シタール
シタール︵ヒンディー語‥सितार、英語‥sitar︶は、北インド発祥の弦楽器。民族楽器の一つ。
語源[編集]
シタールという言葉は、サンスクリット語のsaptatantri veena︵七弦のヴィーナ︶から派生し、後にsaat taar︵saatは﹁七﹂、taarは﹁金属の弦﹂︶と呼ばれるようになり、最終的に﹁シタール﹂となったとされる[1]。 また別の出典によると、ペルシア語のセタール︵سهتار ‥三弦︶が語源とされている[2]。概要[編集]
伝統的なシタールは19弦で、棹は長さが約90cmで約20個の金属製のフレットが結びつけられている。フレットの上には約7本の金属製の演奏弦が張られており、左手の指で弦を押さえミンドという奏法︵チョーキング︶により1フレットにつき4-5度音をだす。右手指先に付ける金属製の爪のミズラブ︵ミズラーブとも呼ばれる︶で弦をはじいて演奏する︵撥弦楽器︶。フレットの下には約12-16本の共鳴弦が張られている。 そのため、ギターと似たような仕様で作られているエレクトリック・シタールとは、趣きの異なるものである。共鳴胴は通常ヒョウタン、もしくはユウガオの実︵カンピョウの原料︶を乾燥させたもので作られる︵カボチャや木製、まれに真鍮製のものも同︶。また胴体とは別に、棹の上部にも同サイズかやや小振りの共鳴器が付くが、これなども他の多くの撥弦楽器︵リュート、ウード、ギターなど︶とは異なる特徴と言える。 13世紀から14世紀にかけて活動した音楽家、アミール・ホスローが、シタール的な楽器を使用したと記録されている[3]。独特のミュートのかかった倍音の豊かな音色︵フラジオレット、第一ヘルムホルツ運動→第二ヘルムホルツ運動︶は、﹁ジュワリ﹂という骨製︵木製︶の駒でつくられている。標準的な調弦は六弦を使ったRaga yamanにおいて、G D F# A D Dである。 伝統的なインド民俗音楽や、インドのポピュラー音楽でも使用されるが、1960年代半ばからは、後記の通り、ビートルズのジョージ・ハリスン、ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズらが使用したため、ロック・ファンにもよく知られる楽器になった。ちなみに、ウッドストックでも演奏したインド人シタール奏者のラヴィ・シャンカルは、ジョージ・ハリスンのシタールの師匠である。なお、キンクスとバーズの65年の曲で、シタールと混同しやすい音が聴けるが、実際にはシタールを使用していない。 日本のフォーク、ロックでは、ガロのMARKこと堀内護が、﹁姫鏡台﹂でシタールを演奏した。この他、Dir en greyのギタリスト・薫 などが使用している。主な楽曲[編集]
●﹁ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー﹂﹁ノルウェーの森﹂ - ビートルズ ●﹁黒くぬれ!﹂﹁ストリート・ファイティング・マン﹂ - ローリング・ストーンズ ●﹁ジ・エンド﹂ - ザ・ドアーズ ●﹁ペイパー・サン﹂﹁ホール・イン・マイ・シュー﹂ - トラフィック ●﹁ドゥ・イット・アゲイン﹂ - スティーリー・ダン(1972) ●﹁ゴールド・ダスト・ウーマン﹂ - フリートウッド・マック(1977) ●﹁シタール協奏曲第1番﹂- ラヴィ・シャンカル著名なシタール奏者[編集]
職業演奏家と、過去に演奏した著名人- ラヴィ・シャンカル
- アヌシュカー・シャンカル
- ハリハール・ラオ
- Shambhu Das
- アミット・ロイ
- ブライアン・ジョーンズ
- ジョージ・ハリスン
- デイヴ・メイソン
- スティーヴ・ハウ
- コリン・ウォルコット
- イングヴェイ・マルムスティーン
- ジミー・ペイジ
- 堀内護(MARK)
- 岸部一徳
- 町屋(和楽器バンド)
- 薫
- 安部俊幸
ギャラリー[編集]
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シタールの構造
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シタールのジュワリ
脚注[編集]
- ^ Allyn Miner (April 2004). Sitar and Sarod in the 18th and 19th Centuries. Motilal Banarsidass Publ.. pp. 24–. ISBN 978-81-208-1493-6
- ^ Sitar – Definition and More from the Free Merriam-Webster Dictionary. Merriam-webster.com (2012-08-31). Retrieved on 2013-07-17.
- ^ James Sadler Hamilton (1994). Sitar Music in Calcutta: An Ethnomusicological Study. Motilal Banarsidass. p. 50. ISBN 9788120812109 . ""Due to the absence of any mention of the sitar in the writings of Amir Khusrau (1285-1351) or in those of his contemporaries it is unlikely that any musical instrument with this name existed at that time.""*