上一宮大粟神社
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上一宮大粟神社 | |
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本殿と拝殿 | |
所在地 | 徳島県名西郡神山町神領字西上角330 |
位置 | 北緯33度58分15.6秒 東経134度22分1秒 / 北緯33.971000度 東経134.36694度座標: 北緯33度58分15.6秒 東経134度22分1秒 / 北緯33.971000度 東経134.36694度 |
主祭神 | 大宜都比売命 |
社格等 |
式内社(大)論社 阿波国一宮論社 旧郷社 |
札所等 | 新四国曼荼羅霊場73番 |
例祭 | 体育の日 |
地図 |
上一宮大粟神社︵かみいちのみやおおあわじんじゃ︶は、徳島県名西郡神山町にある神社。式内大社・阿波国一宮の﹁天石門別八倉比売神社﹂の論社の1つ[1]。旧社格は郷社。新四国曼荼羅霊場第七十三番札所。
祭神[編集]
●大宜都比売命 ︵おおげつひめのみこと︶ - またの名を天石門別八倉比売命︵あまのいわとわけやくらひめのみこと︶あるいは大粟比売命︵おおあわひめのみこと︶とされる。 社伝によれば、大宜都比売神が伊勢国丹生の郷︵現 三重県多気郡多気町丹生︶から馬に乗って阿波国に来て、この地に粟を広めたという。歴史[編集]
﹃延喜式神名帳﹄に記載される式内大社﹁阿波国名方郡 天石門別八倉比賣神社﹂の論社の一つである。天石門別八倉比賣神社は神亀5年︵728年︶に聖武天皇の勅願所となり、元暦2年︵1185年︶には正一位の神階を授けられた。平安時代には、現在の徳島市一宮町に当社の分祠として一宮神社が創建された。 明治3年︵1870年︶、社名を﹁埴生女屋神社﹂と改められたが、氏子の請願により、明治28年︵1895年︶に現在の上一宮大粟神社となった。前後の札所[編集]
脚注[編集]
関連項目[編集]
阿波国一宮を称する神社