興禅護国論(読み)コウゼンゴコクロン

デジタル大辞泉 「興禅護国論」の意味・読み・例文・類語

こうぜんごこくろん【興禅護国論】

 
3()西()91198  

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精選版 日本国語大辞典 「興禅護国論」の意味・読み・例文・類語

こうぜんごこくろん【興禅護国論】

  1. 栄西が建久九年(一一九八)に撰述した日本最初の禅宗の書。臨済禅教旨をまとめたもので、禅宗独立の宣言書ともいうべきもの。

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改訂新版 世界大百科事典 「興禅護国論」の意味・わかりやすい解説

興禅護国論 (こうぜんごこくろん)


西1198931012西3456西78910西

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「興禅護国論」の意味・わかりやすい解説

興禅護国論
こうぜんごこくろん


3()西()()11989()10西西



16 1972

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「興禅護国論」の解説

興禅護国論
こうぜんごこくろん

日本禅宗開創の宣言書で,宗義綱領をのべたもの。日本仏教史・思想史上で画期的なもの。3巻。1198年(建久9)に58歳の栄西が,禅宗は天台宗の最澄の教学に背くものではないとして,経・律・論(とくに天台宗の古徳の論釈)のなかに説かれている禅の要旨をのべる。禅をおこすことは王法護国をもたらすと考え,「仁王護国般若波羅蜜経」の題号を用いて書名とした。第1令法久住門,第2鎮護国家門,第3世人決疑門,第4古徳誠証門,第5宗派血脈門,第6典拠増信門,第7大綱勧参門,第8建立支目門,第9大国説話門,第10回向発願門からなる。「日本思想大系」所収。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「興禅護国論」の意味・わかりやすい解説

興禅護国論
こうぜんごこくろん

鎌倉時代の栄西の著わした日本最初の禅の書。3巻。建久9 (1198) 年成立。栄西が中国から臨済宗黄竜派を受けて帰朝し,日本に初めて禅を広めたが,南都北嶺の諸宗から非難攻撃を受けたため,禅が一つの宗旨として独立することが,鎮護国家のためにも仏教のためにも必要であることを力説したのが本書である。この書によって日本における禅宗が歩みはじめた。

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旺文社日本史事典 三訂版 「興禅護国論」の解説

興禅護国論
こうぜんごこくろん

鎌倉初期,栄西 (えいさい) の著した宗教書
1198年刊。3巻。臨済宗の開祖栄西は伝道に際し,南都北嶺から迫害をうけた。その非難にこたえて禅宗こそ護国に必要なものであることを論じている。以心伝心・不立文字の真意についても述べている。

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世界大百科事典(旧版)内の興禅護国論の言及

【栄西】より


 94西98西

【鎮護国家】より


()西1338(31)︿

※「興禅護国論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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