生葉郡
生葉郡︵いくはぐん︶は、福岡県︵筑後国︶にあった郡。
郡域[編集]
1878年︵明治11年︶に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。 ●八女市の一部︵星野村︶ ●うきは市の大部分︵吉井町長栖・吉井町鷹取を除く︶歴史[編集]
景行天皇の九州巡幸の最終地として有名である。当時は的邑︵いくはのむら︶と呼ばれていた。近世以降の沿革[編集]
●明治初年時点では全域が筑後久留米藩領であった。﹁旧高旧領取調帳﹂に記載されている明治初年時点での村は以下の通り。︵1町58村︶ 流川村、小坂村、西溝尻村、東溝尻村、朝田村、西隈上村、東隈上村、山北村、東原口村、大野原村、西原口村、大石村、西大石村、古川村、糸丸村、長野村、福久村、角間村、妹川村、星野村、新川村、田籠村、小塩村、千代久村、岩光村、竹重村、屋形村、安富村、延寿寺村、屋部村、大村、三角村、末永村、国光村、若宮村、今丸村、四太郎村、下宮田村、富光村、安枝村、夏梅村、高田村、今竹村、菅村、清宗村、島村、上宮田村、徳丸村、包末村、小江村、溝口村、国吉村、能楽村、橘田村、稲崎村、末石村、金本村、三牟田村、吉井町 ●明治4年 ●7月14日︵1871年8月29日︶ - 廃藩置県により、久留米県の管轄となる。 ●11月14日︵1871年12月25日︶ - 第1次府県統合により、全域が三潴県の管轄となる。 ●明治9年︵1876年︶ - 三潴県により以下の町村の統合が行われる。︵1町29村︶ ●浮羽村 ← 西溝尻村、東溝尻村 ●三春村 ← 東原口村、大野原村、西原口村 ●高見村 ← 大石村、西大石村 ●桜井村 ← 長野村、福久村、角間村 ●富永村 ← 千代久村、竹重村、屋形村 ●生葉村 ← 岩光村、菅村、清宗村、島村 ●福益村 ← 安富村、延寿寺村 ●清瀬村 ← 大村、三角村、末永村 ●千年村 ← 今丸村、包末村、小江村﹇下記を除く﹈ ●宮田村 ← 四太郎村、下宮田村 ●八和田村 ← 富光村、安枝村、小江村﹇小向名・中島名・砂原名・今寺名﹈ ●江南村 ← 夏梅村、高田村、今竹村 ●福永村 ← 溝口村、国吉村、能楽村 ●新治村 ← 稲崎村、末石村、金本村、三牟田村
●小坂村が流川村に、糸丸村および小江村の一部︵染名︶が古川村に、国光村が若宮村に、上宮田村が徳丸村に、小江村の一部︵字欠町︶が西隈上村に、小江村の一部︵角間名︶が桜井村にそれぞれ合併。
●8月21日 - 第2次府県統合により福岡県の管轄となる。
●明治11年︵1878年︶11月1日 - 郡区町村編制法の福岡県での施行により、行政区画としての生葉郡が発足。﹁竹野生葉郡役所﹂が竹野郡田主丸町に設置され、同郡とともに管轄。
41.姫治村 42.山春村 43.大石村 44.椿子村 45.浮 羽村 46.吉井町 47.千年村 48.江南村 49.福富村 50.星野村︵桃‥八女市 橙‥うきは市 1 - 24は上妻郡 31 - 33は下妻郡 51 - 57は竹野郡︶
●明治22年︵1889年︶4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。特記以外は全域が現・うきは市。︵1町9村︶
●姫治村 ← 小塩村、新川村、田籠村、妹川村
●山春村 ← 三春村、山北村
●大石村 ← 高見村、古川村
●椿子村 ← 東隈上村、西隈上村、朝田村
●浮羽村 ← 流川村、浮羽村
●吉井町︵単独町制︶
●千年村 ← 徳丸村、千年村、桜井村、福永村、橘田村、清瀬村、若宮村、宮田村
●江南村 ← 新治村、八和田村、生葉村、江南村
●福富村 ← 屋部村、福益村、富永村
●星野村︵単独村制。現・八女市︶
●明治29年︵1896年︶4月1日 - 郡制の施行のため、下記の変更が行われる。同日生葉郡廃止。
●﹁竹野生葉郡役所﹂の管轄区域から生葉郡の一部︵星野村︶を除いた区域をもって浮羽郡が発足。
●上妻郡・下妻郡および生葉郡の一部︵星野村︶の区域をもって八女郡が発足。
行政[編集]
竹野・生葉郡長代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 備考 |
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1 | 明治11年(1878年)11月1日 | |||
明治29年(1896年)3月31日 | 分割により生葉郡廃止 |
参考文献[編集]
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 40 福岡県、角川書店、1988年2月1日。ISBN 4040014006。
- 旧高旧領取調帳データベース
関連項目[編集]
先代 ----- |
行政区の変遷 - 1896年 |
次代 浮羽郡・八女郡 |