「京王電気軌道400形電車」の版間の差分
m Bot作業依頼#Cite webの和書引数追加 |
m →長編成化工事 |
||
109行目: | 109行目: | ||
=== 長編成化工事 === |
=== 長編成化工事 === |
||
戦災に |
戦災に遭わなかった車輛も、戦後はヘッドライトの屋根上への移動や、方向幕の廃止、パンタグラフのPS13への変更、ドアステップの撤去が順次進められた。ステップ廃止後、全車とも裾部張り出しの撤去を実施している。また上記戦災復旧車がドアエンジンを装備したため、ドアエンジンも使われるようになった<ref name="keio5060_p48" />。[[1950年]](昭和25年)から[[1951年]](昭和26年)にかけては、[[鉄道のブレーキ|ブレーキシステム]]を[[直通ブレーキ#SME|SME直通ブレーキ]]から[[自動空気ブレーキ#%E4%BA%8C%E5%9C%A7%E5%8A%9B%E5%BC%8F%E5%88%B6%E5%BE%A1%E5%BC%81|AMM自動空気ブレーキ]]へ変更などの3両編成対応工事(三編工)が施工された。 |
||
<!--幅が狭く[[車掌]]業務に支障する運転台脇の狭幅窓を改善するため、前後の客用扉を車体中央寄りに移設して窓幅の拡張を行った。--> |
<!--幅が狭く[[車掌]]業務に支障する運転台脇の狭幅窓を改善するため、前後の客用扉を車体中央寄りに移設して窓幅の拡張を行った。--> |
||
2024年5月31日 (金) 06:33時点における最新版
![]() |
京王電気軌道400形電車 →東急デハ2400形電車 →京王デハ2400形電車 | |
---|---|
京王資料館に保存されていた当時のデハ2410(2003年撮影) 2013年に京王れーるランドへ移設された。 | |
基本情報 | |
運用者 |
京王電気軌道 →東京急行電鉄 →京王帝都電鉄 |
製造所 | 日本車輛 |
製造年 | 1940年 |
製造数 | 10 |
運用開始 | 1941年 |
運用終了 | 1963年8月3日 |
投入先 | 京王線 |
主要諸元 | |
軌間 | 1,372 mm |
電気方式 | 直流600V(架空電車線方式) |
車両定員 | 100人 |
自重 | 25.0t |
全長 | 14,118 mm[注釈 1] |
車体長 | 13.420 mm |
全幅 | 2,640 mm |
車体幅 | 2,500 mm |
全高 | 4,106 mm[注釈 2](集電装置あり) |
車体高 | 3,600 mm[注釈 3](集電装置なし) |
床面高さ | 1,038 mm |
車体 | 半鋼製 |
台車 | 日本車輛D-14 |
主電動機 | 東洋電機製造 TDK-31-2NまたはTDK-31-SN |
主電動機出力 | 63.4kW×4基 / 両 |
駆動方式 | 吊掛駆動 |
歯車比 | 64:20(3.20) |
制御方式 | 抵抗制御 |
制御装置 | 三菱電機 電空単位スイッチ式手動加速制御器 |
制動装置 | AMA元空気溜管式空気ブレーキ |
備考 | デハ2402 - 2405の3両編成対応工事(三編工)施工後の1954年のデータ[1]及び竣工図[2]による。 |
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/f1/Keio-rail-land_Trains-20130814.jpg/220px-Keio-rail-land_Trains-20130814.jpg)
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/7f/Keio_2410_car_at_Keio_Rail_Land.jpg/220px-Keio_2410_car_at_Keio_Rail_Land.jpg)
京王電気軌道400形電車(けいおうでんききどう400がたでんしゃ)は、京王電鉄の前身で現在の京王線に相当する路線(軌道線)を運営していた京王電気軌道が、1940年(昭和15年)に投入した電車である。
車両概説
[編集]![]() |
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/0/00/Inside_of_KTR_2400.jpg/220px-Inside_of_KTR_2400.jpg)
1940年に日本車輌製造(日車)で401 - 410の10両が製造された、京王電気軌道最後の新造車である。
車体
[編集]主電動機
[編集]制御器
[編集]ブレーキ
[編集]連結運転を実施するため、非常弁付き直通ブレーキ (SME) を搭載する。
台車
[編集]集電装置
[編集]300形が積んでいたパンタグラフの改良版である三菱電機製S-600Aを1基、新宿側[8][9]に搭載している。このパンタグラフはサイズ自体は200形が装備した東洋電機製C-5-Aと比べ大きかったが、150形や125形が装備した三菱電機製S-514パンタグラフよりも軽量化が進められたものであった[10]。
沿革
[編集]戦災復旧
[編集]長編成化工事
[編集]戦災に遭わなかった車輛も、戦後はヘッドライトの屋根上への移動や、方向幕の廃止、パンタグラフのPS13への変更、ドアステップの撤去が順次進められた。ステップ廃止後、全車とも裾部張り出しの撤去を実施している。また上記戦災復旧車がドアエンジンを装備したため、ドアエンジンも使われるようになった[5]。1950年(昭和25年)から1951年(昭和26年)にかけては、ブレーキシステムをSME直通ブレーキからAMM自動空気ブレーキへ変更などの3両編成対応工事(三編工)が施工された。
デハ2401の事故復旧
[編集]スモールマルティー(t)への改造
[編集]1960年4月に、2407が2010系の付随車「スモールマルティー」(t) に改造され、サハ2504となった。改造後は同じく戦災復旧車・日本車輛製の新造車体のデハ2205を改造したサハ2554と共に、新造されたデハ2014・デハ2064と4両編成を組んだ。これ以外の非戦災車9両について同改造が実施されたものはない。
1500V昇圧による終焉
[編集]← 新宿 東八王子 →
| |||
形式 | デハ2125 | サハ2110 | デハ2400 |
---|---|---|---|
区分 | M[注釈 10][注釈 11] | T | Mc |
車両番号 | 2130 | 2120 | 2410 |
← 新宿 東八王子 → | |||
形式 | デハ2400 | サハ2110 | デハ2400 |
---|---|---|---|
区分 | M | T | Mc |
車両番号 | 2409 | 2116 | 2401 |
他社への譲渡
[編集]![]() |
4両が地方私鉄に譲渡された。
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/14/%E5%BA%84%E5%86%85%E4%BA%A4%E9%80%9A%E3%83%A2%E3%83%8F8%E5%BD%A2.jpg/220px-%E5%BA%84%E5%86%85%E4%BA%A4%E9%80%9A%E3%83%A2%E3%83%8F8%E5%BD%A2.jpg)
庄内交通
[編集]京福電気鉄道福井支社
[編集]保存・公開
[編集]参考文献
[編集]書籍
[編集]雑誌記事
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ 『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション9 京王電鉄1950-60』 「電気車形式図表 私鐵電車編」 p.157
- ^ a b c 鈴木洋『【RM LIBRARY 111】京王線14m車の時代』p.26
- ^ 鈴木洋『【RM LIBRARY 111】京王線14m車の時代』p.25
- ^ a b 『鉄道ピクトリアル』422号(1983年9月号)合葉博治「車両形態の変遷 -京王線70年・井の頭線50年の流れをたどる-」 p.79
- ^ a b c 『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション9 京王電鉄 1950-60』飯島正資「私鉄車両めぐり 京王帝都電鉄」(※『鉄道ピクトリアル』1955年4月号(通巻第45号)、5月号(通巻第46号)より再録)] p.48
- ^ a b 『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション9 京王電鉄1950-60』 京王帝都レールファンクラブ「私鉄車両めぐり(72) 京王帝都電鉄 補遺 p.117-118
- ^ 『鉄道ピクトリアル』422号(1983年9月号)向山真司「京王線中型車の素顔」 p.87
- ^ a b 宮下洋一編『鉄道車輌ガイド Vol.30 京王帝都のグリーン車』(2019) p.36
- ^ a b 宮下洋一編『鉄道車輌ガイド Vol.30 京王帝都のグリーン車』(2019) p.120-121
- ^ 『鉄道ピクトリアル』422号(1983年9月号)向山真司「京王線中型車の素顔」 p.88-89
- ^ a b c d 『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション9 京王電鉄 1950-60』飯島正資「私鉄車両めぐり 京王帝都電鉄」(※『鉄道ピクトリアル』1955年4月号(通巻第45号)、5月号(通巻第46号)より再録)] p.51-52
- ^ 『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション9 京王電鉄1950-60』 京王帝都レールファンクラブ「私鉄電車めぐり(65) 京王帝都電鉄 第2部 車両総論」 p.87
- ^ a b c d 『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション9 京王電鉄1950-60』 「読者短信に見る京王電鉄の記録」 p.146-147
- ^ a b 宮下洋一編『鉄道車輌ガイド Vol.30 京王帝都のグリーン車』(2019) p.126
- ^ 『鉄道ピクトリアル』2014年8月臨時増刊号(通巻893号)「京王線220形をめぐって」 p.167
- ^ 『鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション9 京王電鉄1950-60』 「読者短信に見る京王電鉄の記録」 p.148
- ^ 宮下洋一編『鉄道車輌ガイド Vol.30 京王帝都のグリーン車』(2019) p.31
- ^ 鈴木洋『【RM LIBRARY 111】京王線14m車の時代』p.7
- ^ a b 『鉄道ピクトリアル』1973年5月増大号(通巻278号)鈴木洋「他社に渡った京王の車両」p.58
- ^ 『鉄道ピクトリアル』2003年7月臨時増刊号(通巻734号) 合葉清治「京王中型車の思い出」p.196
- ^ a b 高井 (2023) p.194-195
- ^ 宮下洋一編『鉄道車輌ガイド Vol.30 京王帝都のグリーン車』(2019) p.112
- ^ 鈴木洋『【RM LIBRARY 111】京王線14m車の時代』p.43
- ^ 『鉄道ピクトリアル』1973年5月増大号(通巻278号)鈴木洋「他社に渡った京王の車両」p.57
- ^ a b 『鉄道ピクトリアル』893号(1983年9月号)藤田吾郎「京王電鉄 主要車歴表(2012年度末)」 p.262-284
- ^ 宮下洋一編『鉄道車輌ガイド Vol.30 京王帝都のグリーン車』(2019) p.113
- ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻734号、p.235
- ^ “京王れーるランド展示車両が陸送される”. railf.jp(交友社). 2013年4月4日閲覧。
関連項目
[編集]- 京王220系電車:4両中3両がデハ2400形の改造車。うち1両がデハ2410に復して保存されている。
- グリーン車 (京王)
- 京王資料館
- 京王れーるランド