宮ヶ谷塔
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宮ヶ谷塔 | |
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国 |
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都道府県 |
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市町村 |
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区 | 見沼区 |
人口 | |
• 合計 | 719人 |
等時帯 | UTC+9 (JST) |
郵便番号 |
337-0011 |
宮ヶ谷塔︵みやがやとう︶は、埼玉県さいたま市見沼区の地名。現行行政地名は宮ヶ谷塔一丁目から宮ヶ谷塔四丁目及び大字宮ヶ谷塔。2011年12月1日現在の人口は719人[1]。郵便番号337-0011。本項では同地域にかつて存在した北足立郡宮ヶ谷塔村︵みやがやとうむら︶についても記す。
地理
さいたま市見沼区東端部に位置する。西で小深作・深作︵飛地︶・東門前︵飛地︶、北で深作・卸町、南で東宮下、東で岩槻区岩槻・並木・加倉に接する。おおむね綾瀬川の右岸にあたり、中央を深作川と国道16号東大宮バイパスが縦貫、南部を埼玉県道2号さいたま春日部線が横断する。綾瀬川の対岸飛地を除くおおむね県道2号以北が宮ヶ谷塔一 - 三丁目となっており、残部が大字宮ヶ谷塔として現存する。東武野田線が横断するが、駅は所在しない。
河川
歴史
宮ヶ谷塔村 | |
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廃止日 | 1893年9月23日 |
廃止理由 |
新設合併 丸ヶ崎村、小深作村、深作村、宮ヶ谷塔村 → 春岡村 |
現在の自治体 | さいたま市 |
廃止時点のデータ | |
国 |
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地方 | 関東地方 |
都道府県 | 埼玉県 |
郡 | 北足立郡 |
総人口 |
368人 (埼玉県市町村誌、1889年) |
隣接自治体 | 深作村、小深作村、風渡野村、東宮下村、東門前村 |
宮ヶ谷塔村役場 | |
所在地 | 埼玉県北足立郡宮ヶ谷塔村 |
ウィキプロジェクト |
地名の由来
鎮守であった氷川神社(宮)と、谷戸があったことから「宮ヶ谷戸」と呼ばれ、その表記が変化したもの。
沿革
●幕末時点では足立郡宮ヶ谷塔村であった。代官大竹左馬太郎管轄の幕府領であった。
●1868年︵慶応4年︶6月19日 - 武蔵知県事・山田政則︵旧幕府代官︶の管轄となる。
●1869年︵明治2年︶
●1月10日 - 山田政則知県事が宮原忠英に交代。
●1月13日 - 武蔵知県事・宮原忠英の管轄区域に大宮県を設置。
●9月29日 - 大宮県が県庁の移転により浦和県に改称。
●1871年︵明治4年︶11月13日 - 第1次府県統合により埼玉県の管轄となる。
●1879年︵明治12年︶3月 - 郡区町村編制法の埼玉県での施行により北足立郡の所属となる。
●1889年︵明治22年︶4月1日 - 町村制の施行により、北足立郡宮ヶ谷塔村が単独で自治体を形成。
●1913年︵大正2年︶4月2日 - 丸ヶ崎村・小深作村・深作村と合併して春岡村が発足。同日宮ヶ谷塔村廃止。春岡村の大字となる。
●1955年︵昭和30年︶1月1日 - 春岡村が大宮市に編入。大宮市の大字となる。
●︵時期不明︶一部の地域から卸町が分立。
●2001年︵平成13年︶5月1日 - 大宮市が浦和市・与野市と合併してさいたま市が発足。さいたま市の大字となる。
●2003年︵平成15年︶4月1日 - さいたま市の政令指定都市移行により、見沼区の大字となる。
交通
鉄道路線
東武野田線が区域内を通過するが、駅は所在しない。最寄り駅は七里駅。
バス
道路
施設
- さいたま市障害者福祉施設春光園(一丁目)
- 氷川神社(三丁目)
脚注
- ^ さいたま市の町名別人口(総人口), 2012-3-17閲覧。
参考文献
- 角川日本地名大辞典 11 埼玉県
- 旧高旧領取調帳データベース