ─最上義光 没後四百年記念 全巻公開─』 山形市発行、2013年9月
  • 京都国立博物館 毎日新聞社編集 『特別展覧会 桃山時代の狩野派─永徳の後継者たち─』 毎日新聞社 NHK京都放送局 NHKプラネット近畿、2015年4月7日