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●土佐の人を絵に描いたような気骨のある人物だったといわれている。その人物像は﹁︵海援︶隊中の乱暴者、無鉄砲の、﹂などと表現されていることもある[2]。﹃ある海援隊隊士の生涯 菅野覚兵衛伝﹄での幼少期は、千屋家一族の年近い他の従兄弟たちの性格とは、少しだけオッチョコチョイな面もある。実直な性格。
●剣の腕が上手いため、土佐勤王党の行動範囲とは違う形に京都で尊皇攘夷の暗殺に走ってた。
●龍馬の死後、お龍︵義姉︶の面倒をよく見たとされる。お龍は一時期︵覚兵衛の実家︶千屋家にも身を寄せており、その芸西村の琴ヶ浜松原には﹁お龍・君江姉妹像﹂の銅像が建立されている。
●君江との間に生まれた子供がたくさんおり、5人の女児の方が多く、長男の代男以外の男児はおらず、福島県に入植中に食事や医療などの提供が乏しく代男は亡くなり、姪にあたる千屋孝忠の長女と娘たちを連れて三女を宿っている身重の失意した君江は東京に戻った。菅野家の相続人となった三女の子孫の末裔だけがいる。義姉のお龍は、菅野の素朴で飾り気の無いことから、龍馬の推薦とともにぜひに末妹を婚儀を挙げたくなるほど、惚れ込んでいた[3]。
●﹃ある海援隊隊士の生涯 菅野覚兵衛伝﹄での﹃長宗我部盛衰記﹄の文にも、菅野の姓を改めて名乗った理由は、祖先が菅原氏の後裔から取られた。
●早世した次兄以外、勤王を目指した従兄弟と長兄の富之助や海援隊仲間の池内蔵太、近藤長次郎、沢村惣之丞、龍馬と中岡慎太郎、西郷隆盛などの親しい人の死の陰りに影響も受けた心の中から、もがき苦しみ紛れに走っていた。
●父の千屋民五郎の長女・利喜子は、馬ノ上村の庄屋の安岡助六の長男・安岡三作重房に嫁ぎ、安岡金馬と安岡鉄馬の義姉となる。千屋一族の中には千屋熊太郎、千屋菊次郎、千屋金策などもいる。
菅野覚兵衛︵千屋寅之助︶の登場作品[編集]
●﹃竜馬の妻とその夫と愛人﹄
映画
●﹃幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬﹄︵1986年、東宝、演‥渕野俊太︶
テレビドラマ
●﹃幕末青春グラフィティ 坂本竜馬﹄︵日本テレビ放送網、1982年、演‥中牟田俊男︶
●﹃龍馬伝﹄︵NHK、2010年、演‥是近敦之︶
参考文献[編集]
●﹃ある海援隊士の生涯—菅野覚兵衛伝—﹄佐藤寿良著
- ^ このほか「山本謙吉」・「千頭義郎」とも名乗る
- ^ 『続反魂香』楢崎龍談・安岡重雄筆録
- ^ 『ある海援隊隊士の生涯 菅野覚兵衛伝』139p.